視力は大事
大隅半島1.
俺たち、『骸の兵士』の中の精鋭部隊である『カプカキ』は、今日も華麗なる戦果を上げて駐車場に腰を落ち着け、ただ今絶賛休憩中だ。
今から少し前の事だった。
コンビニ内部に潜む人間を確認し、正面入口から俺とマリアが侵入する。
グォォォォオォォォッッッ……
ゥワァァァァッッッ……
人間を襲う時は如何に声をくぐもらせ、如何におどろおどろしく移動するかがポイントだ。
マリアが入口前で佇み、俺がコンビニ内部に入り込むと、そこには3人の人間がコンビニの奥に移動していった。
その3人に向かって俺は口を大きく広げ、両手を伸ばし、魂を欲するが如くジリジリと距離を詰める。
「きやぁぁぁぁっっっ!!!」
「くっ……くるなぁぁぁっ!!!」
「にっ……にげっ……逃げろぉぉぉっ!」
実に心地よい悲鳴に、ブルッと身体を震わせてしまいそうになる。
俺はコンビニのレジとは反対側に移動して行った3人の方に足を向ける。
そして少し移動した時に、レジの方から扉が閉まる音がするが、俺は内心ニヤリとしながら移動を止めずにフラフラと進む。
レジの裏にひとり潜んでいたことは、コンビニの外で身を潜めていた時から確認済みだった。
これまで幾度となくコンビニでカプリやカキリをやって来たために、コンビニ内の動線は把握済みだ。
その為に、裏口に晴也を配置している。
「きゃぁぁぁっっっ! いったぁぁぁいっ!!!」
レジの奥の方から悲鳴が聞こえ、その声が晴也の作戦成功の合図と捉えて俺はさらに進行して行く。
「いまだっ! 逃げろっ!」
ビジネススーツを着た女性と、細身の男性の前で盾になっていた筋肉質そうな男が叫ぶと、後ろの2人が横に飛び出して真ん中の通路に飛び込んでいった。
そして、残された筋肉男は俺を警戒しながら2人の逃げた方にジリジリと移動しているその時、先に移動した女性の悲鳴と、もうひとりの男の声が聞こえてくる。
「きゃあぁぁぁっ! いやぁぁぁぁっっっ!!! やめてぇぇぇっっっ!!!」
「うわっ! うわっ! うわっ! うわぁぁぁっっっ!!!」
女性が倒れ悲鳴を上げた後に、自動扉が開く音がし、その後に男の悲鳴が上がる。
「きゃぁぁぁっっっ!!!」
「いっ! いったぁぁぁっ!!! ひっ……ひいぃぃぃっっっ!!!」
最初の女性の悲鳴はマリアにカプリといかれたのだろうし、次の悲鳴はコンビニの入口前で潜んでいた詩織に足元でも引っ掻かれたのだろうと推測できる。
そして、俺はと言えばだ……
「大丈夫かっ! クソっ離れやがれっ!!!」
等と言って、筋肉男がマリアと絡み合うように倒れている女性を助け上げた隙に、俺は早歩きで移動して、筋肉男の後ろから
そして、地面に倒れたマリア向かってサムズアップ。
ミッション終了だ。
「ぐあぁぁぁっ! いってぇぇぇっ! クソっ走れるか? 逃げるぞっ!」
そう言って男は強引に女性の手を引いて表に飛び出し、外で尻もちを付いていたもうひとりの男には目もくれずに走り去っていく。
詩織に引っ掻き傷を付けられた男は腰を抜かし、お尻を擦りながら後退していき、その後で四つん這いにってみっともなくて去っていった。
コンビニの裏の方からも女性がひとり、肘から手首までの引っ掻き傷を付け、血をボタボタと地面に落としながら走り去っていく。
いやぁ……痛そうだ。
俺はコンビニの入口で走り去る女性を眺めていると、ようやく立ち上がったマリアが真横にやって来て言った。
「普通、齧られたら離れていこうとすんのにさ、あの女はその場で
それはそれで見たかった気がする。
そんなマリアの声を聞きつつ詩織の方を眺めると、詩織はその場で正座をして自らが傷を付けた男の、四つん這いで去っていくお尻に向かってにこやかに手を振っていた。
詩織のいつものお見送りだ。
コンビニの横から後頭部を掻きながらひょっこりと晴也が登場してくると、小首を傾げながら申し訳なさげに言ってくる。
