第15話 超常連

3週間後。


「……んっ」


カーテンの隙間から差し込むさわやな朝日で目を覚ました太陽は、ゆっくりと身体を起こすと爆音も悲鳴も聞こえない静かな朝に深呼吸をする。


窓を少し開けてみれば、そよ風が白い頬を撫でると同時に澄み渡る青空をバックに雀が鳴き声を上げながら飛んでいくのが見えた。


彼女は思わず微笑む。


「いい天気。かなり慣れてきたわね。この時代にも、この部屋にも」


徐に室内を見渡す。

4畳程度と狭いものの、小綺麗な布団と小さな棚だけが置かれたシンプルな配置と白を基調した内装が清潔感を醸し出しており、同じ広さである100年後の自室と比べて雲泥の差を彼女は感じていた。


「……」


着替えた彼女は、ポーチから取り出したサバイバルナイフの刃先を砥石で丁寧に研ぐと、舐め回すようにじっくりと面裏を確認してスリーブへと仕舞う。


約4か月暮らしている平和な現代にだいぶ慣れた彼女ではあったが、100年後同様毎日武器や道具の整備を欠かさない。それはもはや長年の戦闘経験が生んだ癖であった。


例え未来の敵が来なくなったとしても、またこの間のように誰かを助けられるかもしれない。


以前と違い、彼女は自分の力が現代で役に立つ意義も感じ始めていた。


全てのチェックを終えた太陽はポーチを携帯すると、ふと壁に掛かったカレンダーへ目を移す。


「……土曜日。手伝いの日だわ」


未来へ戻るまでの間東野からビルの一室を借りて住み込んでいる太陽は、引き換えに週末だけ彼の店〈CAFE HIGASHINO〉を手伝うことになっていた。


いつもの様にカフェへと降りると入り口の標識をOPENへ変えて開店準備に入る。


「ッ!?」


しかしドアノブに手を掛けて彼女はすぐ違和感に気づいた。


「開いてる」


不審に思いながらゆっくりと扉を開けると、

室内は既に惑星のライトで輝いているが東野の姿はない。

代わりにカウンターには頬杖をついた見知らぬ女性が腰掛けていた。


「……」


切り揃えられた金髪の彼女は、週末の朝にも関わらず黒ジャケットに黒のタイトスカートとカッチリとした出立ちであり、ウイスキーをロックで飲みながらカラカラとグラスを回す。


