(柚季視点)デートと言うには

 年末。

 調が出演するコンサートに誘われた。


 今までほとんど、調からの誘いは断ってしまっていた。

 正直クラシック音楽のことはよく分からなくて、そんな人間が行くのは悪いと思ってたから。


 でも、最近は調のことが何だかやたら気になるし、たまには顔を出してみようと、私は行き慣れないコンサートホールまで足を伸ばしたんだ。


 ……行かなければよかった。


 舞台上で楽器を演奏する調は、キラキラ輝いていて。

 

 私といるときなんかよりずっと、楽しそうに見えた。


 それだけならいいのだけれど。


 調と同じ舞台上にいる、月島さん。

 同性の私から見てもすごい美少女だし、それとなく聞いてみると、性格もとてもいいみたいで、悪い噂なんてほとんど聞かなかった。


 そんな彼女が、調と同じ空間で楽器を弾いていて。


 調と月島さん、同じ表情かおをしてたんだ。


 私は、あそこには、絶対入り込めない……。


 せめて来たことだけでも伝えようと、終了後に調を出待ちしたけれど、私の内心は暗い気持ちで満ちていた。調と話すときだけは何とか明るく振舞ったけれど、結局少し話しただけで、逃げ帰ってきてしまった。


 そして、クリスマスが近づく。


 健人君は相変わらず、私との付き合いを続ける一方で、他の女の子ともやり取りを継続していた。


 ダメだ、私。

 こんな不毛な付き合いを、ダラダラ続けていちゃいけない。


 一念発起して、私は健人君を呼び出す。クリスマスの三日前くらいだったかな。


「おう、柚季。どうしたんだ、話って」

「健人君。

 はっきり言うね。私たち、もう、終わりにした方がいいと思う」

「え、何だよ急に?もしかしてジョーク?

 珍しいねー、柚季がそんな冗談言ってくるなんて」

「冗談じゃないよ、本気。

 健人君、私よりも、他の女の子といる方が楽しそうだし。

 告白してくれて、最初は私も嬉しかったけど……今はもう、健人君と一緒にいても、辛いだけになってきてるんだ」

「……そうか。悪い、俺も考えなしだった。

 柚季は、そういうの寛容な女だと思ってたんだけど」

「私にも限度ってものがあるよ。今日限りで、私と別れてほしい」

「クリスマスはどうすんの?」

「私は家族とかな。健人君は、他の子と楽しく過ごしなよ。フリーになったら、堂々と色んな子に声をかけられるでしょ」

「……それもそうか。分かった。俺たち、ここで別れよ。学校で変な噂流したりすんなよ」

「……しないよ!!」


 健人君は、話はお終いとばかりに去っていく。


「うう……」


 私の方はというと、自分がフったはずなのに、酷く惨めな気分だった。


 あまりにも軽い別れ。

 健人君への愛情は、正直ほとんどなくなっている。

 それでも、彼の中での私の重さみたいなものも、やっぱり全然なかったという事実に打ちのめされていた。


「調……会いたいよ」


 そう思ってしまう私は、卑怯な女なのだろうか。


--------------


 さすがにクリスマスをいきなり誘うことはできなかったけれど、行動しなければ、本当に手遅れになる――いや、もう手遅れなのかもしれないけど。


 そうとは信じたくなくて、年が明けてすぐ、私は調を初詣に誘った。


 ちょっと遠出になる有名神社と迷ったけれど、行先は結局、二人の地元にした。


 振り袖姿……とまではいかなくとも、精いっぱいのおめかしをして。

 一月二日、午前九時。調が私の家まで迎えに来てくれる。

 それだけで嬉しくなる自分が、少し哀しくもあった。


「迎えに来てくれて、ありがと」

「うん、久しぶりだね、こっちに来るのも。何だか懐かしいや。行こうか」

「うん」


 今日の格好に対してのコメントは、なかった……。


「本番の後は、どうしてたの?」

「んーと、一週間後に打ち上げがあってからは、特に何も」

「そうなんだ。クリスマスは?」

「家族とだよ、彼女とかいないし」

「……そうなんだ」


 調と月島さんがまだ付き合ってないことを知り、私は内心ガッツポーズを取る。


「月島さんとは一緒じゃなかったの?」

「美音、ご両親が海外にいたりして、家族が揃うのが年末年始くらいなんだって。せっかくの家族団欒を邪魔しちゃ悪いから、特に会ったりはしてないよ」

「へえ、そうなんだ」

「あ、でも、年が明けたらまた、一緒に楽器を弾く約束をしてる」

「……へえ、そうなんだ……」


 同じセリフなのに、明らかにテンションが違ってしまった……。


「柚季の方こそ、どうしてたの?クリスマスは中村君と?

 あ、って言うか今日、僕なんかと来て大丈夫だった?あ、中村君とは昨日初詣行ったとか?」

「……健人君とは、別れたよ」

「えっ!?」


 調の声が大きくなる。


「何か、付き合ってみたら、お互い合わないところが多くて」

「……そうなんだ。知っての通り僕は恋愛経験ゼロだから、いいアドバイスとかはできないけど……大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!

 だからさ、今日は気分転換も兼ねて、調を誘ったの!」

「そういうことなら、何なりとご命令くださいませ、お嬢様」

「あはは、何それ、執事?」


 あー、楽しい。何気ない会話だけで、気持ちがこんなに晴れやかになる。


 三十分ほど歩くと、神社に辿り着く。既に参拝客の姿が見受けられた。

 とは言え地元のそれほど大きくないところだから、ほどほどに、だけどね。


 出店も少し出ている。


「あ、たい焼き食べたいなー」

「いいね。後で買おうか。まずはお参りに行こう」

「うんっ!」


 お参りして、おみくじを買い、二人で結果を見せ合って。

 たい焼きを買って、あんことカスタードを二人で半分こして。


 そして何事もなく、帰宅することになる。


 私は、こんなに楽しいのに。

 調の方も、そりゃ楽しんでいるだろうけど。


 彼の瞳の中にいるのは、一人の女の子でなく、ただの幼馴染だった。


 それが痛い程分かってしまって、いつの間にか頬を涙が伝うのを感じる。


 どうして。

 どうして私には、そんな顔しかしてくれないの。

 どうして、あの子に向ける笑顔を私に向けてくれないの。

 

 どうして、あの頃に戻れないの。


「……好き」


 気づけばその言葉は、私の意思を離れて唇から漏れ出ていた。

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