第5話

マンドラゴラを凍らせて、催眠波を防ぐ。

確かに、現時点で最良の策かもしれません。


ビーニー選手は巨大な尻尾をブルンと震わせると、マンドラゴラの葉茎に巻きつけました。

そしてそのまま、一気に引き抜きます。

先ほどのミーレス選手で分かるように、抜いてすぐに鳴くわけでは無さそうです。

その間隙を縫って、冷凍庫に入れるつもりなのでしょう。


スポンっ!


ミーレス選手同様、景気の良い音と共にマンドラゴラが顔を出しました。

すかさず、尻尾にからめたまま冷凍庫に放り込みます。

フタを閉じ、箱のレバーを回すと、ウィーンというモーター音が鳴り響きました。


「どうやら、瞬間冷凍するみたいだな」


調理時間を考えると、のんびり凍るまで待つ余裕はありません。

観客は勿論、私も自分の調理を忘れて固唾を呑んで見守ります。


そして、待つこと五分──


箱が、ピピという電子音を発しました。

瞬間冷凍完了の合図です。


ビーニー選手はフンと鼻を鳴らすと、芝居じみた手さばきでフタを開けました。

尻尾を差し入れ、そっと中のものを取り出します。

出てきたマンドラゴラは、真っ白に固まっていました。

観客から、【おぉー】というドヨメキが起こります。


「ほーほっ、ほっ、ほっ!!」


自慢そうに高笑いをすると、ビーニー選手はマンドラゴラを高々と差し上げました。

鳴き声を封じた事が、よほど嬉しいようです。


が、次の瞬間──


パキンっ!


ガラスの割れるような音が鳴りました。

音の方に目をやると、マンドラゴラの表面にが入っています。

瞬く間にその数は増え、ついにガラガラと音を立てて破砕してしまいました。


「ギャャャーっ!!」


ビーニー選手のけたたましい叫び声が、あたりに木霊します。

手で頬を押さえ、見開いた目が満月のようです。

その頭上に、飛散したマンドラゴラの破片が降り注ぎました。


「ま、マスター、あれは!?」


さすがのシロップも、言葉を失います。

私は険しい表情で、その様子に見入りました。


「……マンドラゴラの繊維が破砕したんだ。たぶん、急激な冷凍に耐えられなかったんだ」


私の解説に、シロップは再びビーニー選手をかえりみます。

すっかり戦意喪失したビーニー選手は、ガックリとその場に座り込んでしまいました。


「マンドラゴラが、あんなに冷気に弱いとは……」


勿論、初めて得た知識です。

恐らく、ビーニー選手も知らなかったのでしょう。


これで残るは、私たちだけになってしまいました。

他の選手の調理を見学していたため、時間もあまりありません。


「どうしましょう、マスター……」

「むむ」


心配顔のシロップの声に、私は思わず唸りました。


マンドラゴラを引き抜いて──

光をあてずに調理する──


それは、目をつぶって調理するのも同じです。

そんなことができるのでしょうか。


「……とにかく、マンドラゴラのことをもう少し調べてみよう。君の中に、マンドラゴラの成分表は無かったかい?」

「探してみます」


私の問いに、シロップは目を閉じました。

彼女の中には、ありとあらゆる食物の成分表が保管されているのです。


多肢族は、抜群の記憶力を持っています。

一度覚えたものは、本棚のように頭に収納することができます。

今シロップは、その本棚をあさってくれているのでした。


「ありました!マスター」


ほどなく、嬉しそうにシロップが声を上げました。


「送りますね」


その言葉と共に、私の頭の中にマンドラゴラの成分表が映し出されました。

シロップが思念波で送ってきたのです。


「なになに……炭水化物が百グラムあたり30グラム、糖質が30グラムに、あとは食物繊維、ビタミン、カリウム……あれ、待てよ……これって!?」


思わず、私は叫んでしまいました。

ある事にふと気づいたのです。

それを確かめるため、私はシロップにの成分表を依頼しました。


「……やはり、そうか」


後から送られてきた成分表も確認した私は、ポツリと呟きました。


「どうです?マスター」


心配そうに問いかけるシロップに、私は小さく頷きます。


「うん。もしかしたら……何とかなるかもしれない」

「ホントですか!?マスター」


たちまち、シロップの表情が輝きます。


「あとは調理法だが……」


私は懐から、一冊の古い手帳を取り出しました。

今は亡き祖父……千夜狐ちよこ民斗みんとが世界中のレシピを記したノート、『ミンくんのグルメガイド』です。


「僕のおぼろげな記憶が当たっているなら、この中に答えがあるはずだ」


それからしばらくの間、私は手帳とにらめっこをしました。

シロップも黙って見つめています。


「……よし!」


私は顔をあげると、シロップに笑顔を向けました。


「分かったんですね」

「うん。一か八かやってみよう……シロップ、今から準備を始めるぞ!」

「分かりました!それでは、すぐに準備をするデス」


そう言って、シロップはそそくさと服を脱ぎ始めました。


「あ、いや……一体何の準備をしてんだ?君は」

「もちろん、裸エプロンに着替えるデース!」

「なんで!?……てか、まだそのネタ引きずってたの?」

「これで勇気が、マース!」

「それを言うなら『』だろ!いや、今の表現は完全にピーだからね、やめて!」


で歓声を上げる観客を尻目に、私は慌ててシロップに服を着せました。


「……さて、こんなことしてる場合じゃない。早く準備しないと」


そう言って、私は調理台の操作盤に手をかけました。


「……お!あったあった」


そう呟くと、私は調達の操作をしました。

ほどなく下の扉が開き、中から大きな容器が出てきました。

何かが山盛り入っています。


「マスター……その食材は?」


シロップが、不思議そうに首をかしげます。


「これは食材じゃないよ。調理の時に廃棄されただ」


「えっ!?そんなもの、一体何に……?」


驚きの声を上げるシロップを背に、私は出てきた端材を確認しました。

そして顔を上げ、ポツリと呟きました。


「よし!……これなら何とか使えそうだ」


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