「あーお酒代ならここに置いてあるよー」


女は既に太陽の存在に気づいているようで、ヒラヒラと1000円札を振り回して見せつけると、端正な顔立ちがチラリと振り向く。


「おはようサニーちゃん」

「ッ!あなたどうして私の名を」


目を見開く太陽に対し、女は黙ってニヤニヤと口元を歪ませる。猫の様な目が更に吊り上がって狐のような様相だ。


「……敵」


ポツリと呟いた太陽はポーチから即座にナイフを取り出すと女へ投げつけた。


しかし女は予測していたかのように顔をずらして避けると、グラスを置いて立ち上がる。


只者ではないと確信した太陽は彼女が未来の敵と思いスッと懐へ入り込み得意の飛び蹴りを喰らわすが、女は両腕でガードすると軸足へ向けて素早く下蹴りを繰り出す。


「なっ、やばっ」


太陽も寸前で軸足をずらしてかわす。

女は反撃を回避すべくバク転して距離を取った。


「……噂通りいい蹴り。この間お台場でも大活躍だったみたいね」

「あなたいったい何者?まさかオレンジ社の」



形相を変えた太陽はホルスターからブラスターガンを抜いた。


「おいやめろって2人とも!!」


今にも引き金を引きそうになったその瞬間。血相を変えて間に入った東野が太陽と女を止めた。


「幸太郎さん」

「太陽ちゃん、俺の店を手伝ってもらうとは言ったが廃墟にする許可は出してないぞ。あと壁に刺さったナイフは抜いとけよ。圭華もどうせ面白がってからかったんだろ?」

「ごめんねラッキー。ついね〜」

「圭華……?」


何となく聞き覚えのある名前にまぶたをぴくつかせる太陽は、湧き上がる苛立ちに東野を睨む。


「……幸太郎さん。いったいどういうことなの?この女勝手に店に入って酒飲んでる上に私との戦いを楽しんでた」


東野はハット帽を脱ぐと、気まずそうに頬を掻いて口を開く。


「こいつは伊坂圭華。俺の2個下でこの店の超常連だ。最近は多忙でこれなかったが、三日月より前から俺を知ってる。店に勝手に入るのは前からの癖なんだよ」

「サニーちゃんもごめんね。私、実は前からあなたの事ラッキーから聞いてて、ちょっと手合わせしてみたかったの。許してね」

「そのラッキーとかサニーちゃんっていうのは何なの」

「あんま気にするな。その、こいつの癖みたいなもんだ。三日月も同じ感じで呼んでる」


手をひらひらさせる圭華に対し、ペースを乱された太陽は肩で嘆息する。


「それで、どうしてあんなに動けるの?」

「それは……」


東野が答え掛けた時、カランと扉が開く音が空気を揺らした。


「おはよう〜」

「ムーンくん!」

「あれ、圭華さん?お久しぶりです」


眠気まなこを擦りながら入店してきた三日月に興奮した圭華が声を上げて手を振る。


「よぉ三日月。そのクマ、もしかして徹夜だったのか?」

「東野さん。うん、小説仕上げててね。お陰でこの間指摘貰った技術設定も校正したし順調。後で真夏さんに文書の最終チェックしてもらったら出せるよ」

「ついにか!完成したら俺にも読ませてくれよ」

「もちろん。それより圭華さん凄く久しぶりな気がするけど。ていうか太陽、なんでそんなに怒った顔してるの」


三日月がボサボサの茶髪を掻いて首を傾げると、東野はポンと両手を叩いた。


「三日月も揃ったしとりあえず説明しよう。太陽ちゃん、コーヒー淹れてくれるか?」

「このタイミングでよく私に頼めるわね」


沸々と燃えたぎる視線を向ける彼女に、東野は諦めた様に頭を振る。


「……だよな。うん、俺が特製の淹れます」



5分後。

圭華や三日月と共にカウンター席についた太陽は、東野特製にグアテマラコーヒーを啜りながら心を落ち着かせていた。


「で説明って?」


三日月の切り出しに東野は頷く。


「太陽ちゃんに三日月。お前らはついに〈レーソニウム〉……いやいったんその呼び方はよそう。新鉱物の場所を突き止め、いよいよ三日月の小説も完成する。途中まで読んだが間違いなくヒットは狙えそうだ」

「ちょ東野さんッ!」


唐突に圭華の前で未来の話を始める彼に慌てふためく三日月。東野は人差し指を口元に持っていく。


「まあ聞け。まだ始めたばかりだが〈オレンジウォッチ〉を利用した探知機開発も着手できてる。最終的には三日月の手助けが必要になるがな。だが国外への調査には色々根回しが必要でな。もちろん三日月が小説をヒットさせることによる知名度向上や資金調達によって科学者として動きやすくするのは当然なんだが、他にも早めに進めておくべきことが山ほどある。そこでこいつだ」

「やっほー」


指を刺されヘラヘラと手を振る圭華。

掴みどころのない彼女に太陽はただ黙って目を細める。


「なんで圭華さん?たしかにこのカフェの一番の常連で東野さんとは僕より仲がいいけど」

「だから落ち着け三日月。そこからなんだが……太陽ちゃん」


私?という風に自分を指差す太陽に東野はうんうんと何度か頷く。


「こいつからお前に1つプレゼントがあるんだよ。ほれ」


圭華はウインクすると、鞄から小さな赤い手帳を取り出してカウンターテーブル越しに滑らせる。


太陽は手帳を受け取って開くと、プリントされた自分の写真とは反して見慣れない名前に眉を顰める。


「……なに、田中綾って」


圭華が指をパチンと鳴らすと、東野は片角を吊り上げて続ける。


「偽造パスポートだ。未来からきたお前には身分証がないが、こいつがあれば新鉱物調査のために国外へ渡れる。居そうな名前だろ?圭華に作ってもらった」


太陽は偽造パスポートをペラペラめくると、ジト目で圭華を射抜く。


「……あなた本当に何者なの?」

「私はとある諜報員。色々政府機関ともコネクションを持ってて情報収集や秘密工作は得意分野なの。この間まで国外にいたからしばらくこの店にこれなかったんだけど、3ヶ月前にラッキーからサニーちゃんの話を聞いてね。すぐ戻って色々調べてた感じ。あなたのもつそのブラスターガン、アメリカ軍が開発中のレールガンを超小型化して更に強化したみたい。凄い技術だね」

