こんな学校生活送ってみたい人生でした! ~『異能力モノ終盤のインフレ仕切った能力者達で学園コメディしたらイイ感じになるんじゃね?』という事で書いてみた~

玖虞璃

黒髪少女の初恋物語1

 さざ波の返す音が耳朶を揺らす。


 視線を上に向ければ、空には一片の雲も無く、どこまでも蒼く澄み渡る天空が。

 視線を下に向けると、海底すら見透かせてしまう程に、透明な海が見える。

 海の先に見えるのは灰色の高層ビルの数々。

 

「はぁ、今日も平和な事で何よりだねぇ」


 少年は窓枠に肘をつき、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 ダラケすぎてずり落ちそうになる眼鏡を、僅かに指先で押し上げ、視線を少し手前に戻す。

 そこにあるのは平原と見間違うほどに、広大な天然芝のグラウンド。

 そこではたくさんの少年少女達が放課後の部活動に勤しみ、青春の汗をかいていた。


「どっせーい!」


 野球部が球を『打ち』。


「オーライ!」


 サッカー部が球を『蹴り』。


ぇぇぇぇい!」


 が弾を『撃つ』。


 ズガーン、という轟音と共に少年のいる校舎が大きく揺れる。

 足元に置いてあった飲みかけのペットボトルが倒れ、壁際に置いてある本棚から何冊かの本が落ちてきた。


(……なんか、当たったなぁ)


 しかし少年は至って平常心であった。

 まるでこんな事が日常茶飯事であるかのように、少年はごく自然な動作で視線を左にずらす。


 視線の先。校舎壁面を見るとそこにはトラックが突っ込んだのでは(?)と見間違う程の大穴がポッカリと口を開け、そこからモクモクと黒煙が上がっていた。

 

「おいぃぃぃ、兵研! 地上で迫撃砲なんてぶっ放すんじゃぇぇ!」


「す、すまんでござるぅぅ」


「……ん? おい、あそこって料理研究部の部室だよな」


「それが、どうした?」


「ガス引火とか、大丈夫か?」


「あ、あああああぁぁ、水持ってこいぃ! 水適正魔術師アクアマンサーもいるだけ連れて来いぃ! 校舎が吹き飛ぶぞぉぉ!」


(うん、今日も『平常運転』だな……)


 少年は必死に校舎の火を消す生徒たちを後目に、静かに瞼を下ろした。


 『私立条穂供じょうほく学園』。


 日本の首都東京から南に約三十キロの太平洋に浮かぶ、直径約一キロメートル程の人工浮島十個からなる多連結浮島群。

 そしてその上に建造された幾つもの建造物、自然発生物の総称である。

 小中高一貫の教育施設であり、『この学校では学べないことはない』とはこの学園の生徒会長の言葉で。

 実際知ろうと思えば、学校外そとでは極秘にされていることでさえ、コンビニで立ち読みするような気軽さで知れてしまう位には何でも知れる。


 そう、何でも。

 科学サイエンスから非科学オカルトまで。

 魔術マギアから相対性理論レラティビティまで。

 知識、未知、非日常を求める者にとって、ここは天国に等しいだろう。


「何やってんのよ、アンタは」


「寝てる」


「いや、起きてるでしょ。寝てる人は『寝てる』なんて言わないのよ」


「……ZZZ」


「今更、嘘寝は遅いわよ」


「……おそかったな、ひじり


「誤魔化すな」


 俺は閉じていた眼を開け、肩越しに背後を見た。

 視線の先———教室の入り口に、ご機嫌斜めの声の主は立っていた。

 ボブカットの藍色の髪と、切れ長な瞳をした勝気そうな少女。

 少々着崩した制服姿の少女が扉の枠に手を付き、こちらを見ていた。


 天堂てんどうひじり

 それがその少女の名前。

 名前はやたらと神々しいが見た目も中身も『ザ・今時のJK』だった。


「それと、遅かったのには理由があるわよ」


 聖はそう言うと部室に入り、半歩横にずれる。

 聖に隠れて見えなかった彼女の背後には、黒髪の美少女が立っていた。


「仕事よ」


 聖はそれだけ言うと、俺と入り口の間に向かい合うように並べられたソファに腰かけた。






 ■■■


 どうも皆様、朝の方はおはようございます。昼の方はこんにちは。夜の方はこんばんは。

 条穂供学園の生徒達のお悩みを一発解決! のボランティア部所属。伽神かがみ和希かずきと申します。


 えぇー、我が校は他の学校とは少々———そう『少々』だけ変わっており、その所為か他の学校よりも校内での『問題』が発生することが多い傾向にあります。


 大体の問題は生徒会か風紀委員が解決してくれます。

 しかしそれでもまだ解決しきれない細々とした依頼や、そもそもあっちでは解決できない依頼というものが存在します。


 それを解決するのが『ボランティア部』です。

 そういう訳で、我々ボランティア部は日夜生徒たちの為に校内を奔走するのである。


 ———説明終了。

 

