覇王府


 休憩所には、湧き水から引いた泉が備えられ、屋根付きのカマドが大量に並ぶ。

 普段は、狭間ダンジョン討伐にくる冒険者で賑わっているそうだが、今日は全く姿が無い。

 そんな日もあるのだろう。

 無人だが、整備された施設が自由に使えて便利だ。


 野営の準備をしながら、今居るこの土地の情報を教えてもらった。

 幸い、元武人貴族出身のロコは、正規の教育を受けた人間だった。

 アトラス大陸の歴史や、ハイネル覇王府の内情をかなり詳しく教えてもらえたのはありがたい。



 ロコの話しだと、ハイネル覇王府は、アトラス大陸に200年続く戦乱を終わらせ、10年前に開かれたまつりごと府であった。


 ハイネル覇王府の前時代……

 ハイネル覇王府が産まれるよりも200年以上前の話し。

 かつてアトラス大陸を統治していたのは、神聖アトラス帝国であった。

 神聖アトラス帝国は、進んだ呪術文明を誇り、大陸各地に大理石の神殿や、テルマエと呼ばれる公衆大浴場を建立こんりゅうし、民衆から高い承認を集めていた。


 ……だが約200年前、神聖アトラス帝国は、皇位継承者争いによる混乱で崩壊した。

 皇室の武名は、失墜したのだ。

 支配者の武名が失われる世界とは、法の力が失われる世界。

 法を失った世界で頼るは、うぬが力のみとなる。

 自分で自分の身を守る、自助じじょの世の始まりであった。


 混乱の中、任地の総督府を守護する駐屯軍団は、己の権益を守るため分離独立をおし進め、任地に独立藩王国を築いた。

 大陸全土で群雄ぐんゆう割拠かっきょする時代が訪れたのだ。


 群雄割拠の混乱は、爵位高き貴族であろうと、力無き者を容赦なく滅ぼした。

 下克上げこくじょうの乱世である。


 やがて時代が進むと、周辺を取り込み、大名ビッグネームを轟かす独立藩王が現れ始めた。

 大名ビッグネーム藩王は、さらなる権益拡大をめざし、乱世は激しさを増していく。


 だが、永遠に続くかと思われた乱世は、一人の覇王によって終焉を迎える。

 200年の戦乱を勝ち抜いたのは、ハイネル藩王国の覇王はおうガルマ・ズム・ハイネルであった。


 ハイネル藩王国は、先代藩王の時代まで地方の弱小藩王国の一つでしかなかった。

 だが、弱小藩王国は、ガルマ・ズム・ハイネルの代になり、長く戦乱状態だったアトラス大陸平定へと覇道を歩み出し、瞬く間に天下を布武した。


 ガルマの覇道は、先代藩王が起こした産業改革から始まる。

 手に入れた巨額の資金力で、強大な常備軍を配備し、多くの戦を勝ち抜いた。

 同時にガルマは、外交の天才でもあった。

 経済と武力を背景とした合従連衡がっしょうれんこう遠交近攻えんこうきんこうの外交を縦横無尽じゅうおうむじんに繰り広げ、瞬く間に各地の大名ビッグネーム藩王諸侯を下したのだ。


