第2章 抗争、終わりと始まり

第11話 ニセコイ

 改めて歌音が一緒に住むことになった翌日、月曜日。

 土日に心身の休息が出来なかったとしても、基本的に学校には休まずに行く。

 

 朝から俺の顔を見て憂鬱そうに溜め息を吐く、隣の席の女子。

 飽きもせずに俺に聞こえるように陰口を叩く茶髪ピアスと取り巻き達。


 それらを無視しながら、今日もストレスの溜まる1日が始まったことを自覚した。


 ――そして、眠たくなる午前の授業も終わり、昼休み。


 いつものように、楓が用意してくれた弁当を取り出す。

 それから食事をはじめようと思ったところで、教室の入り口が騒がしいことに気が付いた。

 

 どこかのクラスのドアホがバカなことでもやって注目を集めているのだろう。

 そんな風に結論付けた俺に、


「仁先輩、一緒にお昼食べましょ」


 と声を掛けてくる奴がいた。


 ……先ほど、教室の入り口が騒がしかった原因が分かった。

 

「はぁ、なんで桜木に声かけてんの!?」


「そんな陰気な野郎と葉関わらない方が良いって、有栖ちゃん!」


「代わりに一緒に俺たちと飯食おうよ!」


 俺が返事を言う前に、周囲は大変盛り上がっていた。

 それはそうだろう。

 学園一の美少女と名高い後輩JK有栖歌音が、自分の教室にいるのだから。


 そして、その歌音がクラスでも屈指の陰キャ野郎に食事のお誘いをしている。

 理解が追い付かないのが普通だ。


 とりあえず、人違いか何かだと歌音に応えようとして――。


「あれ、仁先輩クラスの人たちに行ってないんですか? 歌音は俺の女だー、って?」


 歌音が平然とした表情でそう言った。

 

「……はぁ?」


 思わず、素で反応してしまった。

 歌音が何を言っているのか理解が出来なかった。

 それはもちろん、俺だけではなかったようだ。


「はぁー!!!???」


「なんでその陰キャと!?」


「マジ? マジで付き合ってんの!!!??」


 クラスの連中は悲壮な表情を浮かべて、軽くパニくっていた


「はい、この間の土曜日から」


 駄目だこいつ…

 早くなんとかしないと


「てめぇ、マジかよ桜木ぃ!? なんとか言えや!」


 歌音の言葉に、近くに立っていた柔道部の野村が俺の襟首を掴もうと腕を伸ばしてくる。

 俺はそれを、反射的に躱してしまった。


「――あ、あれ?」


 その様子を見たクラスメイト達は全員面食らった顔をしていた。

 俺が県大会でも上位の成績を誇り、屈強な猛者として知られる野村の掴みを躱したことは信じがたいことだったのだ。


 ことここに至り、俺は説明をすることを諦めた。

 

 俺は弁当を取ってから無言のまま出入り口に向かい、そこから出て行く。


「うげ、また朝っぱらから桜木――って、なにこの空気?」


 そう言ったのは、やはり今日も遅刻をしてきたバカ女。

 俺はそれを無視し、廊下を歩く。


「どこ行くんですか?」


 歩く俺に並び、声を掛けてきたのはもちろん歌音だ。


「……黙ってついてこい」

 

 俺がそう答えると、歌音は溜息を吐きつつも、大人しく後を着いてくる。

 俺は階段を上がり、それから立ち入り禁止の張り紙が付いている屋上の扉を開ける。


「え、ここ立ち入り禁止なのに鍵ついてないんですか?」


 驚いたような表情の歌音。


「鍵、掛かってるんだけど壊れてるんだよ。ちょっとしたコツをつかめれば、簡単に開けられる」


 経費削減なのか、職務怠慢なのか、それとも単に気づいていないだけなのか。

 去年の秋くらいからずっと、屋上の鍵はこのような状態だった。


 俺は屋上の比較的汚れの少ない場所に座って、弁当を食べ始める。

 歌音はハンカチを敷いてその上に座り、俺と同じく楓に作ってもらった弁当を広げ、食べ始めた。


「……それで、何のようだったんだ?」


「一緒にお弁当を食べようと思いまして」


 そう言ってから厚焼き卵を口に放り「あ、美味し」と感激した様子の歌音。

 俺は無言のまま彼女を睨みつける。


「そんな怖い顔しないでくださいよ」


 歌音は引き気味にそう言ってから、続けて口を開く。


「先週の金曜日、先輩と会う前。夜の繁華街で、先輩と同じクラスにいる人を見た気がしたので、その確認です。もし間違いなかったら、先輩にお伝えした方が良いかと思いまして」


