指宿4.

 限界を超え、大量のノマゾンに押し倒されそうになった瞬間だった。


 折り込んだ右足に力を込めてその場からジャンプし、同じ足で着地して再度ジャンプした詩織が、女性の両足を抱きつくように抱え込んで、右足の脛に……カプリッといった。


 衝撃の瞬間だった。


「晴也っ! ナイスっ!!!」


 マリアの声でそちらを向くと、反対側の隅で蹲る女性に覆い被さる晴也が、首筋をカプっている光景が飛び込んでくる。


 バリバリバリバリッ! ガチァァァンッ! ドガッ! ドッガァンッ!


 小屋の至る所のガラス窓が破壊され、さらに大量のノマゾンが次から次になだれ込んでくる中、俺とマリアは素早く移動する。


 俺は詩織を小脇に抱え、マリアは晴也の手を引っ張って自らが蹴破った場所に飛び込み、小屋の外に出ていった。



 小屋の外にはまだまだノマゾンは多く、小屋に侵入する為だろうか、窓の方を目掛けて続々移動している。


 だがしかし、既に小屋の中はノマゾンでいっぱいになっており、何処にも入り込むスペースが見当たらないのに小屋を目指すノマゾンは更に増えているようだ。


 車が横転している道路の方からも、小屋を目指すノマゾンが後を絶たずにいるし。



 肉食系が抑えきれないのだろう。



 俺は小屋の様子を眺めつつ、詩織を抱えたまま先程の砂風呂の方に後ずさると、別方向に飛び出して行ったマリアと晴也が俺たちの方にゆっくりと歩いて来るのが見えた。


 そこで合流した俺たちはひと塊になって、砂風呂の上の道路に移動する。


 その場所からは小屋の中でどのような事が起こっているのかは伺えないが、俺たちが道路にたどり着いてから数分で、小屋からノマゾンがぞろぞろと出てきては道路側に向かって歩き始めた。


 それから10分くらいで、ノマゾンは数を減らしていく。


 その光景を見る限り、恐らく俺たちは群れの中心から外れ、古参ゾンビがチラホラ見られる、いつもの位置に居るのだと確認できる。


 そこで俺たちはようやく4体で顔を見合わせるように円となり、そして高揚感たっぷりに声をあげた。



「すっげぇっ! すっげぇじゃねぇか晴也に詩織っ! ゾンビになって初めての人齧りじゃねぇかっ! あの状況でよくカプったなぁ、おいっ!」


 当然マリアも興奮が止まらない。


「ホントだよぉ! 2人共凄かったよぉ! 最高じゃん! 砂風呂効果ハンパないしっ!」


 俺とマリアの歓喜の声を受ける晴也は後頭部を掻きながら、それでも嬉しそうに言ってくる。


「無我夢中だったんです! でも、あの時に颯太さんとマリアさんが吠えてくれなかったら何も出来なかったかもしれません。人齧り出来たのもそのお陰です、ホント感謝してます」


 晴也の横にいる詩織も、興奮が冷めやまない様子だ。


「ホント、颯太さんもマリアちゃんも有難ぅねっ! 私、こんな足だから人齧りなんて絶対に出来ないと思ってたからすっごく嬉しいっ!」


 そんな興奮度MAXな晴也と詩織に向かって俺は腕組みをしてニヤリと笑い、そして言ってやった。


「どうやらこれで晴也も詩織も『カキリコン』を卒業だな。そして、今日からお前たちを含め、俺たちのコードーネームを『カプカキ』から『カプリコン』に変更する。いいよな、マリア」


「当然じゃん!」っと言って、ウインクを飛ばすマリア。


 こうして俺たち『カプリコン』は大いに喜びあい、晴也と詩織の初カプリの話しで大盛り上がりするのであった。



 辺りが夕暮れに染まり、周りには最古参ゾンビも現れ始めた頃、俺たち全員がデッドリーラインの圧迫感に襲われる。


「いっけねぇ、ちょいと盛り上がりすぎちまった様だ。急いで移動しようぜ」


 マリアもデッドリーラインがやってくる方向に視線を持って行って声を出す。


「だねっ! せっかく全員『カプリコン』になれたんだからさ、こんなとこで溶けて骨だけになりたくないし」


 そう言って、俺とマリアが最古参ゾンビが移動する方向に向き直り、詩織を背負うべくいつもの様にしゃがみ込む。


 しかし、いつまで経っても背中に心地よい重みがやって来ないので不思議に思って振り返ると、晴也と詩織が2体寄り添って佇むだけで一向に動こうとしなかった。


「おい、どうしたんだよ。早くしないとデッドリーラインに追い越されちまうぞ」


 俺がそう言っても、晴也も詩織も全く動こうとしないものだから、不思議に思ったマリアが引き返そうとした瞬間に、晴也が右手を伸ばして言ってくる。


「駄目ですマリアさん、こっちに来てはいけません」


 晴也の言葉に動きを止めたマリアの表情は、明らかに戸惑っていた。


 とりあえず、俺はマリアの横に立ち、そして晴也と詩織を見据え、極めて冷静に短く声を出す。


「どういう意味だ? 説明してくれよ、晴也」


 俺の言葉をどう捉えたかは分からないが、晴也はゆっくりと俺の質問に答えてくれた。


「すみません、颯太さん、マリアさん。でも、どうやら僕はここまでの様です。本当にすみません」


 そう言って軽く腰を曲げた晴也に、マリアが吠える。


「意味分かんないしっ! どういう事よっ、サッパリよっ! ちゃんと説明してっ!」


 憤慨しながら晴也の方に行こうとするマリアの腕を、俺が掴んで止めると、マリアは振り返ってキッと睨み付けるが、俺はそのまま晴也を見続けた。


「ごめんなさい、もっと早くに言いたかったんですけど言い出せなくって……実は僕、もう足がまともに動かないんです」


「はあっ?」と言ったマリアに視線を向けて、晴也は話し続ける。


「多分、砂風呂で軟骨が温まって動くようになったのは良かったんですけど、どうやらダッシュで女性を襲った時には固まり始めてたみたいで。その時の咄嗟の動きで軟骨が変な形になったままここまで移動したものだから、異状な形で固定されたみたいなんです」


 晴也の言葉に、マリアが怒りながら声を出した。


「だったらまた砂風呂で温めればいいじゃん!」


 そう言われた晴也は、ゆっくりと瞬きをして答える。


「そんな時間はもうありません。それに分かるんです、自分の足だからもう無理なんだって事が。きっともう元には戻らないんだって」


 寂しげな表情を浮かべる晴也に、尚もマリアは食いついていく。


「そんなの……試してみなきゃ分かんないじゃん! それに今は治らないかもしんないけど、行く先々の温泉に入れば……きっと……」


 そこで言い淀むマリア。


 恐らく気付いたのだろう。


 この先で上手い具合に温泉地にたどり着けるかどうかも分からないし、晴也の足がどれくらいのスピードで移動出来るかも未知数だ。


 それに、あの素直で優等生の晴也が無理だと言っているのだから本当に無理なのだろう。


 あの晴也の曇った表情を見る限り、最古参ゾンビ程度の速度なのか、それ以下か……


 マリアもそれ以上は何も言わず、悔しそうに下唇を噛んでいた。

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