歳三の戦い②


 南東から攻めるという作戦は、功を奏した。歳三たち率いる旧幕府軍は、新政府軍の兵を追い出して宇都宮城を抑えることに成功したのである。

 城内には武器、弾薬が運びこまれ、兵たちは意気揚々と入城した。歳三は二の丸の広場に彼らを集め、これまでの労をねぎらった。

「俺たちは、まだまだやれる。それが今日証明された。この宇都宮を拠点に、新政府軍を迎え撃つ!」

 事実、兵たちの表情には、今までと違うものが伺える。自信、喜び、達成感。

 露骨に口には出さなかったものの、多くの兵がここまでの負け戦で戦意を喪失していたのは明らかだった。昨日歳三が斬った者もそうだ。もう勝ち目はないのかもしれない、この戦いに意味はあるのか、そんな風に考えるようになっていても仕方のない状況だった。

 だが、この宇都宮城での戦いには勝った。戦というのは人数、武器の数も大事だが、何より「流れ」「戦意」が肝要であると、歳三はここまでの経験から痛感していた。

 この勝利を足掛かりに、形勢を逆転させたいところだ。そして、新政府軍の力が削がれた暁には、勇やさくらを助けに行くことができるかもしれない。

 ――待ってろよ。さくら、勝っちゃん。

 

 そして数日後。歳三が宛がわれた居室で身支度をしていたところに、市村が飛び込んできた。

「土方先生! 秋月さんが、至急やぐらに来て欲しいとのことです」

「何かあったのか」

「詳しいことはわかりませんが、敵方が、援軍を得て壬生城まで来ていると……!」

「なんだと」

 壬生城というのは、宇都宮城から四里ほどの場所にある。そこに、新政府軍の兵が続々と集まっているというのだ。歳三は言われた通り物見櫓に向かった。そこにいたのは、歳三の上官にあたる、秋月登之助あきづきのぼりのすけという伝習隊の隊長だった。

「土方殿。あれを」

 秋月に示されて、歳三は窓から外を見た。遠目にも、尋常でない数の黒い人影がうごめいているのがわかった。

「こんなに早く援軍を呼びやがるとは」

 歳三はぎりりと歯噛みした。「流れ」はこちらに向ききらなかった。せっかく上がった兵の士気が、今度こそぽきりと折れてしまうのではないか。そうなれば、総崩れになってしまう危険性もある。

「秋月さん。とにかく動けるやつを全員集めよう。敵が置いていった大砲もある。うまく使えば、活路が開ける」

「そうですな。我々が弱気になってはいけない」


 翌日、旧幕府軍と新政府軍は、宇都宮城の西を通る栃木街道・安塚で激突した。

 新政府軍の兵は、倒しても、倒しても、湧き出るように援軍がやってくる。もはや、旧幕府軍に勝ち目はなかった。だが、頭でわかっていても、決してそれを味方の兵に悟られるわけにはいかない。

 最後に逆転の可能性があるとすれば、それは各々の兵の士気にかかっている。歳三の役目は、それを引き出すことだ。

「この前の戦いを思い出せ! 新政府軍あんなやつらにここを渡してなるものか!」

 その時だった。ヒュンッという音と共に歳三は爪先に違和感、そして鈍い痛みを感じた。痛みはだんだん強くなってくる。歳三はなんとか平静を装って乗っている馬にしがみついていた。

「くそっ……」

「土方さん!!」

 島田が血相を変えて駆けつけてきた。

「俺のことは大丈夫だ」

「しかし、怪我をしているのでは!? 早く手当てをしないと!」

 島田にごまかしが利かないほどに、自分は痛がっているような顔をしているのか。歳三は己の不甲斐なさを呪いながらも、物陰に移動し他の負傷兵と共に手当を受けた。履物ブーツを脱いで状況を見てみると、右足の人差し指が皮一枚だけで繋がっているような有様だった。

「あとはお任せください。土方さんには、しっかり治してもらわないと困りますから」

 島田に促され、歳三は戦線の離脱を余儀なくされた。


 結局、占拠した宇都宮城は、わずか四日で再び敵の手に落ちてしまった。旧幕府軍は宇都宮城を放棄し、日光、そして会津や越後へと敗走した。歳三も会津に入り、湯治をしながら傷の回復を待つことになった。

 宇都宮城の戦いにおける敵方の大将が、勇とさくらの斬首刑を決めた香川敬三であること、そして二人がどうなったのかということを歳三が知るのは、ちょうどその頃のことであった。

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