天藍飛花ー王は君子の華を希うー

蘆名碧亥

プロローグ

しん国使臣の饗応きょうおうだけど色を好むというから、うちの雅部・楽部の演奏と倡優しょうゆう*の九九大慶くくたいけい*の劇に加えて慶鳳けいほう楼にも歌舞を頼むことにしたよ。調整と当日の進行はいつも通り礼部れいぶ*、李部りぶ*、戸部こぶ*に頼もうと思うけどいいよね?」


 男は丞相じょうしょう煌葉こうようの報告を聞き終わるか終わらないかのタイミングで決裁印を押した。

「こら、燿冥!ちゃんと聞いてから押してくれよ!」


「聞いている。それにお前がこれでいけると思ってまとめてきたんだろう。既に根回し済みなのも分かっているぞ、夏煌葉」

 主君にして冷酷非道と名高い華瑛かえい国の王、えん耀冥ようめいの鋭い指摘に煌葉はうっと顔を引きらせた。


「慶鳳楼には国一の妓女が揃っているというから早目に押さえておきたかったんだ。中でもてん檀香だんかてん珀蓮はくれんは『月季花ユエジーファ*か芍薬シャオヤオか』って花にたとえて並び称される二大名妓らしい。珀蓮の方は滅多に店に出ないらしいけどね」

「蓮の癖に芍薬か」

 はっ、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らす主君を見て、煌葉はやれやれと首を横に振った。

「君の女嫌いもここまで行くとどうしようもないな。噂じゃ華南かなんの大商家、家の若様も、国の第三公子も彼女にいたくご執心だそうだよ。とんでもない美人の上に博識らしい」

「全く興味がないな。しかし、那国の公子が執心している女か。何かと使えるかもしれんな」

 耀冥が邪悪な笑みを浮かべたのに気付いて、煌葉は騒ぎを起こされては敵わないと慌てて話題を変える。

 

「そ、そんなことより君ねえ……っ!臣下に手を出したって?!いい加減にしてくれよ!大事な子女を入内させた貴族達から非難を浴びせられる僕の身にもなってくれ……!」

 煌葉こうようのお小言に対して、耀冥は心底面倒臭そうにその柳眉を跳ね上げる。

「知らん。誰も娘を後宮にあげろなどと頼んでいない、女を相手にして子が出来たら面倒だ。手を付ける気は無い。送り返せ。貴族どものくだらん与太話を聞いてやるのもお前の仕事のうちだろう。給金は足りている筈だぞ」

 夏煌葉は全く悪びれない主君の傍若無人ぶりに頭を抱えた。


 面長の細面にくすみ一つない玉の様な白肌、はらりと流れる絹の様に美しく艶めいた腰までかかる黒髪。

 眉目の間隔は狭く、くっきりと織り込まれた横に長い切長の幅狭の二重に、長い睫毛から覗く孔雀石マラカイトのように鮮やかな透き通る翠の瞳、彫刻の様に通った鼻梁、形のいい薄い唇。


 芸術品の様に美しい旧知の顔を不躾ぶしつけに眺めながら、煌葉は深々と溜息を吐いた。

「別に男色家って訳じゃないんだろう?なんだかんだで入内してくる度に妃候補の顔を見に行ってるし──まさか、まだ例の子を探してるのか?!確かに可愛かったけどさ、あれからもう二十年以上経つんだぞ?!」

やかましい。切り落とされたくなければその減らず口を閉じろ」

 旧知の主君はたぐい稀なる美形ではあったが、決して女性的なそれではなかった。

 彼の不機嫌な顔と対面した時こそまさに『蛇に睨まれた様』と表現すべきだと煌葉は常々思っている。おもむろに剣に手をかけた主君を見て煌葉は早々に白旗を揚げた。


「分かった、分かったよ。明日の剣技会だけはサボらないでくれよ」

「ふん、どうせ変わり映えしない面子だろう。つまらん」

「はあっ?!」とまた煌葉が耀冥に非難の声を浴びせた。

「君が!そう言って毎年サボるから今年から素人の参加を認めたんじゃないか!いいか?!絶対に城から出るなよ?!国民の中じゃ君は今『才能ある者なら身分関係なく登用してくれる革新的な王サマ』ってことになってるんだからな!」


 悲鳴に近い煌葉のお小言を背中に浴びながら、平時は気怠けだるげな王はこの時ばかりは軽やかに王城を後にした。




*礼部:主に朝廷の儀式や祭祀を担当する部署

*李部:人事担当

*戸部 :財務担当

*倡優:俳優

*九九大慶:慶寿の際に演じられる有名戯曲の総称

*月季花:薔薇

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