第17話

 車内はとても冷たくて静かだった。こもちが俺の手の中で眠っている温もりがなかったら手が震えていたかもしれない。ハシボソさんの方を見ることができず、俺は必死に前方を見ている。

 決して空調のせいではない。ハシボソさんから滲み出る空気が重く、氷のように冷たいのだ。馳川さんのことを話して良いのか、まず言葉を発していいのかすらわからない。

 きっと、まだ馳川さんはハシボソさんが離れてはいけない状態なのだ。現に車のスピードは怖いくらいに出ているしブレーキも発進も急だ。あのハシボソさんの運転とは思えない荒々しさにただ黙って大人しくした。

「ぢゅっ!」

 不意にこもちが起きて鳴き声を上げた。シロのハムスターが鳴くなんて初めてのことだ。

「どうした? こもち」

 強く握りすぎたかと思ったが違うようだ。俺の手からすり抜け、ポケットに入れてるスマホを出そうとした。もちろんこもちに出せるはずがないので取ってやると、シロから電話がきた。

「もしもし?」

 雑音が多かった。電波の悪いところにいるのだろうか。それともまさかバイクで事故にあったのかもしれない。必死に呼びかけるも通話は切れてしまった。何も聞こえないまま、俺は真っ暗な画面のスマホを耳から離した。

「誰からですか?」

 今まで黙っていたハシボソさんに話しかけられて肩がはねたが、すぐにシロからだと伝えた。

「もしかしてバイクで事故にあったのかもしれないです」

「いやシロくんに限ってそれはありえないでしょう。おそらくネロくんの家で何かがあり連絡したかったのかもしれません。彼の召喚獣がさっきからカーナビの目的地を変更したがってますし……」

 言われて見るとこもちが必死にカーナビの画面操作をしようと前足をてしてし当てていた。だけど走行中は画面操作ができない仕様らしい。赤信号で止まったタイミングでハシボソさんはこもちを片手でつまみ上げ、俺の膝に乗せた。

「ホシさんに連絡してシロくんの応援をお願いしてください」

「わかりました」

 すぐにホシさんに連絡をとった。その間、ハシボソさんは車を路肩に停めて別の誰かに連絡をしているようだった。

 ホシさんは一先ず家には向かわずにハシボソさんと一緒にいろと俺に指示を出した。シロの応援にワタリさんとダケさんが向かうらしい。あの二人なら安心できる。俺はこもちを撫でて安堵のため息を吐いた。

「幹部が応援に行くから、きっと大丈夫だ」

 こもちはまた俺の手の中で丸くなった。きっとシロにも伝わったはずだ。

「ネロくん、どうですか」

「はい。ホシさんがワタリさんとダケさんを応援に向かわせてくれるそうです。家に向かわずにハシボソさんと一緒にいるように、と言われました」

「わかりました……すみませんが一度、馳川さんの様子を見に行ってもいいですか?」

 俺は二つ返事で答えた。先程の電話でなにかあったのだろうか。断れるはずがなかった。ハシボソさんは俺の返事を聞くとすぐに車を走らせた。

 相変わらず、その目は死んだ魚のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る