指宿2.
と、言うことで俺たちは今、砂風呂温泉で有名な
そしてようやく先程に戻ると言うことだ。
何故に指宿市なのかと言えば、詩織の「温泉だったら……」の言葉に絶叫したマリアが思い出した事で、人間時代に引きこもりだったマリアのリラックス法は入浴だったらしい。
それを聴いた晴也が考え込んで暫し、おもむろに顔を上げて言ってきた。
「僕たちの身体ってずっと乾燥しっぱなしだったから、たぶん軟骨も固くなって動きが鈍ってるんだと思うんですよ。だから身体を温めてあげると軟骨も柔らかくなるかもしれません。逆に腐敗が促進してしまうリスクもあるけど、程度を考えてやればひょっとしていけるかも知れませんね」
そういう訳で、俺たちが西鹿児島辺りに居ることを踏まえ、一番近い温泉地を考えると指宿市だろうと事に至る。
偶然にも先頭ゾンビが南下している事に気付いて流れに乗ればと思っての事だったのだが、それが本当にたどり着いたというわけだ。
その際、なるべく晴也の身体を長く暖めれるようにと、俺たちに後遺症が出ない程度を鑑みて、出来る限りの早歩きでなんとか『骸の兵士』の群れの中間地点までやってきている。
しかしまぁ、考えてみれば俺たちも身体を温めれば問題無いかも知れないので、もう少し早く移動していれば余分に晴也を温めてあげれたかも知れないが。
そんな事も考えつかないほど、脳ミソが腐ってしまっていた事を認めたくないので黙っておくことにした。
まだまだ見栄がはれるゾンビでいたいのだ。
さてさて指宿市と言えばだ、浜辺の砂風呂が有名であって、実は俺たちの居る目の前には砂風呂と書いたノボリが何本も波風になびいている。
グッジョブ、俺たち!
近頃は物忘れが多くなった俺たちが、無事に指宿市にたどり着けたのは実は全くの偶然では無い。
と、言えてしまえば格好もつくのだが、実は無事に着くようにと、血栓が詰まって惚ける前に晴也が俺たちに、こう提案してきたのだ。
「僕を含めてですけど、最近皆さん物忘れが酷くなっているみたいですから目的の指宿市にたどり着けないか、もしくは通り過ぎてしまうかも知れません。だから移動している間はお喋り禁止で『指宿』と呟きながら歩く事にしましょう」
そして、バカが着くほど正直者の俺たち『カプカキ』の面々は、移動の間ずっと『指宿』と呟きながらここまでやって来たと言うわけだ。
聞くもヨダレ、語るもヨダレの物語である。
「どこがよ! 私なんか声帯が砕けるんじゃないかと思ったくらいだし」
まぁ、確かに丸一日中『指宿』と言いながら移動していたものだから、ゾンビと言えど声帯がイカれてもおかしくは無いんじゃないかと危惧はした。
が、意外と何ともなっていない事に胸を撫で押す次第だ。
頭の中では『指宿』のリフレインがエンドレスなのだが。
たどり着いた当初の詩織も『指宿……指宿……』と呟いていたし。
そんな詩織も今では晴也の左側にしがみついて、俺たちと同じ方向をにこやかに見つめている。
「さて、久しぶり中間地点まで来たんだ、暫く日頃の疲れを癒させて貰おうじゃねぇか」
そう言ってマリアや晴也や詩織にニッ!と笑顔を見せると、マリアが反応してきた。
「砂風呂はいいけど、砂粒に気をつけてよね。でもまぁ、目の前は海だから問題ないか」
そう言ってマリアは湯気の出る砂浜の方に移動して行き、晴也も詩織を見おろして声を掛ける。
「詩織ちゃん、僕たちも移動しよっか」
そう言われた詩織なのだが、視線を海の方に向けたまま何の反応も見せなかった。
「詩織ちゃん……詩織ちゃん! 聞いてるっ?」
晴也が少し強めの声を出しても、無反応のままの詩織。
実はちょっと前から詩織は今のようにボゥとしている事が多くなり、俺たちの問いかけに無反応の時がある。
マリアに言わせれば、思春期の女の子は色々と考える時期があるとの事で、注意して見守ってやらないといけないと言われていた。
それは反抗期とは違う女子特有の感情で、男には分からないものだから絶対に追求をするなとも言われている。
