2ターン目 アタック無効は強い

 リーナたちの家についた私は彼女たちの両親や祖父母に大層感謝され、どうやってミドルボアを倒したかを説明すると召喚魔法の使い手として持て囃された。家まで少し距離があったこともあり、疲れたと口にしてしまう。すぐに寝床を用意してくれた。

 そのままぐっすり眠ってしまったようで、起きると外は明るい。

 朝食が用意されており、野菜に塩をかけたようなサラダはシンプルだが美味しい。不安だったミドルボアの肉は固い豚肉のような感じだった。

 そして私はリーナの家で狩りや家事を手伝いながら住まわせてもらっていた。

 狩りはスキルを試すいい機会になった。その中でわかったことがある。

 まず、持ち込んだデッキは四つあるが、最初に使ったデッキしか使えない。あまりに落胆している私を見兼ねたのか転生直前の説明と同じ形式で表示が出た。


『冒険を進めると新しいデッキが使えるようになります。この世界で新しいカードを入手することもできます』


 ナイスアドバイス。いくらお気に入りでもずっと同じデッキでは飽きてくるしモチベーションは下がる。徐々にデッキ枠が解放されてカードが手に入り強化していけるのは喜ばしいしゲームみたいでやりがいありそうだ。てか、そもそも先に言ってくれ。

 話を戻そう。クロマジには大きく分類してキャラクター、マジック、アイテムの三種類が存在する。多くのTCG(トレーディングカードゲーム)は主にここでいうキャラクターにあたるカードを操って戦う。クロマジもそうだ。そしてそのサポートをするのがマジックとアイテム。それらを駆使して相手のLP(ライフポイント)をゼロにする。

 実際のゲームではお互いに20のLPで始めることが多いのだが、例えばミドルボアは≪雷霆の戦士 ナーデア≫の攻撃一回で倒れた。ナーデアのAP(アタックポイント)は2だ。つまりモンスターごとにLPは違う。クロマジに関するスキルを持つのは私だけなのだから当然と言えば当然だろう。

 デッキの上からめくられて表示されたカード、いわゆる手札は体感二十秒程で一枚補充され、三枚より多くはならない。この先戦闘が激化する場合、数秒が生死を分けることもあるかもしれない。無闇矢鱈に手札を使ってしまい反撃に合うということにならないように気をつける必要がありそうだ。これはTCGの多くに言えることなので再現性があるとも取れる。クロマジTCGでは二十秒なんてあっという間だが。

 ちなみに時間や時計について元の世界と同じか気になったため、コウに聞いたところ、


「時計? そういうのはお偉い人たちが持つものさ。俺たち庶民は明るい時に働いたり遊んだりして、暗くなったら飯食って寝るだけだ」


 だそうだ。ただ私の身体は二十四時間という感覚で生活できている。太陽と月は元の世界と同じように出てくる。ならば大して気にしなくてもいいのかもしれない。

 それと、農業や荷物持ちなどの雑用にキャラクターを使うことはできなかった。そこまで楽はさせてくれないらしい。


 ある日、リーナに誘われて森の中にある湖に釣りに行くことになった。私は護衛兼釣りの生徒といったところだ。太い木を削って整えたような釣り竿とランドセルくらいの大きさの籠を持って出発する。

 湖に着くとリーナは付近の岩に座った。小さい団子のようなものを針につけている。


「餌は虫じゃないんだ」

「野菜を潰して混ぜたものなの。こっちの方がよく釣れるんだ。はい、ユキノさんも」


 彼女が持つのより長い釣り竿に餌をセットして渡してくれた。釣りなんて小学生の頃に木の枝にスルメイカつけてザリガニを釣って以来だ。

 糸を水面に垂らして待つ。リーナと話しながらでなければとてもやる気にはなれない。そしてリーナはバンバン釣っている。

 もうやめようと糸を引いた瞬間、葉の擦れる音がして立ち上がった。風にしては音が大きい。


「リーナ、立っていつでも走れるようにしておいて!」


 草むらから出てきたのはクマだった。


「クマかぁ……、元の世界では結構問題視されてたな」


 呑気すぎる発言にリーナが大声を出す。


「ユキノさん逃げよう!」


 たしかにクマと戦うのは初めてだが負ける気はしない。


「スキル発動! バトル開始!」


 私の前にデッキが浮いて、その上の3枚が表向きになる。なんてこった、キャラクターがいない。しかし問題はない。


「MP(マジックポイント)を1消費してマジック≪戦士の休息≫を発動! 次の相手からのアタックを無効にする。さらにアイテム≪救援の旗≫使用!」


 クマが振り下ろした爪が見えない壁にでもぶつかったかのように弾かれる。


 「≪救援の旗≫の効果、相手がアタックしてきた時デッキから戦士モンスターを一枚手札に加える」


 帽子を深々と被った男が現れ、腰の剣を抜いた。


「≪荒野を駆る戦士≫でアタック!」


 クマはのけぞるが倒れはしない。頭の上に『5/6』と表示される。≪荒野を駆る戦士≫のAPは1。残りLPが5になったという意味だ。


「効果発動! デッキに戻すことで次のアタックを一回無効にする!」


 クマの爪は空を切る。そこで手札がドロー(補充)される。


「≪雷霆の戦士 ナーデア≫を召喚! アイテム≪ライトニングソード≫を使用してナーデアのAPは3アップ! 行け!」


 電気を纏う巨大な剣の一振りでクマは前のめりに倒れる。

 戦いがちょっと長引いたせいか心配そうにこちらを見ていたリーナに笑顔を向ける。彼女の表情もパッと明るくなった。

 クマをどうしようかと考えたその時だった。


「まさか、私の他にクロマジスタがいるなんてね……」


 クロマジスタ、アニメでのクロマジプレイヤーを指す単語だ。神様ありがとう、リーナやその家族にクロマジを教えるかどうか本気で悩んでるくらいにはカードゲームに飢えてた。

 姿を表したのは自分と同い年くらいの女の子だった。それにしてもどこかで見たような顔だ。


「貴女……いえ、多くを語るよりもバトルした方が早いわね」


 クロマジのアニメのようだ。いや、まだアニメの方がバトルに入る際にそれっぽい理由をつけている。綺麗な顔してただの戦闘狂じゃないか。といいつつもデッキを出す。クロマジスタなら当然である。


「貴女、この世界に来てどれくらい経つの?」

「一週間くらいですね」

「じゃあまだTCGの方が慣れてるわね。そちらでいい?」

「はい。あ、その前に……」


 リーナを振り返る。あまり穏やかな表情をしていない。


「リーナ、先に帰ってお兄ちゃんかお父さんにクマを取りに来てもらって。大丈夫、この人とちょっとお話があるだけだから」


 リーナは小さく頷くと籠を抱えて小走りで家へ向かった。


「お待たせ」


 女の子の方へ向き直る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る