第25話



 トキコは料理を作りながらワインを飲んでいる。決して酔ってはいない。今夜は娘の好きなパスタだ。ミートソースは自家製で、既にフライパンの上で煮詰まったトマトが湯気を発している。


 娘のケイはおとなしく、小犬と遊んでいる。母親の料理の邪魔はしない。料理が出来上がるのを待っている。


 そんな中、トキコはコミネに話した内容を思い出す。未だ結婚をしていなかった頃、オオサワの将来の野望を聞いた時、この人の野望に賭けてみるのも面白いかもしれないと思った。何よりも経済的に安定している。愛していた訳ではないが、嫌いではなかった。ただ、結婚してから何かがおかしいと思い始めた。ようやく子供を授かり、妊娠してから、更にその思いは強くなった。何か薄気味悪い、理解できないものが心に巣くい始めた。子供が生まれた時、嬉しそうなオオサワの顔を思い出す。何故か父親が示す愛情とは違うような、それも分からない。


 世間で言えばオオサワは娘を溺愛している父親であるように見える。そのように見える? そうではないということ? トキコは考えても全てにおいて答えを見つけられない。しかし、溺愛しているように見える、という表現は正しいのではないか? その証拠に、娘のケイは、どんなにオオサワに溺愛されていても、ごく普通に接している。それどころか父親にせがんで買ってもらった小犬と遊んでいる時の方が安心しているような顔をしている。


 トキコは、バーベキューの時に交換したラインにあるコミネのアイコンを探す。コミネの顔が笑っている。寂しそうに見えるが、笑顔とはこのようなものではないのか?とも思う。


 トキコはキッチンに飲みかけのワイングラスを置くと、小犬と戯れている娘のそばへ行く。そして軽く頭を撫でると、


「お母さん、スパゲッティー未だ?」


と母親の胸に小さな頭を埋めてケイが問いかける。


トキコは何も答えずに、今度は両手で精一杯包み込み、そっと力を加える。誰よりもこの子を愛しているのは私だ。

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