そう言われて気にならない男が何処にいるのかと、それは逆に追求しろとのフリなのかと言うと、『フリ』だけに無言で右腕を
痛覚の無いゾンビでも、無駄に殴られたくは無いものなのだ。
それでも話しかけなければならない時は真正面で声を掛けるのだが、そんな時の詩織は必ずある行動をとる。
「詩織、どうした? 行くぞ!」
俺が詩織の目の前で視線を合わせる様にそう言うと、詩織は晴也に絡みついたまま器用に両手の小指を立て、耳に突っ込んでグリグリとほじくり出す。
思春期の女の子のする行動としては、如何なものかと思う次第だ。
そうする事で、詩織はいつもの屈託のない笑顔に戻って声を出して来るのだが、そろそろみっともないと言ってやるべきかどうか悩みどころでもある。
女の子って難しい。
「ごめんね颯太さん。たまに颯太さんの声が聞き苦しい時があるから、耳が拒否ってたのかも知れないね」
っと言って舌をチロっと出す詩織。
ブラックジョークにハートがクライしそうだ。
俺は泣き出しそうな顔を見られないように詩織に背中を向けて屈むと、詩織はいつものようにポスッと背中に収まってくれて、そこでようやく俺たちはマリアの方に歩き始める。
海岸に降りると、手前の小屋等は倒壊して無惨な状態になってはいたが、その横の砂場からは薄く湯気が出ており、パラソルやスコップが至るところに突き刺さっていた。
その向こうの海岸線は、穏やかな波が行ったり来たりを繰り返す。
その上をあちらこちらで男女のノマゾンが、くるぶしまでを海水で濡らしながらヨタヨタと仲良く進軍していた。
青春を謳歌しているつもりなのだろうか。
俺たちの到着を待っていたマリアと合流して湯気の出る砂場に降り立ち、そこで詩織を下ろしてから俺は突き刺さっているスコップを抜き取って、おもむろに肩に担いで声を出す。
「よし、俺が砂を掛けてやるから皆んな寝ころべ」
そう言った後、4体が横並びになるように軽く穴を掘って収まるように促す。
「気が利くじゃない、颯太のそんな所が私は好きだな」っと、マリア。
……本気にしていいのでしょうか?
「何だか緊張するなぁ……」っと言いながら、ゆっくりと穴に腰を入れ込んで両足を前方に放り出す晴也。
それにしては嬉しそうな顔を見せてくれている。
「私はシャワー派なんだけど、たまにはいいかな」と言う詩織。
確かに水道が破裂して
ガキ臭いと思いつつ、一緒に俺もはしゃぐのだが。
俺の掘った穴に3体が収まったのを確認し、今度は砂をかけようとするのだが、そんな俺にマリアが言ってくる。
「私は腰まででいいから。そこから上に掛けたら怒るし!」
これからリラックスするのにそんなに怒ってどうすると言いたいが、本気で怒られたくないものだから素直に従った。
素直に従っただけでチキンでは無い。
怒られたくはないと言ってる時点でアウトなのかもしれないが……
「僕も腰まででお願いします。下半身を重点的に温めてみようと思いますので」
まぁ、今回の目的は晴也の提案を試してみようと言うもので、これが成功すれば今後の俺たち『カプカキ』の行動にも繋がるものだから、実験台となってくれる晴也の望みは大いに叶えてやらねばならない。
だから俺は腰が隠れるほど砂をかけてやり、膝元あたりをこんもりと盛ってやった。
俺なりの労いのつもりだ。
「私は全身でいいよ」
っと言って寝転ぶ詩織の、首から上に砂がかからない様に埋めていく。
足首から下の無い詩織の左足のふくらはぎには、汚れてくすんだシュシュが付けられているために、その部分だけは砂をかけずにおいた。
痛覚が無いゾンビなものだから詩織には気付かれないで済んだ。
全員を砂に埋めた後、俺はマリアの横の穴に入り込む。
自らスコップを持ち上げて腰から下まで砂を敷き詰め、それから俺たちは砂浜を往復する波打ちの音と、辺りを徘徊するノマゾンの唸り声を聞きながら暫しの時を過ごすのだった。
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