「いや、悪い事してしまいました。ちょっとだけ爪を立てるつもりが思いっきり腕を引かれちゃいまして。僕も慌ててしまい予想してたのよりも深く爪が入ってしまって、傷を長く付けてしまいました。大丈夫かなぁ、あの人」
まぁ、悪い事といえばその通りだし、傷の具合でゾンビになる時間が若干変わる程度だから、俺たちは出来るだけ痛くならないよう齧ったり引っ掻いたりする様に心がけるようにはしている。
とりわけ晴也は心優しいヤツだし、人間が痛い思いをしているところは見たくないものだから、あまり深く傷を付けることは今まで無かった。
とは言え、どうも最近の晴也は微妙な力加減が難しくなって来ているようで、ミッションが終わるとああやって小首を傾げる事が多くなった気がするのだ。
それでも戦果は上げれたのだから上々だろうと言うと、マリアも同調する様に声を出した。
「そうそう、傷が浅かろうが深かろうが、いずれはゾンビになるんだし。それにあのくらい恐怖と痛みを与えた方が、ゾンビぽくっていいんじゃない?」
ぽくってって……
我々はゾンビなんですけど。
すると、晴也は俺たちの前を横切って詩織の側まで行き、正座をしている詩織に左腕を伸ばす。
そして、詩織が絡みついたタイミングで引き起こしながら声を出す。
「こう見えて僕は血を見るのが嫌いなんです。だから出来るだけ血が出ないようにしてあげたいんです」
「ゾンビの癖にぃ?」と、目を細めたマリアに言われ「そうですっ!」と、鼻をツンと上げて答えた晴也だが、その左腕に絡みつく詩織にも同じことを言われる。
「ゾンビの癖にぃ?」
「そんな……詩織ちゃんまで……」
そう言って項垂れる晴也。
言わずと知れたいじられ担当だ。
そしてこれこそが、俺たち『カプカキ』の作戦終了の合図とも言える。
こうしてコンビニ前の駐車止めに俺とマリア、晴也と詩織で腰を下ろして目の前を横切るノマゾン(ノーマルゾンビ)の列を眺めながらダベっていると、遠くから『ボォォォンッ!!!』と鈍い爆発音が聞こえてくる。
「なんか向こうで派手に砲撃やってるみたいだなぁ。あんな抵抗は税金の無駄だから止めりゃあいいのによ。砲弾一発にいくらかかると思ってんだって話だぜ」
元が自衛官だった俺だけに、上官から生々しい値段を聞かされながら砲撃訓練をしていたのを思い出す。
最近は昔の事などさっぱり思い出せない事が多くなった中、先程の爆発音が古い記憶と共に、あの時の上官の意地な笑みが一気に蘇った。
特質どうでもいい人物だったが、自我が目覚めた後にゾンビと化した上官を見た時は、心の底からスッキリした事を思い出す。
ざまぁみろと言うやつだ。
「颯太がそんな事を言うって珍しいし。そんなにやな奴だったの?」
俺の顔を不思議そうに眺めながら言うマリアに、俺は少し微笑みながら答える。
「もしこの世の中で1人だけぶん殴っていいと言われたら迷わずそいつをぶん殴る。そんなヤツだし、きっとそう思ってたのは俺だけじゃ無いって断言できるヤツでもあるぜ」
俺の言葉を聞いた晴也も詩織も、「「うわぁ」」っと言って苦笑いする中、マリアが鼻を「ふんっ!」と鳴らして言った。
もちろん、鼻に詰まった血栓もポンッと飛び出す。
「颯太がそこまで言うヤツならホントにヤな奴だったんだろうね。そんな機会があったら私が羽交い締めにしたげるし」
その言葉に晴也も詩織もうんうんと頷く。
『カプカキ』の絆が確固たるものだと再認識出来た瞬間だった。
そんなひと時の中にあって、俺は少し違和感を感じて声を出す。
「しかしあれだな、さっきの爆発音からそこそこ時間が経ったと思うが、それ以降全く音がしないな。一発放っただけでノマゾンの群れを吹き飛ばせるわけでもないだろうによ。それとも撤退でもしたのか?」
さらに、それ以降も爆発音は何処からも聞こえてこなかった。
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