第23話 墜ちた女
「まだ帰ってなかったのか」
「お礼、言いたくて。さっきのおじさんに無理を言ったの」
「あ、そう。それじゃ、もうこれで満足だな」
そう言っても、バカ女は俺に話しかけることを止めない。
「あたし、
「……はぁ?」
「助けてもらったし、お礼がしたいから。名前と、連絡先教えてよ」
頬を朱色に染めて、
あれだけの暴力沙汰を目の当たりにしてもなお、こいつの目には俺が白馬に乗った王子様に見えているらしい。
「ちょっと待ってろ……」
俺は葛城が呼んだ応援部隊の若いモンに近づく。
「お疲れさんっす、若」
と俺に頭を下げたそいつに問いかける。
「今、あの変態親父どもは金目のモンは何か持ってたか?」
「財布に入った現金は、全員合わせて70万くらいっすね。あとは、成金趣味の高級腕時計を着けてる奴が3人っす」
「それなら、現金を渡してくれ」
俺の言葉に、若いもんは「うっす」と答え、すぐに札束を手渡してくれた。
それを持って、美波の元に俺は再び歩く。
「迷惑料と口止め料だ。とってけ」
俺はそう言って、札束を差し出した。
「え!?」
と嬉しそうな顔をしてその札束を見た後、急に顔を青ざめさせて首を横に振り、
「う、受け取れない! 流石に怖すぎ……」
と、声を固くして言った。
「そうだよ、俺は怖い奴なんだよ。お前みたいな甘えたガキに、名乗る名なんてねぇんだよ」
「でも、あなたは私が乱暴されそうになった時に助けてくれたし、怒ってくれた。怖い人かもだけど、悪い人ではないでしょ?」
俺は溜息を吐く。
こいつに対して、良い印象はもちろんない。だから、俺の見てないところでこいつがどうなっても知ったことじゃない。
だけど、もしかしたらまたウチのシマでトラブルに巻き込まれるかもしれないんだよな……。
この舐めた態度は今のうちに矯正してやった方が、最終的に手間は少ないかもしれない。
そう思い、俺は美波の横っ面を平手で打った。
「……え?」
打たれた右頬を掌で押さえながら、驚いたように美波は言った。
俺は彼女の間抜け面を睨みつけ、
「おめぇよ、自分がズレてんの分かってるか? 危険な目に遭って、怖い人間に絡まれて、普通の感性の人間なら、「もう二度とこんなことごめんだ!」で終わるのによ……なんでわざわざ俺に関わろうとする?」
「それは……」
口を開きかけた美波の胸倉をつかんで、俺は忠告の言葉を口にする。
「半端な覚悟で
俺の言葉を聞いた美波は、こくこくと頷いた。
胸倉から手を放してから、札束から万札を二枚取り出してから、差し出す。
「タクシー代だ。余った金で、怪我無いか医者に診てもらえ」
俺の言葉を聞いて、今度は素直に金を受け取った美波。
打たれてないはずの左頬まで真っ赤に染めて、ぼーっとした様子で俺を見ていた。
強く叩きすぎただけ、だよな……?
俺はタクシーを呼んで、美波にそのことを伝える。
彼女は無言のまま頷いた。こいつを見張るのは、あの若い奴に任せれば良いだろう。
そう思い、俺はもう一度倉庫に戻ることにした。
「若、どうしたんですか?」
俺を見た葛城が、問いかけてきた。
「今のうちに、鬼道に聞きたいことがあってな」
そう言ってから、俺は葛城に応急手当てをされた鬼道を見る。
「若がやり過ぎたせいで、まともには話せないと思いますが……」
責めるような眼差しを向ける葛城。
俺の非人道的な行いに憤っているわけではない。
もっと上手いことやれよ、と言いたいのだろう。
「俺の質問が間違っていなかったら首を縦に、間違っていたら首を横に振って答えろ。分かったら、首を一回縦に振れ」
俺の問いかけに、鬼道は怯えた様子で、弱々しく首を縦に振る。
「覇道昇竜会の連中は、鬼道がやられたと分かれば、解散なんかせずに実行犯に返しに来るよな?」
鬼道は逡巡した様子を見せたが、俺が「正直に言わないともう一本」と言ってペンチをちらりと見せると、素直に一度首を縦に振った。
「そういうわけだから、覇道昇竜会の幹部から下っ端までが、実行犯の葛城に返しをしに来るらしいから。こっちから呼び出して、全員袋にしとけよ」
「……実行犯は若ですよね?」
「カマトトぶってんじゃねぇよ。葛城だって、本当は大暴れしたくて仕方ないんだろ? この倉庫に呼び出して、思う存分暴れてくれればいい」
俺の言葉に、葛城は大きなため息を吐いてから、
「若には隠せないですよね」
と、好戦的な笑みを浮かべた。
「俺も、まだ返しが済んでない奴らがいるからな」
俺はそう呟いてから、鬼道に問いかける。
「ウチのシマでヤクを売ってる、妙にすばしっこい奴とその用心棒は、明日どこにいる予定か知ってるか?」
鬼道は一度頷いた。
俺は鬼道の顔を片手で掴みながら、もう一度問いかける。
「そんじゃあ、明日その二人がいつどこで商売をする予定なのか、分かりやすい言葉で説明してくれるか?」
その後、苦し気に聞き取りにくい言葉で説明をする鬼道の言葉を聞いて、
やり過ぎはやっぱり良くないなと思う俺だった。
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