 俺と同じクラスで先週の金曜にいた連中というと……、


「俺もそいつらは見た。松上、竹中、梅下だろ」


「なんだ、知っていたんですか」


「ああ、あいつらは多分も、気軽に夜遊びはしないだろうよ。それにしても、同じクラスでもないのによくあの3人の厚塗り化粧の顔見て気づけたな」


 俺が感心したように言うと、歌音は首を傾げた。


「どうした?」


「……多分、先輩が言っている人とは違います。私が見たのは男女一人ずつの先輩でしたから」


「そうなのか? ……間違いなく、俺と同じクラスの奴だったのか?」


 俺の言葉に、歌音はコクリと頷いた。


「茶髪ピアスのイケメンと、教室出る時にすれ違った綺麗な女の先輩の二人です」


「ああ、あいつらか。どのくらいの時間に見たんだ?」


「確か、22時くらいだったと思います」


 22時くらいなら、俺たちが夜廻りを開始したころにはもしかしたら帰宅していたかもしれない。


「あいつらでデートでもしてたんじゃねぇのか?」


 俺が言うと、歌音は首を傾げて言う。


「でも、そんな雰囲気じゃなかったんですよ。もう一人、もうちょっと年上くらいに見えた柄の悪そうな人がいたんで。3人でデート、って雰囲気ではなかったです」


 俺が松上、竹中、梅下の三名の名前を言った時点では意見が食い違っていなかったのは、歌音が見たのも3人だったからか。


「……そうか」


 俺は一言答えてから、思案する。

 あの二人の素行は確かに悪いが、正直高校生レベルの素行不良だ。

 直ちにウチのシマに悪影響を及ぼすことはないだろうが……もう一人のガラの悪そうな男ってのが気になる。


「ありがとよ、情報提供助かる。しばらくは、あいつらの行動を注視するよ」


 俺の言葉に、


「私の情報、役に立ちましたか?」


 と、不安そうに問いかけてきた。

 

「ウチのシマの秩序を守るためだからな。これからも、些細な情報でも良いから何か気づいたら言ってくれ」


 俺が言うと、歌音は嬉しそうな表情を浮かべて「はい」と素直に頷いた。

 そんな彼女を見て――、


「そのことを確認したいだけなら、わざわざウチのクラスに来る必要はなかったと思うんだが?」


 俺が言うと、歌音は「ちゃんとした理由がありますよ」と穏やかに微笑んだ。


「仁先輩が学園で舐められてるのは、何となく知っていたので。可愛い彼女の一人でもいれば、見直されるかと思って」


「そんな気遣いはいらねぇ! 大体なんだよ、いつお前が俺の女になった!?」


「そんな、酷いですよ先輩っ!」


 俺の言葉に、どうしてか歌音は大げさに悲しんだふりをしてから言った。


「一昨日私に乱暴にした相手には『俺の女に手を出したらただじゃ済まさねぇ」って言ったし、昨日なんて『お前は俺のモノだっ!」って、情熱的に言ってくれたばかりじゃないですか!?」


 ……確かに言った。

 でもそれは違うだろう。分かるだろう。

 そう思ったが、歌音のにやけた表情を見て、俺は理解した。


 この女は全てを理解した上で行動をしたのだ。

 俺は頭を抱えてため息を吐いてから、歌音に問いかける。


「つまり歌音。繁華街で見た俺のクラスメイトを確かめるためって言うのは建前で、俺を揶揄いに来たのが本音だったってわけだ?」


 俺の言葉に、歌音はゆっくりと首を振ってから、揺れる眼差し俺に向けた。

 彼女のその表情があまりにも美しすぎて――不覚にも俺は、ドキリとした。


「いいえ、先輩のクラスメイトを確かめるため、そして先輩を揶揄うため。そのどちらも、私にとっては本気だったんですよ」


 てへっ、と舌を出して笑う歌音に、俺は普通にイラっとした。


「良い性格してんな、お前……怒る気力もなくなったわ」


 この後起こるであろう面倒ごとには目を瞑り。

 とりあえず俺は、彼女の笑顔に誤魔化されることにしたのだった。

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