第2話


 次の日、学校に行くと大地君に「ちょっといい?」と呼びとめられた。二時間目と三時間目の間、理科室への移動時間のことだった。


 移動教室の時は班行動。私と大地君は同じ班だった。同じ班の人たちに少し遅れて、なんなら少し距離をとって隣で歩く。誰かに変に思われたら嫌だと思う自分がいた。こんな目立たない普通の私が、大地君のことを好きだなんて誰かに知られたら、もう学校に来たくなくなってしまうかもしれない。だから、これは、私の誰にも知られてはいけない恋なのだ。


――それにしても、ちょっといい? ってなんだろう。昨日、逃げるように大地君を置いて帰っちゃったから、怒ってるのかな……?でも、大地君はそんな風に怒るような人じゃないって思うし。


 梅雨時のじめっとした空気が学校の渡り廊下に漂っている。あまり心地の良い呼吸ができていないのは、きっとその空気のせいもあるだろう。あの角を曲がればすぐに理科室が見えるけど、大地君は話を切り出さないようだった。


――もう理科室ついちゃうよ。ええい。


「あの、昨日は途中で帰ってごめんなさい」


 小さく私がそういうと、大地君は、足を止めて、私の方を向いた。渡り廊下にはもう誰もいなくて、私と大地君しかいなかった。もうすぐチャイムがなるかもしれないと、私の気持ちは落ち着きを失い始めている。


「「あのっ」」


 渡り廊下に私と大地君の声が重なった。


「ごめん、小宮さん」


「ううん、こちらこそ。もうチャイムなっちゃうよね」


「そうだね」


「急がないと、理科の駒田先生、怖いから」


「そうだけど……」


 大地君は何かを言いたそうにしている。


 私は嫌な予感がした。


「あの、やっぱり小説を書くのやめるから、もう、あのお願い忘れて」


 嫌な予感は的中した。なぜ良い予感よりも嫌な予感の方が的中するのだろうか。私は静かに分かったよと微笑んで、理科室まで駆け足で向かった。


 その次の週のことだった。担任の所先生が時期でもないのに班替えをしますと朝のホームルームでいった。


「まぁ、あれだ。修学旅行も終わったし、新しい班になるもの良いんじゃないか?」


 少し前なら最悪だと思えた班替えも、今は胸を撫で下ろす気分だった。もう大地君の隣で、失恋の痛みを抱えながら休み時間のたびに本を読まなくても良い。私は大地君と違う班になり、席も隣同士ではなくなった。


 仲の良いクラスメイトの話では、クラスでも目立つ存在の萌々寧ももねと仲が良かった雪奈ゆきなさんが、何かやらかしたらしい。同じ班だった二人の間に亀裂が入り、雪奈ゆきなさんが班の中で仲間外れにされていたらしかった。


 なぜ、人は人を仲間外れにするのだろう。自分だけの世界で、あの子とは合わないだけでは気が済まないのだろうか。私もそういう経験があるからわかるけど、地味だとか、ノリが悪いとか、そんななんでもない些細なことで、クラスの中から浮いてしまうのは、いったい誰が悪いのだろうか。自分に合わないことを合わせる方がいい生き方なんだろうか。


 だから私は休み時間に本を読む。

 本の世界は教室の中とは全く違う別の世界だからだ。


 友達がいないわけじゃない。

 

 ただ、無理をしてテンションを合わせたり、話題を合わせたり、そういうのが苦手なだけ。それはいけないことなのだろうか。


 後から聞いた話では、雪奈ゆきなさんが好きな人が、萌々寧ももねさんが狙っていた隣のクラスの男子だと知った萌々寧ももねさんが、どうも手を回して仲間外れに仕立て上げたとのことだった。


――同じ人を好きってだけで、なんでそんな意地悪ができるんだろう。


 萌々寧ももねさんは中学三年生になったばかりの頃、私の好きな大地君の彼女だった時期がある。私は大地君のことが好きだという気持ちは、誰にも言ってはいけないと、自分にまた、言い聞かせた。


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