ずっと憑いていきます 第6章

 プルルルル・・・



 みどりとあーちゃんが夕飯を食べていると固定電話が鳴った。


 「もしもし。斉藤です。」


 「みどりさんですか?」


 聞き覚えがあるような、ないような声である。



 「すみません。どちらさまでしょうか?」


 「久しぶりでわかんないわよね。銀太ぎんたの姉の佳奈美かなみです。」


 「・・・あ、ああ、お姉さんですか。お久しぶりです。」


 十九年前に離婚した銀太とは、離婚後ほとんど連絡を取っていなかった。

 銀太は慰謝料の事も、れんの事も、何の連絡もよこさなかったからだ。

 ましてや、銀太のお姉さんとは、結婚式の時に一度対面しただけだ。

 別れた銀太のお姉さんから、今更何の連絡なのだろう。


 「あ、あの実はね、私も銀太とは離れて暮らしてきたから、銀太のこと、あまり詳しくはわからないんだけどね。・・・あ、今、少しお時間、大丈夫?」


 「・・・大丈夫です。」


 本当は温かいうちに、あーちゃんと夕飯を食べたいのだが、何か特別なことがあって連絡をくれたのかも知れない。


 冷めつつある豆腐の味噌汁のお椀を見つめながら、みどりは電話に対応していた。


 「銀太とは、しばらくの間、婚姻関係を続けてくれてありがとうございました。今から話すようなこと、元奥様には言えなかったから、ずっとこちらから連絡することは控えていたんです。連絡先は、銀太と住んでいたこの家の電話番号でいいのかな、と思って連絡してみたんだけど、・・・通じて助かったわ。」


 仕事で忙しかったこともあって、電話番号を変えていなかったことに、みどりは今更ながらに気づいた。


 それにしても、今、『助かった』っておっしゃった・・・。


 「助かった・・・とおっしゃいますと?」


 「本当に、お気を悪くされたらごめんなさいね。・・・銀太はあなたと離婚して以降も、ある女性とお付き合いを継続していたのよ。」


 「ああ、・・・実は、離婚する前に、教員研修会場の大学キャンパスで、髪の長い女性と仲良くしゃべっていたところは、写真に撮らせていただいたのですが。・・・その方でしょうか?」


 「そうかな、多分。教員研修会場になっていたのかどうかは知らないけど、その女性のアパートの近くには大学があるって言ってた、・・・そう、髪の長い女性だったわ、当時は。」


 「ああ、あの女性とは、離婚後も続いていたんですね。」



 「一度だけ、警察官立会いのもとで、その女性のお宅にお邪魔したことがあったわ。」


 「警察っ?」


 みどりは自分が『誘拐犯』にさせられる可能性がある、と思っていたので、警察と聞いてドキッとした。




 「実はね、みどりさん。銀太、ずっと、行方不明なのよ。」



 「・・・え?・・・行方不明・・・?銀太さんが?」


 「そう、もう何年も・・・十八年前くらいになるかしら。銀太がみどりさんとお別れして一年するかしないかぐらいの時に、おじいちゃんが亡くなったのよ。」


 「そうだったんですね。お爺様のご冥福めいふくをお祈り申し上げます。」


 「そう、それでね、銀太にも葬儀に参列して欲しかったし、その他にもいろいろとあったから、銀太の携帯に連絡したのよ。」


 「ええ。」


 「あの子、固定電話ひいてなくて。そしたら、出ないじゃない?何度かけても、何日も電話に出ないのよ。」


 「・・・。」


 「だから、おじいちゃんのお葬式が終わって、しばらくしてから、ちょっと遠いんだけど、銀太のアパートに直接行ったの。」


 「ええ。」


 「大家さんに事情を話したら、まず警察に行ってくれって言うじゃない?」


 「ええ。」


 「だから警察に行って、弟と連絡がつかないって相談したの。」


 「はい。」


 「そしたら、弟のアパートに来てくれるって、一緒に来てくれたの。」


 「良かったですね。すぐに対応してくださって。」


 「そうなのよ。大家さんのところに警察と一緒に行って、合鍵を借りてね。部屋の中に入ったの。」


 「ええ。」



 「そしたら、もぬけの殻。」



 「・・・銀太さんが、居なかったんですね。」



 「幸い携帯電話が部屋に転がってて、パスワードはかかってなかったのよ。」


 「ああ、結婚していた時も、パスワードはかけていなかったようでした。」



 「それで履歴を調べたら、ある女性の名前で登録された連絡先と、一番密に連絡を取っていたから、その女性も呼ぼう、ということになって。あ、ご存知かと思うけれど、『篠原瑠璃しのはらるり』さんっていうんだけど。」


