長崎8.

 ボフッ!!!


 発砲音の後に飛び出してきたのはテニスボール位の白い球だったが、発射して直ぐに炸裂し、白濁の液体が俺の全身目掛けて飛び散ってくる。


 そんな光景を、俺は身動きも取れず、瞬きも出来ず、まるで世界の流れるスピードが半分以下になった様な、そんな奇妙な感覚を囚われて見続けた。



 あぁ……



 この液体が掛かっちまったらどうなるんだろう……


 ノマゾン達は唸り声を上げて倒れていったから、すこぶる痛てぇのかなぁ……


 そう言えばガキの頃やっていたRPGで、アンデットに効くのは回復系の魔法と聖水だったよなぁ……



 そうかぁ……


 だから『せいすい』なのかぁ……


 安直過ぎて笑っちまうなぁ……



 タップリそこまで考えたその時だった。




 ビシャビシャッ!





 そんな細やかな音がした直後、ジュウジュウと、音が上がり、お俺の視界に白い煙が立ち上がる。


 液体が全身にかかったのだろう。


 割と何ともなかったなと、最初のうちは思った。


 それでも溶けていく音と立ち上る煙の量が多くなるにつれ、全身が焼けるように熱くなってくる。


 まるで沸騰する熱湯に叩き込まれた様な、そんな激痛が全身を襲ってくるが、身動きが出来ねぇもんだから、ただただ叫ぶばかりだ。



 ァ………ァァッ…………ォ……



 もちろん、アイツらには横たわった汚ぇゾンビが溶けている光景を見ているだけだろうし、俺の声なんて聞こえてやしねぇだろう。



 くそっ!



 ゾンビになって、最後の最後で人間らしい激痛を思い出させやがって。


 こんなサプライズはノーサンキューだ。



 暫くは脳内で、叫びながらのたうち回っていた。


 実際には、ピクリとも動けていないのだが。


 全身の激痛が麻痺し、何となく意識が遠のき始めた頃、小銃を構えていた隊長が姿勢を戻して声を出した。


「あまりサボってる訳にもいかねぇ。早急に補給部隊と合流して残りのアンデットを追うぞ」


 すると、その後ろで気の抜けそうな声が聞こえてくる。


「えぇぇっ、もう行くのぉ! なんかメンどぉ」っと、香里奈隊長。


「誰も見ていないんですからもう少し……」っと、雅也隊員。


「隊長堅物ぅ」っと、紗友里隊長。


 コイツ等とは仲良くなれそうだ。



「ふんっ!」っと、鼻を鳴らして踵を返した隊長。


 一歩足を前に出した後、ガスマスクごと顔をこちらに向けて暫し、こう吐き捨てて移動して行った。


「あばよ! ゴミ野郎」


 お前は昭和の芸人かっ!


 ……あれっ? タレントだったか?


