第20話 カチコミ

「私が男装をしている、理由。説明するのが難しですが、あえて一言で言うと――」


 楓さんはもったいぶった前置きをしてから、真剣な表情を浮かべて続けて言う。


「若の趣味です」


「え? 趣味? ……えっ!?」


「冗談ですよ」


 私の動揺する姿を見ていた楓さんは、楽しそうに微笑んでいた。


「もう、驚かせないでくださいよー!」


 責めるように言う私に、楓さんは「ちゃんと説明しますね」と言った。


「私が若に拾われたのは、4年前。今の歌音さんと同じ、高校2年生の頃だったのですが。その頃の櫻木會は、今よりももっと分かりやすい【ヤクザ】だったんです」


「分かりやすいと言うと……暴力だったり、違法行為だったりを躊躇わうことなかったってことですか?」


「そういう認識で、間違いありません。だから、当時若くて可愛らしかった女子高生の私が、組員に悪戯をされないように……女として見られないように、私に男装をさせて傍に置いたのです」


 自分で自分のことを若く可愛らしいと言ったことについては全くツッコめなかったけど……。


「私にしたみたいに、恋人だって言えば手は出されなかったんじゃないですか? そうしなかったのは、どうしてなんでしょう?」


「当時の若は、櫻木會に今ほど影響力のある人物じゃなかったので」


「それなら、影響力を持った今も男装を続けているのはどうしてですか?」


 私の質問に、楓さんは少しだけ苦しそうな表情を浮かべた。


「今ほど折り合いが付けられていなかったころ。私は若を怖がらせてしまったので」


「……怖がらせた?」


 思春期の男子中学生に、楓さんのような美人で年上のお姉さんが傍にいれば、おかしくなってしまうという意味だろうか?

 未だに来る木田君のメッセージ連投を思い出していると、


「若を産んだ女性・・・・・はとても綺麗な人だったそうです。私や、歌音さんと同じように」


 楓さんは、真剣な表情で語り始めた。


「でも、内面は全くの逆。幼い若にネグレクトやDVを日常的に行っていたそうです」 


 それを聞いて、母親の再婚相手から嫌がらせを受けていた私に、かつての自分を重ねて、こうして良くしてくれているのだろうか、と思った。


「だから若は、その人を殺してしまったのだ、と。……私に教えてくれたことがありました」


「殺した……? 仁先輩が?」


 私の言葉に、楓さんは頷く。


「とはいえ、実際に自らの手を汚したのかどうかまでは、聞いていません。それでも、若は悔いているんです。だから、自分を産んだ女のように美しい私や歌音さんに手を差し伸べるのは……罪滅ぼしのようなものなんでしょう」


 楓さんの話を整理しきれず、私は無言のままでいた。


「私の親も酷い人間でした。ギャンブルで作った闇金の借金を返済させるために、未成年だった私を風俗に売りとばそうとし、その後はAVに出演させようともしていたらしいです。そうなる前に闇金や半グレに話を通して大枚を使って救ってくれたのが、若です」


 楓さんの語る自らの境遇も、漫画や小説の登場人物のことのようで、いまいち現実感がなかった。


「私は、若を敬愛しています。若に言われれば、私は誰にでも抱かれるでしょうし、誰でもためらいなく殺せます。……若がそんな命令をするはずはありませんが」


 だけど、気付いた。

 彼女が仁先輩のことを語るときの声音に、眼差しに。

 楓さんの彼に対する信頼を越えた信仰が宿っていることに。


「歌音さんは、若をどう思っていますか?」


「……よく、わかりません。だけど、楓さんと仁先輩の関係は、健全ではないと思います」


 そう私が答えると、意外なことに楓さんは。

 私を、羨むような眼差しで見た。


「若も私も、普通の境遇では育ってないので、どうしたって健全な関係にはなれないのかもしれないですね。……だからこそ、出来ることなら歌音さんにはこれからも、若の傍にいてもらいたいのです」


 楓さんの言葉の意味が、いまいちわからなかった。


「それって、どういう意味ですか……?」


 私の言葉に、楓さんはクスリと悪戯っぽく笑ってから、


「余計なことを話しすぎてしまいました。今日話したことは若には内緒ですからね、歌音さん?」


 と、可愛らしくそう言った。

 



【仁視点】


 鬼道たちが打ち上げのために移動した、個人経営の居酒屋だった。

 俺と葛城はカウンター席に座って様子を伺いつつ、ノンアルコールと軽めのあてを頼む。

 鬼道がトイレに行ったタイミングで、俺は後をついていき、この後どこに向かうか確認するために発信器を服に仕込んだ。

 少し肩がぶつかった気がするが、酔っていた鬼道には気づかれず何の疑いも持たれなかった。


 それから、1時間ほどが経過してから祝勝会は解散となった。

 思いのほか早いと思ったが、鬼道にしてみればここからが本番なのだろう。


 鬼道と試合に勝利した傷跡の男は、店の前に停められていた車に乗って、移動を始めた。

 俺と葛城は会計を済ませて店を出て、それから車に乗り込む。


「発信機は……生きてるな。追うぞ」


「了解です、若」


 俺の言葉に、葛城は応じて車を走らせた。

 それから20分程度。


 郊外の倉庫に、鬼道たちが入っていった。

 葛城に怪しまれずに様子を伺えるギリギリの場所に車を止めてもらう。


 倉庫の周囲には、若い半グレの男が数人立っている。

 また、駐車場には高級車が数台停まっている。


 こんなところで何を、と思ったが……。


「乱交か」


「そうでしょうね」


 高級車から、この場の雰囲気とは場違いな派手な女が5人以上降り、倉庫の中に入っていった。


「好都合だな。今日は様子見のつもりだったが、やることやって女が帰っていったら、疲れ果てた鬼道を攫うぞ」


「了解です」


 俺たちはそう会話をしてから、しばらくの間倉庫の様子を見ていた。

 

 まだまだ終わる様子のない倉庫を眺めるのに飽き飽きしてきた頃。

 新たに停まった国産車から、見知った女が出てきた。


 同じクラスの、バカ女。

 パパ活だけじゃ飽き足らず、こんなことまでしてんのかと呆れそうになったが……。


 口を塞がれながら、抵抗をしている様子だ。

 明らかに、無理やり連れてこられたようだった。


 俺は一度、深く溜め息を吐く。

 いくら相手が気に入らないバカ女でも――。


 面が良い女が酷い目に遭うのを、見過ごすことは出来ない。


「降りろ葛城。これからカチコミだ」


 俺がそう言って車を出ると、葛城はやれやれと首を振ってから、俺の後に続くのだった。

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