 「篠原・・・瑠璃さん、ですか。」



 「それで、すぐに警察が携帯から篠原さんにかけてくれてね。そしたら、その電話で篠原さんと連絡がついてね。」


 「良かったですね。すぐに連絡がついて。」


 「そのままパトカーに乗って、篠原さんのアパートに行ったのよ。」


 「ええ。」


 「そこで、篠原さんとは初めて会ったんだけど。篠原さんも、銀太と急に連絡が取れなくなったんだって。篠原さんは、振られたんだ、と思ったらしいの。」


 「・・・男女の付き合いは、連絡が取れる間まで、ですものね。」



 「警察は『行方不明者』として捜索するから、一両日中にまた来てくれって、警察に。警察署内で銀太の行き先の手掛かりになるような情報などを事情聴取するから、と言われて。」


 「ええ。」


 「篠原さんと私は、日時を約束して、連絡先を交換してその日は別れたの。それで、篠原さんと私は、約束の日時に警察署まで出向いて事情聴取されたわ。」


 「・・・そうだったんですね・・・。」


 「警察は、携帯が部屋にあったことから、近所に買い物か何かで出掛けた際に、何者かに誘拐されたんじゃないかって。」


 「誘拐っ⁉」


 「まあ、万が一、誘拐だったとして、当時の銀太は三十四歳ぐらいじゃない?だれが三十四歳のおじさんを誘拐するんだ!って話にもなったんだけど。お金持ちでもあるまいし。」


 「そうですね。」


 みどりは、動機がよくわかりませんよね、と言おうとしたが、銀太には何の気持ちも残っていないがゆえの自分の冷静さを前面に出してはならない、と言葉を飲み込んだ。



 「それでね、長電話になってしまうけど、まだ続きがあるの。お時間、取ってもらっても大丈夫ですか?」


 「あ、はい。何だか、私も全く知らなかったから、少し混乱しています。こんなに大変なことになっていたと知ってびっくりしています。続きをお願いします。」



 「それで、この約十八年間、銀太の消息が何かわかったら、すぐに連絡を取り合いましょう、ということで、警察と、篠原さんには、数か月に一度は連絡を取り続けてきたのよ。」


 「ええ。」


 「警察は、相変わらず捜索は続けてくれているの。だけど、手掛かりすら何も出てこない、と言われて、進展がないのよ。篠原さんにも、度々状況を聞いてきたんだけど、フラッと篠原さん宅にやってくる、なんていうこともなく、あの時のまんま、時が止まったようだって。」


 「ええ。」



 「それで、先週ぐらいかな。篠原さんに連絡をしてみたのよ。」


 「ええ。」


 「そしたら、篠原さんも、電話に出ないじゃない!」


 「篠原さんとも、連絡がつかなくなってしまったんですか?」


 「そうなのよ!篠原さんと連絡がつかないから、警察の方に、銀太の消息について何かわかったことはないか連絡したわ。警察も、やっぱり何も出てこないって。」


 「そうなんですか。」



 「篠原さんと連絡がつかなくなって以来、連日、篠原さんに、連絡してたのよ。何度も何度も。それでも、篠原さん、出ないのよ。篠原さんは、連絡をすれば、大抵すぐに出てくれるし、何かあったのかしら、と思って、ちょっと遠いけど、篠原さんのアパートに行ってみたのよ。」


 「ええ。」


 「そしたら、篠原さんの部屋から、別の人が出てきて。篠原瑠璃さんのお知り合いですか?って聞いたら、そんな人、知らないって言うじゃない?つまり、篠原さん、アパートを引き払っていたのよ!」


 「えええ⁉」


 「そう、それで、みどりさんに連絡した、というわけ。その前に、うちの親戚全員には連絡しているけれど、やはり手掛かりはないから。もう、こうなったら最後のとりで、みどりさんしかいない、って思って、連絡させてもらったんです。」


 「・・・そうだったんですね・・・大変申し上げにくいですが、離婚してからは銀太さんからは何の連絡もありません。そんなことになっていたことも、全く存じませんでした。・・・お力になれなくて、申し訳ございません。」


 「・・・無理もないですよ。みどりさんが悪いわけではないですから、謝らないでください。・・・わかりました。私は今後も警察と連絡を取り続けます。念のため、私の連絡先を、みどりさんに伝えておいてもいいですか。」


 「もちろん。離婚した後とはいえ、緊急事態です。協力できることがあれば、出来る限り協力します。」


 みどりは、銀太の姉の佳奈美さんの連絡先を聞いて、電話を切った。



 「ふぅ~。・・・お味噌汁、すっかり冷めちゃったかな。まだ口をつけていないから、お鍋に戻しちゃってもいい?」


 「いーよ。」


 「あらっ、今夜もぜーんぶ残さずに、キレイに食べてくれたのね!」


 「みどりが作ったごはんがいちばんおいしい。ごちそうさまでした。」

 そう言って、あーちゃんは胸の前で合掌した。


 「どういたしまして。こんなにキレイに食べてくれて、本当に嬉しいわ!」


 みどりはニコニコしながら自分のお椀の冷めた味噌汁を鍋に戻すと、味噌汁を温めなおした。

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