 どっちでもいいが、洒落の効かねぇ別れのセリフに嫌悪感しか湧いてこねぇ。



 俺なら絶対言わてぇセリフだ。



 薄れていく意識の中、バリバリと黄ばんだゾンビの骨を踏み潰して去っていく隊長。


 その後を追うように、移動する他3人の隊員。


 ゾンビの骨を踏みつけながら去っていく隊長を、霞ゆく目で眺めつつ、やっぱりアイツとだけは仲良くなれないと、


 強く……


 強く感じた。


 そして、いよいよ視界が白い霧の中に入った様な景色に変わりかけた時だった。


 去りゆく4人の中の3人、隊長以外の後ろの3人がピタリと停止し、ゆっくりと足元をこちらに向け、再び近づいてきた。


 白い霧の中でその3人の影がどんどんと近づき、ようやく足元だけが確認出来る距離にやってくる。


 その足元は、先程の迷彩服に戦闘用長靴とは全く違うものだった。


 デニムにスニーカーの足元。


 学生服に通学靴の足元。


 黒のソックスに通学用パンプスの足元のヤツは、左膝の下にある紺色に、白と赤のラインの入ったシュシュが可愛らしい。


 先程の統一された足元ではなく、三者三葉の足元が、朧気な視界に入り込んできたのだ。




 もちろん……


 暗闇に落ちていく俺の……




 幻覚だ。




 やけにハッキリ見えるのは、今際の際だからだろうか。


 足音は聞こえない。


 それどころか俺の耳にはもう、自分の身体が溶けている音も何も聞こえない。


 ただその3人は、先程の隊長とは違いゾンビの骨を踏みしめるでなく、何となく避けながら近づいている様にも見えた。





 もちろん……


 そうであったらいいと思う俺の……




 幻想だ。




 その足元達が、先程のやつらと同じ場所でピタリと止まるのだが、その見知らぬ足元に懐かしさを覚える。




 もちろん……


 絶望に近付く俺の……




 願望だ。




 人は死ぬ瞬間に走馬灯を見ると言うが、ゾンビには適応されていないと、平和記念像の前で知った。


 しかし、人は死の間際に、既に亡くなった思い入れのある故人が迎えに来ると言うが、どうやらそれはゾンビにも共通するのかなと。


 その類なのかなと思っていると、既に死に絶えた聴覚に、聞いたことも無い若い男性の声がハッキリと聞こえてきた。



「お疲れ様です、颯太さん。やっぱり颯太さんは僕の憧れだけあって凄いですね。最後まで任務を全うするなんて、改めて尊敬します」



 ……憧れ?


 あぁ……



 何か昔にそんな事を言ってたみてぇだが、俺はそんないいもんじゃねぇぜ。


 サボりばかりで怠慢な男だしな。



 そして次に、知りもしねぇ少女の声がやってくる。


「ホント、やっぱり颯太さんってすっごく頼りになるねっ!」


 ……頼りになる?



 いやまぁ、そう言って貰えるのは有難いが、たまには俺にも甘えさせて貰いてぇもんだぜ。



 どのくらいの少女かは分からねぇが、いい大人が甘えさせてくれって言うのもどうだろうな。



 最後に3人目の初めましての声が、ギャルっぽい口調で放たれた。


「颯太って真面目過ぎて超ウケる! でもちゃんと約束守って最後まで連れてきてくれたね。ありがとっ!」



 ……約束?


 あぁ……



 俺は例えどんなに怠慢しても、約束は絶対守る男だからな。




 もちろん……


 孤独に押しつぶされたくない俺の……




 幻聴だ。




 もう、自分がどんな状況になっているのかは分からねぇし、この3人の顔が見れねぇのは残念だ。



 それでも……


 耳に届くその声や口調が懐かしくて、


 安らいで、


 幸せな気分に包まれていく。




 ただ……


 コイツらの顔を拝みてぇなぁ……




 そう強く願った時だった。


 意識ごと、体全体が優しく持ち上げられるような、ふわふわした感覚に包まれる。


 目の前の3人の景色が足元からゆっくりと上昇していき、膝辺りから下半身に上がり、腹部から胸元まで持ち上がった。


 身体が浮上しているのか?


 それとも、俺が立ち上がっているのだろうか?


 誰かが起こし上げてくれているのだろうか?


 そう思っているうちにも、視界はどんどんと上昇していく。



 そして……



 そして俺は見た。



 ようやくその3人の顔を見た。


 見る事が出来た。




 そこには知らないはずの人間が……


 懐かしい顔で3人が、




 初めて見る懐かしい顔が3人で、




 俺に微笑んでくれている。




 あぁ…………


 また……


 また、会えたな。


 みんな……




 …………………………………久しぶり。





 もちろん、



 全ては俺の……



 これ以上、


 独りぼっちにはなりたくなかった、





 俺の……







 ……………………………………妄想だ。





 …………………………

 …………………

 …………



『速報です。本日全国各地で行われたアンデット掃討作戦は大成功を収め、各地で発生しているアンデッドの殆どを消滅させたと、内閣府より発表されました。この報告を受けた各国の首脳がこぞって我が国の開発した『SEISUI06』の情報を得ようと、問い合わせが殺到しているとの事です』

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