ずっと憑いていきます 第10章

 翌朝。



 「おなかすいた。」



 悠々自適ゆうゆうじてきな『スローライフ』を送っているみどりのお腹に、いつものように乗っかって、朝食をせがむ、あーちゃんこと篠原瑠璃しのはらるりである。


 「う~ん。」



 あーちゃんは、生後間もなく両親に捨てられ、施設に預けられた篠原瑠璃の、親のような存在にあたる人物に、子供として可愛がられたい、という残留思念で生み出された人間像なので、あーちゃんは、みどりの前にしか存在しえない。



 文字を知らない瑠璃が、施設で教わった最初のひらがな『あ』を、施設内で何度も何度も反芻して覚えた。



 これから、一生懸命勉強をして、自分一人で幸せになるんだ、という決意で、篠原瑠璃は、『あ』という文字を、覚えたのだった。



 母親が作った料理を知らなかった篠原瑠璃にとって、転生した狐として食べた、みどりがにぎったおにぎりと、渇ききった喉を潤してくれたお茶は、篠原瑠璃にとって、一生のちぎりとなったのだ。




 狐に転生した篠原瑠璃は、みどりから『救護きゅうご』を学んだ。


 その後、狐としての超能力を発揮して、みどりや、みどりの愛する人々を『救護』してきたのだ。




 「今起きるから。ふぁ~あ。ちょっと待っててね~。待てる?」



 「まてる。」




 篠原瑠璃が転生した狐は、みどりが、あーちゃんによって『救護』されていることが分かったから、銀太を殺害したことを告白した時以外はずっと、あーちゃんのパーソナリティをつらぬいた。



 あーちゃんは、みどりを『救護』するための思念がかたどった人間像でもある。

 みどりにしか、あーちゃんを見ることはできず、他人にはあーちゃんが見えない。



 他人には、あーちゃんはずっと、一匹の狐として映ってきたのだ。



 

 みどりが病気になっても、あーちゃんが完璧な『救護』をしてしまうので、みどりは全く病院通いをしなくて済んでいた。



 歳こそとっていったが、シワもシミも白髪も、老化に伴う病気であるので、あーちゃんはみどりを若々しくすることもできた。



 「あーちゃん、後でちょっと、奥歯を診てくれる?」



 「わかった。」



 あーちゃんは、歯医者さんにもなっていた。


◇◇◇


 「今朝は、昨日の残りのお豆腐と油揚げのお味噌汁と、温めなおしたホッケと、お外の家庭菜園で採れたミニトマトが入った野菜サラダと卵と海苔ね。」



 「おいしそう!いただきます。」


 あーちゃんは、胸の前で合掌して言った。




 「おいひい!」




 あーちゃんは、みどりに笑顔を向けた。



 「あらそう、良かったわ。どれどれ・・・うん、美味しいね!」




 「みどりが作ったごはんがいちばんおいしい。」




 「そう、良かったわ。」




 「これからも、みどりに、ずっと憑いていきます。」




 今日も、老婆と狐が向き合って、温かい食卓を囲んでいる。


 この二人に、終わりは来ない。


  

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