第17話 代償

 数分休んでから、ダメージが抜けたころ。

 俺はスマホを取り出し、楓に連絡を取る。


『楓か?』


『はい、楓です』


『悪い。こっちはミスった』


 俺の言葉に、


『今、どこにいるんですか? ご無事ですか!?』


 と、楓は少々取り乱した様子で問いかけた。


『ああ、無事だ。相手に逃げられた、それだけだ』


『ご無事なら、何よりです』


 俺の言葉に、楓はホッと息を吐いた後に、そう答えた。


『それで、そっちの様子はどうだ?』


『私と葛城が話を聞こうとしたのですが、どうにも警戒をされているようで、素直に話してもらえていません。……中学生を暴力で脅す訳にもいきませんし』


 どうやら聴き取りは難航しているらしい。

 当然だ、葛城と楓は、正義の味方って風貌ではない。

 あの中坊は、サプリを譲ってもらっていたと言っていた。

 大したことをしてはいないはずなのに、怪しげな人間がいろいろと聞こうとしたら、答えにくいに決まっている。


『そこに歌音はいるか?』


『いるのですが、今ちょうど中学生と話をして……あれ?』


 楓が困惑したような声を出した。


『どうした?』


『……歌音さんには、警戒せず話をしてくれたようです』


 楓は少々納得のいっていない様子でそう言った。

 しかし、それも当然だ。


 男子中学生は、綺麗な年上のお姉さんが好きなのだから。

 例え地雷系女子だとしても、歌音レベルのルックスなら、少しでも自分に興味を持ってもらおうとべらべら喋るだろう。


『よし、それなら合流しよう。一度、事務所に……いや。一旦ウチに戻るぞ』


『承知しました。……お迎えは必要ですか?』


『いや、問題ない。ウチに戻るまでに何かあったら、また連絡してくれ』


 俺はそう言ってから、通話を切った。

 立ち上がり、部屋を出る。

 一度情報を整理して、仕切り直しをするために。



 マンションの一室に戻ると、既に楓たちは戻っていた。

 リビングのソファに座る葛城と歌音、二人に茶を出す楓。

 三人は、俺が帰ってきたことに気が付き、


「お帰りなさい」


「お疲れ様です、若」


「お疲れ様です」


 と、それぞれが言った。


「おう、待たせて悪いな。それと、フード野郎は取り逃がした。こっちも、悪かったな」


「若が追い付かないなら、誰も捕まえることはできませんよ」


 葛城が冷静にフォローをしてくれる。

 俺は無言で彼を見て首肯してから、


「そんで、そっちで中坊から話は聞けたんだよな。情報を共有してくれ」


 俺は机の上に置かれた、パケに入った薬物を見てから、歌音に問いかける。

 彼女は少しだけ疲れたような表情を浮かべてから、


木田拓斗きだたくと、14歳。8月31日生まれの乙女座、O型。少し前までハマッていたのは『エルデンリング』。だけど受験勉強が大事だから、最期のダンジョンで止まってる。好きな女子のタイプは黒髪の似合う年上の人」


 歌音は訥々と語る。

 うむ、と俺はゆっくりと頷いてから、


「お前は何を言っているんだ?」


 と、全力の笑顔を浮かべて答えた。


「これが、私の払った代償です」


 そう言った歌音は、スマホのメッセージ画面を見せてきた。

 ……相手からの長文メッセージがそこにはずらりと並んでいた。


「木田くんから、連絡先を教えてくれたら、あの薬の話……に限らず、何でも教えてくれるって話だったので。ブロックしたいけど、今後も情報を提供してもらうことがあるかもしれないからって、二人には言われて。だから、無視するわけにもいかず……」


 そう言ってから、歌音はスマホを葛城に預けた。

 葛城は無表情のまま『へー、そうなんだ。すごいね♡』と打ち込み、返信をしていた。


 誰一人として幸せになっていない、地獄のようなやり取りだった。


「……それで、肝心の薬のことは聞けたんだよな?」


 歌音はゆっくりと頷いた。

 そして葛城がメッセージを随分と最初の方にスクロールさせてから、とある画像を開いた。


「『受験生や資格試験の勉強中のあなたにおススメ!! 眠気覚まし、記憶力のアップに効果があります。※効果には個人差があります』……普通のサプリの広告っぽいが、確かにこれなら警戒はあんまりされなさそうだな」


 一枚の広告の画像だ。

 このサプリを使ったら志望校に合格して彼女も出来た、という内容の漫画も載っていて、これまた警戒心を薄れさせているように思える。


「こんな広告画像を作っても、どこかでバレるに決まってるのに……その半グレ集団は馬鹿の集まりなんですか?」


 呆れたように、歌音が言う。

 葛城は無表情のままだったが、楓は少し苦笑をしていた。


「バレても問題ないんだろうよ」


「え、なんでですか?」


「理由はいくつかあるかもしれないが、売人が捕まっても、トカゲのしっぽ切りが出来るようにしてるんだろうな」


「嫌な感じですね……」


「そうだな」


 俺は頷いてから、続けて言う。


「とにかく、これは櫻木會に対する明確な挑発行為だ。ウチのシマを荒らすような行為を看過できない。……組のモンにも、この情報は流しておく。どのくらい被害が出てるかを調べるのは、カシラに任せよう」


「私たちは、何をすればよろしいでしょうか」


「この薬を売りさばいてる大元。それがどこのどいつか調べて……カチコミだ」


「かしこまりました」


 と楓は良い、葛城も無言で頷いた。

 しかし、


「え、櫻木會と私たちの役割、逆じゃないですか?」


 と歌音が戸惑った様子を見せた。


「相手がヤクザならそうした方が良いかもな。……ただ、今の・・櫻木會ウチに手を出すのは、怖いもの知らずのイケイケな半グレの可能性が高いからな。半グレとヤクザが揉めると、暴対法のせいでヤクザ側が損することのほうが多いんだよ」


「じゃあ、相手はやりたい放題できるってことですか?」


「本気になったら、櫻木會は犠牲なんて考えずに相手を潰すけどよ……。そうなる前に、街を守る良いヤクザおれたちが動くんだよ」


 歌音は「何か複雑な感じですね……」と呟いていた。


「いや、実際問題、複雑なことなんか一個もない。奴らを潰す理由は単純明快だ」


 俺の言葉に、歌音は「へ?」と呆けたような声を出してから、こちらを見た。


「あいつらはウチのシマで好き放題し、俺をコケにした。だからもう二度とそんなことが出来ないように、返しは徹底的にする。……それだけだ」


 俺の言葉に歌音は、


「どうでも良いですけど。今の仁先輩、めちゃくちゃ悪人面ですよ……?」


 と、割と本気で引き気味でそう言った。

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