突然の出会い



 従兄弟や友達にはあまりキャピュレット家に敵意を向けるな、喧嘩をふっかけるなと常々言っておいた。おかげで僕はこの一族の中じゃ変わり者になっている。喧嘩をし剣でもしものことがあっても僕は仇討ちはしたくない。だからと言って友達を見殺しにしたくないから、忠告は今までしてきた。


「なぁ、やっぱり仮面舞踏会行こうって。絶対楽しいって」

「何度も言ってるけど、行かないって断ってるだろ」

「怖ないのか? 意気地がねぇ奴。巣窟に行くから楽しんだろ」

「良いか、友達だから言うけどあまり、あの連中にはちょっかい出すなよ。いつか刺されるぞ」

「分かった分かった。その台詞は聞き飽きた。良い子ちゃんのロミオくん」

「分かったってないだろ全く」


 そう僕は半ば諦めてる。この世界から出ることも、親、親戚、友達、向こうの一族がいがみ合うのを止めないことを。どうせ僕はこの世界の住人じゃないし……、そう言い聞かせて生きてきた。どうなろうが僕のせいじゃない。どうせなら、舞踏会に行ったあいつらの誰がジュリエットと恋に落ちればいいと思った。でもくれぐれも死なないようにな。


「もう知らないからな。勝手にしてくれ」


 友達と道で別れてとぼとぼと歩いていると、噴水のある広間を挟んだ向こう側で布を被った女の子と目が合った。ちらほらいる人混みの中で? この距離で? 不思議に思うけど僕の目は確かにあの子を捉えていた。見てしまえば最後。目が離せない。どうしても。


 電気が走ったようだった。血の巡りは早くなり、全身に行き渡る。感情が追いつかないまま、身体は大いに反応している。ぎゅっと心臓を握りつぶされたかのような強烈な痛みに気を取られていると、気づけば走って来たあの女の子に腕を掴まれた。


「な、なに」

「ごめんなさい! 一緒に私と走って!」

「なんで僕がっ」

「貴方と、目が合ったから」


 目が合った? やっぱり気のせいじゃなく、君も僕と? それがなぜか嬉しく感じた。なんでだ。さっきから自分の身体じゃないみたいにおかしい。血が熱くなり、騒いでいる。

 はぁ、はぁと走る君の息遣いと、後ろになびく髪の毛。どれをとってもそそられてしまう。


「なぁ。なんで走ってるの?」

「それは、後で。……そうだわ、少しの間だけ隠れていられる場所を知らない?」

「匿えって? 君が誰かも、何から逃げてるのかも分からないのに?」


 こういう場合は、匿った僕も巻き込まれるって相場が決まっている。既に片足は突っ込まされているけど。

 路地の細い細い道に女の子は入ると、そこで足を止めた。建物と建物の間のその狭い空間は追手からやり過ごすにはうって付けのよく見る漫画やドラマの場面に似ていた。ただ、ちょっとばかり初対面の男女が居るには少しばかり狭いくらいか。


「……ジュリエット」


 息を整えているとおもむろに、20cmほど下から声がした。俯いた女の子が顔を上げる。


「それが私の名前です。乳母は私の走りには追いつけないから、代わりに侍女たちが私を探してるの。私が逃げ出してきたから」


 僕は油断をしていたんだろう。

 仮面舞踏会に行かなきゃ会う機会もないって。まだその日じゃないと。同じ町なのにバカだった。まさか向こうから舞い込んでくるとは。


「君がジュリエット……?」


 この狂ったような、恋焦がれる感じ。身体が焼かれるように全身で彼女に惹き寄せられる。よく見ればこの子は14だと甘く思っていた僕の考えをひっくり返すほどの美しさと、大人と子供の混ざりあった容姿をしていた。

 これがヒロイン補正ってやつか。嫌でも分かる。あんなにもジュリエットに興味がなかったというのに。ジュリエットの何処が好きかも知らないくせに。布を被った、君の瞳しか見てない時から目を奪われるなんて。こんな恐ろしいことがあるか。



 あぁそうか。僕は所詮、抗えないこの物語の主人公ロミオだ。


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