(柚季視点)変化は時に不可逆

 ……ホント、サイテー。

 まさか健人君がこんなにひどい人だなんて、付き合う前は思ってもいなかった。


 どうしようもなく滅入る気分のまま、窓の外を眺める。

 東京の町はどこも人がいっぱいだけど、放課後のこの時間帯は、中でも学生が多くの割合を占める。みんな、楽しそう。


「……あれ、調?」


 信号待ちで止まった学生服。窓越しの目の前にいる少年は、私の幼馴染だった。

 向こうがこちらに気付いている様子はない……私は思わずバーガーショップを跡にした。


「何でこんなところに?」


 ここは健人君の地元で、高校からも、私たちの地元からも、比較的距離がある。調のことを全部知っているって訳ではないから、誰か知り合いがいるのかもしれないけど、最近のこともあって、何故だか私は彼の後を追い始めていた。


 調の足は駅や繁華街から遠ざかり、だんだんと住宅街へと入りつつある。


「……ばれないようにしなきゃ」


 人込みに紛れるのも難しくなり、私は路地の角や電信柱の裏に隠れながら、調の動向を追っている。傍から見たら怪しい人だろうけど、ここまで来たらやぶれかぶれだ。


「……マンション?」


 調が入っていったのは、ごく普通のマンションだ。友達のところに遊びにでも来たのだろうか。まさか、月島さん?

 調はインターホンを押したけど、相手が不在のようだ。続けて何度かインターホンを押すも、反応はなさそう。オートロックがかかっているから、勝手に入ることはできないし。

 私は調からは死角になる位置で様子を伺っている。とは言え住人に見られると怪しまれそうだし、さも関係ないという体で、壁にもたれかかって携帯をいじっている振り。

 今すぐ出て行きたい衝動に駆られるけれど、さすがにそれはできない。


 あ、向こうから人が歩いてきた。何だかもさっとした人だ……私は気付かれないよう、さらに身を縮こまらせた。


「あ、綾辻さん」


 え、あの人、調の知り合いなの?


「おー、メロ君。八代マネージャーに呼ばれたの?」

「ええ。でも、いないみたいで」

「ちょうど煙草が切れたみたいで、買いに出てったよ」

「そうなんですね」

「うん、でもすぐ戻ると思う。にしても、Season EndもRayも、好評でよかったよね。さすが稀代のボカロP」

「いやいや、今回は歌い手がいいから、張り切っちゃいましたよ」

「またまた。ってかこんなとこで立ち話も何だし、入ろうか」

「そうですね」


 もさっとした人はオートロックを開け、調と一緒にマンションへと消えていく。

 でも、そんなことより。


「……そうだったんだ」


 あの人は確かに、調のことを『メロ』って呼んでたし、ファンナイの新曲二曲の話をしていた。ここ、ファンナイに関係あるマンションなんだ!


 私は、不思議な混乱を胸に抱えたまま、駅へと戻っていった。


 帰宅後、私はすぐに自分の部屋まで入ると、ベッドに倒れ込む。


 メロ様の正体は、調――。


 もはや確信へと変わったその事実が、私と調との日々を思い出させる。


 調と知り合ったのは小学校一年生のとき。活動の班分けがたまたま一緒になったのがきっかけだった。

 クラスの男子に比べて調は割と落ち着いていた方で、何だか大人びて見えたのよね。

 私は勉強が苦手で、周りの子もそんな感じだったから、宿題とか、よく教えてもらってたっけ。調はすごく頭がいいというわけじゃないけど、真面目だからコツコツ勉強して、宿題も真っ先に終わらせてた。