 ガルマ・ズム・ハイネルが覇を唱えてから40年でアトラス大陸は平定され、全武人貴族の頂点、覇王はおうを名のった。

 旧神聖アトラス帝国は、皇帝の名を象徴しょうちょうとしのみ残され、アトラス大陸を治める実権は、名実共に覇王ガルマ・ズム・ハイネルのものとなった。


 覇王ガルマは、大陸全土を平定した覇者はじゃとして、アトラス大陸全土の神々を奉る合同社稷パンテオン建立こんりゅうし、新しいまつりごと府を開く。

 ハイネル覇王府である。


 今現在、首都ハイネルにハイネル覇王府が開かれ、10年の歳月が経つ。

 その間、覇王ガルマは毎年社交会を開き、全大名ビッグネーム藩王諸侯の参加を命じた。

 社交界の場では、アトラス大陸全土のまつりごと方針が定められた。


 覇王ガルマは、最初の社交界で大ナタをふるった。

 社交界に遅参ちさんしたり、不参加だった藩王国を容赦なく取り潰すのを手始めに、社交界の席上で外様藩王の力を削った。


 大領地の大大名ビッグネーム藩王は、事ある度に領地を削られ弱体化した。

 中小領地の有力大名ビッグネーム藩王諸侯も、国替えを命じられ、土着血盟団クランとの地縁を切られて弱体化した。

 外様とざま藩王諸侯は、まるで真綿で首を絞めるように力を奪われ続けたのだ。


 そんな目にあっても、諸侯が反乱を起こさなかったのには、理由がある。

 一定以上の収入のある貴族の子息には、首都ハイネルの覇王府立貴族学園に入学が義務づけられたのだ。

 さらに、諸侯の妻にも、首都貴族屋敷への滞在たいざいを命じられる。

 体裁ていさいの良い人質政策である。


 人質政策が軌道に乗ると、反抗的な態度をとる貴族諸侯はいなくなった。


 先に言ったとおり、地方大名ビッグネーム藩王諸侯には、毎年覇王城で行われる社交界への参加が義務付けられている。

 毎年の旅費はバカにならない出費で、外様藩国の国庫を圧迫した。


 また、社交界への旅費負担以外にも、多額の出費が強要された。

 地方の外様藩国には、大陸交易を結ぶ街道整備、航路確保・港湾事業などの労役・金銭負担を義務づけられている。


 地方の各貴族は、地元大神殿パルテノンより高僧ハイモンクを招集し、街道守護の祖霊柱トーテム|(道ばたの石柱)を主要街道へ大量に配置した。

 結果、街道の両側に配置した街道守護の祖霊柱トーテムは、狭間ダンジョン領域から街道交易を守り、大陸経済を活性化させてハイネル覇王府の財政を潤した。


 ……等々。

 ハイネル覇王府は、あらゆる手段で地方藩国を弱体化させ、いくさの芽を摘むのに成功している。

 その上で、地方藩王国を、独立藩王として大名ビッグネーム領主達に任せ、大陸に覇王の天下太平パクス ハイネルと呼ばれる平和を築いた。


 どうやら、ガルマ・ズム・ハイネルは、民衆に平和の分け前を与える有能な王様らしい。



★天下太平の世に残る火種


 ……だが、太平の下にはまだ、火種が残っていた。


 現在、ハイネル覇王府が開かれてから、10年の歳月しか経っていない。

 人々の間には、戦乱期の血生臭い記憶が色濃く残っていたのだ。


 そんな中、土地に根ざす地武人は、領主の治める城砦内で官僚武人になるか、武器と土着血盟団クランを捨て、土地持ち平民に戻る道を選択させられた。

 官僚武人になれなかった多くの地武人は、武器を捨て、土着血盟団クランを解散して平民に戻った。


 だが、中には領主の命に従わず、武器を持ったまま野に下った武人も多く出た。

 滅びた大名ビッグネーム藩王諸侯の土着血盟団クラン、仕事を失った傭兵等。

 数多くの無職武人が世にあふれた。


 平和な世の中だ。

 活躍の場を失った、戦うしか能の無い集団がやることは決まっている。

 徒党を組み、治安が定まっていない土地で、盗賊や海賊になって暴れ回った。


 これに危機感を覚えたハイネル覇王府は、大陸全土に冒険者を生業なりわいとする武人ギルドを組織した。


 元武人の多くは、冒険者に転職した。

 アトラス大陸全土に跳梁跋扈ちょうりょうばっこするオーガ狩り。

 冥府と現世うつしよの中間に開く狭間ダンジョン討伐。

 古代文明遺跡でのトレジャーハンティング。

 盗賊や海賊の討伐。

 ……など。

 こうして、彼らの生活を成り立たせ、治安は徐々に回復している。

 ……それでも、ぞくや|オーガの被害根絶には到ってなかった。


 ここハインダー大森林狭間ダンジョンは、首都ハイネルの近くだが、戦国時代、王城を守る天然の要害ようがいとして機能していたため、あえて開発が後回しになっていた土地であった。

 周囲に複数の古戦場跡を抱えるハインダー大森林には、いつしか瘴気のよど狭間ダンジョンが広がり、オーガ跋扈ばっこする魔の森と呼ばれ、恐れられる街道になっていた。


 ざっと、今居る場所の情報はこんな感じだ。

 正直、意味が半分も分からない。


 取りあえず分かるのは、俺のような記憶の無い人間でも、腕一本ありゃ、冒険者として喰って行けそうな事ぐらいだ。

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