第25話 麻薬

暗い部屋の中で、目が醒めたエリアリーゼは明らかにおかしかった。


行動に全く抑えが効いていない。そして、苦しそうだ。


「エリアどうしたの?苦しいの?」


エルシードの問いに苦しそうに答える。


「体中が熱くなって溶けてしまいそう、動悸も止まらないの・・・」


エリアリーゼは肩を震わせて苦しそうにつぶやく。


「お願い・・・抱きしめていて。捕まえていてもらわないと、おかしくなっちゃう。」


切なそうに潤んだ真っ青な瞳が、エルシードの漆黒の瞳をのぞき込んでくる。


強く抱きしめた。


「誰かいるか!」呼ぶと、すぐにエルセフィアが飛んでくる。


「どうなさいました」薄着の部屋着のまま細剣を握りしめて飛び込んでくる。


「エリアがおかしいんだ。」


エリアリーゼの様子を見て、すこし考えていたエルセフィアがハッと思い出したように話し出す。


「これって、なにか薬を盛られたかもしれないですね。レストランの小さな給仕の反応がおかしかったですから。それと、店の隅に居た怪しい人達に見張られていたんですよ。」


さすがの観察力だ。


「すぐに血液を検査に出しましょう。毒かもしれません。」


「え?私何かのまされたの?」


「ごめん、僕が油断したばっかりに。」


すまなそうにうつむいた。


エリアリーゼの宝石のような艶やかな唇は、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ


「エル・・・我慢できないの、早く抱きしめて。」


身体を震えさせながら、潤んだ瞳を向けて懇願する。背中の翼も白く輝きを放ち彼女の美しさを引き立てる。


「大丈夫心配しないで。必ず治してあげるから。」強く抱きしめた。


その後もエリアは熱い吐息をつきながら、エルシードに話しかける。


「・・・抱いてください。我慢できないんです。」


エリアリーゼの身体はとても細く華奢であるが、未熟ながら女性らしい綺麗な曲線を見せている。身体の線が細い割に胸や腰もあり、見るものの心を掴むに有り余る魅力がある。その柔らかな身体を無防備に委ねてくるのだ。


「ごめん、こんな形でエリアを抱きたくないんだ。大丈夫、どこにも行かないから。ずっと抱きしめているから・・・捕まえてるから・・・」


火照って熱くなっている身体を抱きしめ続けた。


長い夜が明ける。


少し落ち着いたエリアは泣きながら、エルシードにずっと抱きついたまま離れようとしない。


朝になり、エルセフィアが様子を見に来る。


「うん?まさか夜中の間ずっとそのままだったんですか?」

呆れた表情になったが、寂しそうに視線を逸らした。


その後もエリアリーゼはエルシードにべったりと身体をすり寄せて離れない。


「少し落ち着いた?」不器用に微笑みながら聞いてみる。


「うん・・・多分・・・」


エルシードはエリアリーゼの頭を撫でる。


「よく頑張ったね、もう大丈夫じゃないかな。」安心させようとして話す。


「私ね、昨日の事全部覚えてるよ。でもね、昨日エルにお願いしたことは全部嘘じゃないの・・・いつも言えない事だっただけなんだ。私エルが欲しいの・・・早くエルの物になりたいの。」


あまりにストレートな物言いに、照れながら答える。


「うん、僕もエリアが欲しいよ。でも急がないで。きっとこの先も、僕たちにはもっと楽しいことがいっぱいあると思うんだ。そんな時間を一つ一つ大切にしていきたいんだ。」


「・・・本当に時間あるの?エルは私を守るって言って、また死んじゃうんじゃないの?」潤んだ青い瞳はエルをのぞき込む。


否定できなかった。


過去にルザリエルの致死魔法を受けて一度死んでいるのだ。


**********


数日後、鑑定の結果が出た。


エルセフィアは報告する。


「ベロアとラキアの配合で、最強クラスの麻薬でした。媚薬効果と禁断症状が非常に強くて、後遺症も残る可能性があるそうです。取り合えず解毒剤を飲みましょう。」続ける。


「レストランにいた不審者は、天界の信者達で、エリア様を生贄にするために動いていたようです。お告げがあったとの事ですので、天界が彼らを利用したのかもしれません。加えて、この件に関してはジルベールとスレインが全員抹殺してきましたので、もう大丈夫です。」


淡々と報告を済ませて退室していった。




エルシードは少し風にあたるために、廊下にある大きなバルコニーに出た。


そこに、エルセフィアがそっと現れる。


「主様、落ち着かれてよかったですね。」少し気だるそうに微笑む。


「うん、今回も何から何までありがとう。」ばつが悪そうに頭を下げる。


「少し、よろしいですか?」


「うん、もちろん。」


「最近、主様とエリア様を見ていると、切なくなってくるんです。」


続ける。


「それも先日の服薬の件から、ずっと考えていたんです。私はアルカテイルの伯爵家の出自です。小さいころから、時を超えて生きているはずの王子のお伽話に憧れていたんです。そんな主様と奇遇にも巡り会えた。そして実際の主様は、そんな憧れ以上に、もっと素敵でした。何時かは主様の傍に寄り添いたいと思ったんです。でも、それもエリア様がいらっしゃるわけで、考えないようにしていたんです。」


エルセフィアは泣いていた。


「でも最近は主様とエリア様を見ていると、辛くて、切なくて、気持ちだけでも伝えたくて・・・」


「主様、大好きです。お慕いしています。」


涙を拭いもせず、エルシードの顔を見つめて告白した。


「できましたら、側室でも、妾でも構いません。ずっとお傍においてもらえませんか?」


決心も固いようだ、いろいろ考えてきたんだろう。


「エルセはいつも真直ぐで、でも素直で、賢くて、綺麗で、優しくて、いつも傍に居てくれて、、、僕も幸せだったんだ。きっと君を手放す事になったら、慌てるんだろうな・・・」


自分の気持ちも確かめるように、静かに言葉を紡ぐ。


「今返事はしないで下さい。」


エルセフィアは、エルシードの胸に飛び込んで抱きついていた。


「返事を聞いちゃたら、こんな事出来なくなるかも知れないんだから・・・今はこのままで。」


エルシードは、決心した様にエルセフィアを抱きしめて頭をやさしく撫でた。


恋する魔剣士の少女は、今は亡き自国の王子の胸の中で、声を出して泣いていた。



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