 家が近いこともあって、私と調は一緒に登下校することも多くなった。その時は恋愛など知らない年頃で、単なる気の合う友達ができて、ただただ楽しかったなあ。


 偶然だけど、クラスもほとんど一緒で。

 小四で一度だけクラスが離れたときは、私の方が泣きそうだった……。


 そんな関係が変わり始めたのは、小六のときくらいだろうか。


 男子も女子も、一部の子は恋愛に興味が出てきて。今思えばそれも可愛いものだったけど。

 「◯◯君が好き」「〜〜君カッコいい」なんて話は、女子の定番だった。

 私も、クラスで人気の男子が気になり出す。同時に、彼らと比べたら調のことは、ますます恋愛対象にはならなくなっていた。


 そして中学校に入学。

 私も調も友達が増え、自然とグループも別々になって。

 会えば話すけれど、二人で遊んだりというようなことは、ほとんどなくなっていった。


「……私、バカだ」


 メロ様は数年前から活動しているから、多分、調は中学で音楽に没頭したのだろう。

 その頃から、私も何度、彼の楽曲に励まされたことか。


 いや、それだけじゃない。

 小学校の頃。お気に入りのキーホルダーをなくしちゃったときは、自分のことのように必死で探してくれて。

 友達と喧嘩して泣いていた時は、何も言わずにそこに立っていてくれて。


 考えれば考える程、調がどれだけ優しくて、私のことを想ってくれていたかが身に染みる。


 謝ろう。

 そして、もう一度。

 友達としてでいいから、仲良くしてほしい。


 そう、調に伝えるんだ。


 私は決意して、明日を待った。


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 翌日、放課後。

 私は調を、屋上に呼び出した。

 もうすぐで十二月に差しかかるこの時期は、日に日に寒さが増していて、特に今日なんて少し風が強い。だべるには少し辛い気候だけれど、その分、生徒の数も少なめ。話をするには、悪くない感じ。


「……わざわざごめんね?」

「いいよ。でも、珍しいね」

「な、何が?」

「いや、こんな風に柚季から声をかけること、しばらくなかったから、さ」

「う、うん」

「ところで、何の用だったの?」

「え、ええと。実は、あれから改めて考えたんだけど……」


 ……どうしよう、次の言葉が出ない。


 調と前の関係に戻りたい。ごめんなさい。


 それだけのことなのに、そして目の前にいるのは憧れのメロ様なのに。

 自分にそんなことを言う資格があるのだろうか――そんな気持ちを拭えない自分がいた。


「……改めて?」


 痺れを切らしたのか、調が先を促す。


「……調はさ。私のこと、今はどう思ってるの?」


 あれ?

 私、何でこんなこと聞いているんだろう……。


「や、ごめん、今のなし!」

「あ、う、うん……」


 そんなこと言われても、調の方も困ってしまうだろう。


「最近私たち、何かギクシャクしてたからさ。できれば前みたいに、気軽に話せる感じに戻れたらなー、って」

「ああ、そんなことか」


 ホッとしたような表情を見せる調。


「こちらこそ、そうしてくれると嬉しいよ。むしろ僕こそごめん、前は変なこと言って。柚季と中村君が付き合ってるなんて、全然知らなかったから。うん、これからまた、友達に戻ろう」


 友達――。

 その言葉は、またしても私の心を突き刺す。


「そういえば、月島さんと、最近仲いいみたいだね」

「ああ、うん、そうなんだ。一緒にカルテットしててね。

 同年代の音楽仲間は初めてだから、すごく楽しいよ!!」


 ……ああ、分かってしまった。

 この顔、この表情は、以前までは私に向いていたものだ。

 それが今、別の女の子の話をしているときに、彼はその顔をしていて。


「……よかったね」


 私はそう言うのが精一杯だった。


「うん。柚季こそ、中村君と、幸せにね」


 無邪気な顔でそう告げる調。

 その言葉が今、私に痛いほど刺さるということを、彼は知らない。


「あ、もうこんな時間。次、移動教室だったよね?」

「急がなきゃ」

「あ、うん。私、お手洗いによってから行くから、先に行ってて?」

「うん、わかった。それじゃ、またね」


 私は階段へ向かう調の背中を見つめる。

 知らないうちに、涙が零れていた。


 ああ、私。調のこと、本当は好きだったんだ……。


 今更気付いたけど、もう遅い。

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