第36話 大規模侵攻、開始

 来たる大規模侵攻の日の朝。僕たちはそわそわしていた。


 王宮内の一室にいるのは、僕とフィーテとミカリス。そして、大規模侵攻の対策を任されているハイフェルトさんだ。

 彼とはここ数日でかなり打ち解けた――ように感じる。勇者たちのことを考えてくれる人だと思う。


「予定だと、そろそろ時間なんだよね」


「なによフィー。怖いの?」


「べ、別に! アタシだってこれまで死地を抜けてきたんだから!」


「そう。私は怖いわ。だって、まだ死にたくないもの」


 ミカリスはソファから立ち上がり、窓の外を見つめる。彼女の意外な返答に、僕たちは顔を見合わせた。


「それでも、私が戦うのは勇者だから。でも、フィーは特に、勇者ではない。――二人とも、命だけは大事にしてね。生きていれば、なんだって出来るんだから」


 これまでも――そして、今もなお勇者として自覚を持ってきたミカは強い。

 僕たちはその説得力に、ただ黙って頷くことしかできなかった。


「勇者様! 東門周辺にモンスターが出現しました!!」


 その時、一人の兵士が息を切らしながら部屋の扉を開け、大声で報告をした。


「……来たわね。私が行くわ」


 ミカは冷静に返答する。次の瞬間、彼女は窓を開けて外に向かって飛び降りた。


「ええっ!? ちょっと!!」


「何よシオ。風の勇者なんだから空を飛べて当然でしょ?」


 突然の出来事に腰を抜かしそうになっている僕に、ミカは窓の向こうから――空を飛んで返事をしてきた。


 聞いてないよ……普通の人間は空なんか飛べないし……。


「僕たちも行こう。僕は西門を、フィーテは南門を頼む!」


「わかった! お互い頑張ろうね!」


「お気をつけて。ご武運をお祈りします」


 空を飛べない僕たちは、ハイフェルトさんに見送られながら街へと向かう。


 僕たちに課せられたミッション。それは、魔王軍の侵攻を王都の外で食い止めること。

 王都は円形の壁で囲われており、東西南北にそれぞれ一つずつの門がある。


 ミカは東、僕は西、フィーテとその他の兵士たちは北と南を守る、という話になっている。

 街にモンスターを侵入させず、食い止めることが出来ればベスト。


 だけど……そんなにうまくいくだろうか?

 預言書に書かれていた大規模侵攻の話を聞く限り、事が全て想定通り進むとは思えない。


 杞憂であってくれればいいけど、一抹の不安はぬぐい切れない。

 とはいえ、大規模侵攻はもう始まっている。今は余計なことを考えず、ひとまず現状を確認しよう。


 ケルベロスとの戦いの怪我から復帰した僕は、カードを集め直した。


――


【戦闘系】

・スライム×10

・ゴブリン×10

・ゴールデンスライム×5

・ゾンビ×10

・キラーラビット×5

・ゴーレム×10

・リッチ×1


【非戦闘系】

・コボルト×2

・ロック鳥×5

・ポイズンスパイダー×5


――


 非戦闘系のカードは既に召喚し、フィーテに引き渡している。僕に残された手札はこれだけだ。

 カードの枚数は潤沢にある。よし、次は――、


「うわああああああああああああああああ!!」


 その刹那、進行方向から大勢の叫び声が上がった。


「なんだ!?」


「モンスターが、壁を破ったぞおおおおおおお!!」


 声を張り上げているのは、門の前に待機していた兵士たちだ。

 そして、彼らがいるその場所は土煙が上がっており――なんと、門がすっかり破壊されていた。


 さらに注目するべきは、兵士たちに取り囲まれている巨大なモンスターだ。

 それは、まるでサルだった。だけど、大きさが人間の比じゃない。ケルベロスよりも大きいから――3メートルはあるだろう。


 全身に岩石のような虫刺されがあり、サルは全身を掻きむしりながら大きく吠えた。


「なんだ、あのおぞましいモンスターは……?」


 いや、驚くべきはそこじゃない。あの頑強な壁が、もう破壊されてしまっただと!?


「モンスターが入ってくるぞ!」


「その前に、このサルを倒せ!」


 兵士たちはああだこうだと自分の考えを述べ、錯乱させられている。

 そして、サルは紐のような腕をしならせ、兵士たちを次々と吹き飛ばしていく。


「うわああああああああ!!」


 大の大人たちが、まるで人形のように扱われる。あまりにも衝撃的な光景だ。


「皆さん、下がってください!」


 僕はサルに向かって走り、背後から剣で切りつけた。

 猿は僕の一撃を背中で食らうと、地面を派手に転がった。


「ひ、光の勇者様!」


「すごい! あれだけデカいモンスターを転がしたぞ!」


「皆さんは街に入ろうとしているモンスターと戦ってください! こいつは僕が相手します!」


 僕の指示に従い、混乱していた兵士たちが同じ方向を向き始める。

 このサルのせいで、危うく状況が崩されるところだった。こいつはさしずめ、切り込み隊長というところだろう。


「あとは……僕がこいつを倒すだけだな!」


「キィィィィィィ!!」


 サルの威圧感を全身に浴びながら、僕はいきり立つ奴と向き合った。

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