「終わった?」


「ああ、今終わった」


 俺は下ろしていた瞼を持ち上げる。


「……?」


 テーブルを挟んでソファに座る黒髪少女は、何のことかまるで理解できない様子で首を傾げた。


「あ、大丈夫ですよ気にしなくて、いつもの漫才みたいなものですから」


「何よ漫才って、一人漫才?」


「いや、コンビ」


「は? 相方いないじゃない」


「……」


 視線は対面の少女に向けたまま、俺は聖の顔を指さした。


「誰が、相方———だッ!」


「ッツ⁉」


 瞬間、床を踏み抜く気合すら感じる踏みつけスタンプが、俺の足に降りかかる。

 ミシリと骨が軋む音が部室内にこだまする。


「痛ッた! おま、小粋なジョークだろうが! マジで踏む馬鹿がいるか、この野郎」


 踏み抜かれた右足を抱えながら、右隣に座る藍色の髪の少女を涙交じりの眼で睨みつける。


「それで巳輪みわ恵里えりさん。貴方うちに依頼があるのよね?」


 しかし少女は俺の視線など何処吹く風という様子で黒髪の少女———巳輪さんに『満面の笑顔』で話しかけていた。


「…え、えっと」


「……?」


「そちらの方は、大丈夫なんですか?」


「み、巳輪さぁん」


 だが流石に巳輪さんの方は現在の状況(足を抱え涙目の)俺を無視できなかったようで、心配そうな表情で語り掛けてきた。


(くっ、こいつにもこの娘の優しさの一片だけでいいから持ち合わせていれば、もう少しマシなのに……)


 俺は今まで聖にされてきた所業の数々を思い出し、ギリリと奥歯を噛みしめていた。


「ん? ああ、大丈夫よ。コイツは割と丈夫だから。ほら、あんたも痛がるふりやめなさいよ。そこまで強く踏んでないでしょ」


 そして当の本人はこの開き直り方であった。


「…ッツ」


 再び腹の底で燃え上がりかけた怒りを、俺は必死に抑え込む。

 これ以上この心優しい巳輪さんに、心配を掛けさせてなるものか……。

 俺は喉元まで出かかっていた言葉を、最大限の理性を以て飲み込む。


 そして代わりに、制服の上に着ていたパーカーの袖から一枚の紙片を取り出す。

 縦十五センチ、横幅五センチ程の長方形の紙。

 何の変哲もない大学ノートを切って作ったその紙片の表裏には、不可思議な紋様と文字が描かれていた。


 余談だが、その不可思議な文字と紋様も和希が休み時間に市販のボールペンで、適当に書きなぐった物であったりする。


「【我、治癒ノ権能ヲ行使スルイヤセ】」


 そして俺は短く呟く。

 同時に紙片———《符》に描かれていた紋様と文字から緑色の光が溢れ出し、文字と紋様が《符》から剥がれ落ちる。


 それらは一瞬宙で踊ると、和希の足に纏わりつく。

 翡翠の精霊達の輪舞の如く、それらは和希の足の上を華麗に舞い、ひんやりとした冷たさが右足を包み込む。

 緑光がはじけると同時に、右足から痛みは消えていた。


「…す、凄い」


 幻想的な光景に思わずと言った様子で、対面の席から感嘆の声が聞こえた。


「はぁ、大袈裟」


 そして隣の席からは呆れの声が聞こえた。


「……(スッ)」


 俺は咄嗟に袖から抜き放ちそうになった《符》を無言で袖に戻す。


「…おい」


「……」


「無視するな、聞こえてるでしょ?」


「……」


「あんた今何の《符》出しかけた? 《火行符》だろ? そうだろ? 燃やす気だったよね? おい、どこ見てる。こっちを見ようかぁ、和希くぅん」


「———で、依頼だっけ? 巳輪さん」


 『眼』だけは良い隣人に胸倉を掴み上げられ、宙吊りにされながらも俺は笑顔作り、何故か怯えた様子の巳輪さんに話しかける。

 先程俺の言葉を無視した聖へのやり返しのつもりで、精一杯涼しい顔を作り。

 

「……」


 自分と同い年の少女が、これまた同い年の少年の胸倉を軽々掴み上げ恫喝するという混沌極まった光景を、巳輪さんはさらに怯えた様子で眺めていた。


 「……うっ。———はぁ」


 先に折れたのは聖であった。

 デリカシー無しの無神経な奴であったが、流石に同年代の少女からの視線は答えた様子で。

 耐えかねた聖が、俺の胸倉から手を離す。


「あーあ、襟ぐちゃぐちゃになっちゃたぁ」


 俺は聖に悪態を吐きながら、乱れた襟を直す。


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