因縁、再び

 崩れ出した天井を見て、バーテンダーはとっさに非常階段へ逃げ込んだ。


「あっ、ぶねぇ」


 ホッと胸を撫で下ろすバーテンダーの首に、蛇のように腕が絡み付き、頸椎を折りかねない圧迫感を与える。


「あ、藍原くん……待ってくれ」


「あ? 裏切っといて何を言ってんだ」


 あらゆる言葉を尽くしても耳を貸さない腕の力強さは、必ず報復を遂げることを示している。それでもバーテンダーは、泡を吹くまで口を動かし続けようという意思を見せる。


「華澄さんは、きみを、」


「どうでもいいんだよ、アイツらの話なんて」


 バーテンダーの顔は鬱血を始め、空気を求めて蠢く口は溺死に遭う前の必死さと似て、二目と見ていられない。


「ゔ、ぃ」


 頭に言葉を操るだけの空気が回らず、言語障害を起こしたバーテンダーは、程なくして身じろぎ一つしなくなった。


「ふぅー」


 ありったけの力を込めたことが伝わる、深い息の吐き方で頭に上った血を下げた。扉を隔てて聞く騒がしい音に工事を想起すれば、粉塵が足元に忍び寄ったのも納得な光景が広がる。


「……」


 藍原は吸血鬼の存在を彼方此方に感じ、それぞれに視線を飛ばす。それでも、この粉塵をどうにかしなければ、見通せる物が見つからない。待ちあぐねた藍原は、殊更に音を立てる方向へ走り出す。


 だが、直ぐに足を止めることになる。それは、イロウとピエロが組んず解れつの命を取り合う最中にあり、指一本でも関わろうとすれば、消し飛ばされかねない流血の惨状がそこにはあった。茶々を入れる邪魔者だと把捉される前に距離をとる。そして振り返った先で、二人は同時に顔を合わせた。互いに求めてやまない姿を目にして、言葉を交わさずとも理解する。


「ぶっ殺す」


 殺気立った目付きがそう語り、衝突するのに時間は掛からなかった。打撃を受けまいとする瀬戸海斗は、さながら鼠花火のように藍原の周囲を駆け回り、撹乱を誘う。以前の反省を活かした、立ち回りだ。ただ、藍原の目を誤魔化すのにあと一歩、足りない。藍原は伸ばした手の先で足首を掴んだのだ。


「くっ、そ!」


 瀬戸海斗は右手を床に着き、身体をなんとか支えながら、余ったもう片方の足で自分の足首を掴む藍原の手を跳ね上げる。再び自由を取り戻したのも束の間、無理な体勢で身体を捻ったせいか、大きな隙が生まれ、それを見逃すほど藍原は呆けていたなかった。ボールを蹴る要領で瀬戸海斗の脇腹を足蹴にし、首尾の悪い声を上げながら三回、四回と転がる姿を藍原が見送る。


「改めて思う。お前は姑息で小賢しく、自分の弱さを自覚しているのに、自尊心が前に出て、自滅する」


 瀬戸海斗は陥没した脇腹を必死にまさぐり、歯を食いしばる。


「典型的な阿呆だ」

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