佐賀県2.

 その様子を見ていたマリアが楽しげに言ってくる。


「あはははっ、別に気にならないからいいし。それにもうお金なんてあっても私たちには意味無いし」


 そりやそうだと言いつつも、やっぱりどれだけ稼げていたのか知りたくなるのは俺だけだろうか。


「「………………」」


 晴也と詩織の生暖かい眼差しを見る限り、どうやら俺だけの様らしい。


「もう少しで億り人になれるとこだったけどね」



 出来るゾンビ……いや、出来る女だったみたいだ。



 そんなマリアの言った『億り人』の意味が分からず、同時に小首を傾げる晴也と詩織に、俺は端的に分かりやすく説明する。


「1億円近く貯め込んでるって事だ」


「言い方っ!」っとマリアに窘められ、「はいっ!」と言って背筋を伸ばす俺。


 自分よりも秀でたものがある人物には弱い男なのである。


 とは言え、やはりゾンビになってしまってはお金なんて紙屑以下の存在であり、買い物するより略奪する方が楽な現状だ。


 そもそもの話し、物欲は愚か食欲すらも無いものだから、そこまで下に出る必要も無い。


 割り切りが早い男でもあるのだ。



  今はゾンビなのだが。



「それで? 引きこもりと佐賀県に何の関係があるんだ?」


 すると、マリアはニッと笑顔を作って声を出す。


「引きこもり時代は……って、引きこもりを辞めた訳じゃ無いんだけど……あれ?辞めたことになってんのかな?ゾンビなんだし。とにかくゾンビになる前の私は腐女子だって言ったでしょ?その時に大好きだったアニメが佐賀県を舞台にした物語だったのよ。そして、この656広場も舞台になってたってわけ」


 すると、詩織が両足をブラブラさせながら声を出してくるのだが、左足を揺らす度に皮だけで繋がっている足首が余計に揺れて、今にもちぎれ落ちそうで見ていられない。


「それじゃあ、さっき見てたマンホールの女の子が主人公だったんだね」


 その言葉に、苦笑いしながらマリアは答えた。


「6号ちゃんは男の子だから」


 そんな言葉に驚いた俺と晴也と詩織はすかさず立ち上がり、そそくさとマンホールを確認しに行って、3体でそのキャラを凝視しながら、晴也が呟く。


「そんな……どう見たって女の子にしか見えないんですけど……」


 晴也にしがみつく詩織も、晴也よりもかなり驚きつつもドライに言ってくる。


「確かに最近はLGBTQ+問題とかもあるし、『オトコの娘』って言うのも認知されてるみたいだけど。そんな社会風刺をテーマにしたアニメなのかなぁ……」


 現代の社会問題に、真摯に向き合う詩織だった。



 少女なのに『しんし(紳士)』とはこれ如何に。



 そんな親父ギャグにもサムズアップで応えてくれる、大人な詩織なのだ。


 それからすぐさま元の場所に戻ってマリアに言った。


「とても見た目からは想像が出来ない程の、現代社会をテーマにしたスケールのデカいアニメの主人公なんだな、あのキャラは」


 そういう言う俺に冷めた視線をくれてくるマリアが、俺を蔑むように言葉をだしてくる。


「そんな難しいアニメじゃないし、6号ちゃんは主役じゃないから」



「「「へっ?」」」



 随分と間抜けな声を同時に挙げる、俺たち3体。


 多分、声同様にかなり間抜けなな顔になってたのだろう、マリアは苦笑いしなから驚くべき事を言ってきた。


「あんな風に見えてもあの子、ゾンビだから」


「「「へっっっ!!!」」」


 先程よりも強めに驚き、そして俺たちはまたマンホールに移動して萌えキャラをガン見する。


「マジかぁ……これがゾンビなのかぁ……信じらんねぇ……」っと、俺。


「嘘……だよね……こんなゾンビが存在するんだ……凄い……」っと、晴也。


「オトコの娘なのにこんなに可愛いゾンビって……ひょっとしてカリスマ?」っと、詩織。


 何か?肝心な事を忘れているような気がする。


 するとマリアは「ハァ……」っと、ため息を吐いて言った。


「だからアニメの話だって言ってんじゃん」



「「「はっ!!!」」」



 正真正銘、間抜けな3体のゾンビだった。


 それからマリアは、そのアニメの事を懐かしみながら説明してくれるのだった。



「しっかし、今の俺たちにタイムリーなアニメたったんだな。自我に目覚めたゾンビがご当地アイドルで地域を盛り上げるとはね」


 分かりやすくも楽しげに語り終えたマリアを眺めて俺がそう言うと、詩織も今見たような明るい表情で656広場のステージを指差しながら声を出す。


「じゃあ、あの辺でライブやったり、ダンスバトルとかやってたんだ。なんだかとっても楽しそうなアニメだったんだね」


 すると、晴也も食いつき気味に言ってきた。


「それで、そのアイドルゾンビは全国に行ったんですか? 後、3号ちゃんの事を詳しく」


 等と、見たこともないキャラを推し始めようとしているみたいだ。


「それでさ、聖地巡礼ってやつ? 私もそれやってみたかったんだけどね。結局コロナでツアーも無くなっちゃってさ。だから今、佐賀県にいるのがすっごく嬉しいってことっ!」


 なんだか凄くいい顔で語るマリアを眺めていると、そのキャラ達が活躍した所に連れて行ってやりたくなる。


 しかし、残念ながら最長60キロの楕円形を逸れると存在できなくなる『骸の兵士』なだけに、先頭ゾンビがそちらに行ってくれなくてはどうしようもない。


 それに、元が広島県民の俺とマリア、山口県民の晴也と詩織では右も左も分からないから、どちらに行けば良いのかも分からない。


 なんとかならないものかと思考していると、マリアが俺の方をジッと見つめているのに気付く。


 何だろうと思い、俺もマリアを眺めると、マリアはフワリと笑顔を作って言ってきた。


「颯太って優しいね」


 マリアはゾンビに襲われた時、思わず両腕で顔を庇ってしまったものだから左腹部を抉られてしまったらしい。


 なので顔は無傷だったが、パーカーの下の下腹部は見るに堪えないものだと言っている。


 自我に目覚めた後に自宅に帰って着替えたらしいが、持っているパーカーは同じ様な物だから選ぶ必要がなくて楽だとも言っていた。


 つまり、詩織同様にマリアもゾンビらしく土気色で生気は無いのだが、割と整った顔立ちをしている為に笑顔がとても眩しく見える。



 決してマリアの後方で破壊された自動販売から出る火花が眩しいわけではない。



「いや……別にそんな事はねぇんだけどよ。俺たちは急がなきゃならなぇ用事がある訳でもねぇし。それに、俺もマリアの話し聞いて聖地巡礼とかやってみたくなったからなぁ。あるんだろ?色んなとこにマンホールが。どうせなら全員分を見てみてぇもんだし、なぁ!」


 何となくマリアの言葉がむず痒くって、後頭部を掻きながら晴也と詩織に投げかけた。


「私も出来れば見てみたいけど、こればっかりはねぇ」


 っと言って肩を竦める詩織の横で、晴也も残念そうに声を出す。


「ホントです、僕も3号ちゃんのマンホール見てみたかったけど……ちょっと先頭に言って軌道修正してきましょうか?」


 真面目な晴也ならやりかねない気がしたマリアが、苦笑いで言った。


「そこまでしなくたって私は満足してるから。皆んなありがとね」


 晴也の場合は優しさより欲望の方が勝っている様な気がするのだが。

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