第3話

七色先輩はいつの間にか放送ブースから出てきていて、僕についているヘッドホンを外した。

「どうだった?」

「えっと、その・・・」

言葉が出てこなかった。なんだか血行がよくなったのか顔が熱い。

「はははっ。後輩君のそういう姿が見られただけで大満足だよ」

七色先輩は僕の顔を見て満面の笑みを浮かべてそう言った。

「というかこれ何なんですか?」

「え、これ?お昼の放送の練習だよ。放送部は毎日お昼に放送をするんだ」

「これがですか!?さっきの奴をお昼に流すんですか?」

「あー、違う違う。さっきのは声の練習。流石にそのまま放送しないよ。そんなことできるわけないじゃん」

「そうなんですね。でも、何で声の練習なんか。いつもの声でやればいいんじゃないですか?」

「ああ、それはね部員の数が足りないからだよ」

七色先輩が言ったその言葉の意味がよくわからなかった。

「?」

「えっとね、要は部員が五人いないと部として認めてもらえないんだよ。だから声で誤魔化してるんだ」

「ちなみに今の部員数は?」

「私と君の二人。後の三人は幽霊部員みたいなもの。大丈夫、大丈夫。顧問はおじいちゃん先生だから気付かない。ほら、部活申請書の許可もくれたでしょ」

それがまかり通って大丈夫なのだろうか。

「でも、それなら声を変える必要はないんじゃ」

「まあ、そこら辺は気にしないで。それにその方が楽しいじゃん」

「それって先輩の趣味も入ってますよね。じゃあ、僕も名前を貸すだけでいいですか?」

ドンッという音がしたと思ったら、七色先輩の顔が目の前に来ていた。

『ダメ。絶対に逃がさない』

20㎝ほど僕の方が高いはずなのになぜか七色先輩の方が高く見え、上目遣いになっている錯覚に陥っている。

「それに他の声も聞いてみたいでしょ」

どうやら僕はこの日常からどう足掻いても逃げられそうもない。入学早々厄介な人に捕まってしまったようだ。僕の深閑とした日常は時には凛とした秀麗な声時には可憐な様々な声に彩られる日常に変わったのだ。ただ、それも悪くないと思っている自分がいた。

「お昼休みも放送室に来てね」

「わかりましたよ」

「お、今回は素直だね」

「そんなことを言うなら来ませんよ」

『ダメって言ったよね』

「くっ。七色先輩はずるいです」

「ずるくて結構。もう君は逃がさないって決めちゃったんだもん」


お昼休み、約束通り放送室へとやってきた。賑やかな教室にいるより放送室にいる方が落ち着く。そこには、すでに七色先輩の姿があった。

「あ、後輩君。来てくれたんだね」

「いや、先輩が来てって言ったんじゃないですか」

「はははっ。そうだった、そうだった。でも後輩君が来てくれた緊張ほぐれたよ」

「七色先輩でも緊張するんですね」

「後輩君は私の事どういう風に思ってたの?」

「まあいいや。そろそろ時間だし、始めてくるよ。後輩君はそこで聞いといてくれよ」

最後の言葉で役に入ったかのように凛とした秀麗な声で放送ブースに入っていった。

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