「やり手なのは間違いなさそうね。でも戦闘能力が高いのもその仕事に関連して?」

「ま、危険がつきものだからね!」

「凄い。圭華さんまるでボンドガールみたいだ」


人差し指の上でコースターをくるくると回しながらしたり顔で答える圭華に対し、三日月は口をあんぐりさせる。



「でも圭華さん。そんなあなたがどうして幸太郎さんと仲がいいの?」

「確かに。僕も2人の出会いは聞いたことなかったな」


訝しげな太陽と三日月に、圭華はニヤニヤと東野を見つめて口を動かす。当の東野は珍しく恥ずかしそうだ。


「ラッキーとは、偶然都内のバーで相席になったの」

「俺が未来から来たばかりの頃だ。圭華、その話はいい」

「いいじゃん照れちゃって。それでね、この長髪に髭は今とそのまま。目立つでしょ?その上ウイスキーを何杯も何杯もおかわりするものだから随分酒豪が隣にいるなーって興味もって私から話しかけてみたの。そしたら彼ベロベロで、オレンジ社がどうだの科学の発展は悪だーだの訳のわからないことをうわ後で言ってた」

「絶対にやばい奴ね」

「私もそう思ってすぐ離れたよ。で、その後1人でちびちび飲んでたら急に2人の悪漢に絡まれたのね。まぁよく強引なナンパ的なやつ。どうせ何かあったら倒せるし別にいいかって軽くいなしてたんだけど思ったよりしつこくてさ、1人が私の太ももに無理矢理指を這わせながら口にキスしてきたの」

「流石にムカついてきたからそろそろ蹴り飛ばしてやろうかなって考えてたら、さっきまでベロベロだったラッキーがそいつの頭を思い切りぶん殴ってくれたの。その美女から離れろクソ野郎共って啖呵切ってね」

「おおかっこいい」

「へえやるじゃない。美女ってつけちゃうところが幸太郎さんぽいけど」


感心する三日月と太陽に東野は誤魔化すように咳払いをする。


「でも勢いは最初の1撃だけ。すぐ2人にやり返されてたから私が助けに入ってボコボコにして追い返したわ」

「あぁかっこわるい」

「でも、心意気は素晴らしいわね」


太陽の言葉に圭華は大きく頷く。


「そう。喧嘩は強くないけど心意気に惹かれたのよ。で、飲み直そうってなって別の店に移動して面白そうだから改めて色々話を聞いてみたの。そうしたら今度は真剣な顔で自分は100年以上未来から来た、とか科学の知識とか話してくれて」

「で、あなたそれ信じたの?」


太陽の言葉に圭華はすぐ頷く。


「なんていうか、ラッキーの独特な雰囲気とどこか現実的のある生々しい話に聞き入っちゃってね。彼が勤めていたオレンジ社の悪事とか諸々。この人も私が只者じゃないから信用しれくれたみたいで、実際に〈オレンジウォッチ〉とかも見せてくれて確信したの。彼は未来人なんだって。だから私も諜報員であることを明かして、それからは現代に来たばかりの彼をサポートしてきたってワケ」

「……どうりでこの人が車もビルも持てたわけね」


太陽は、出会った時から東野の不可解だった部分に合点がいって納得する。


「でも圭華さん。〈オレンジウォッチ〉の情報とかは」

「大丈夫よムーンくん。当然内密にしてる。あんな酷い未来の話聞いちゃったら、〈オレンジウォッチ〉が他の政府機関だかに目をつけられたらそれこそ破滅が待ってそうだし。本当はラッキーもどこかで壊すつもりだったみたいだけど、そこへきてサニーちゃんが現代に現れて未来を変えるキーパーソンが同じ常連のムーンくんだと知ったから。私も本気にならざるを得ないよ」


ね。と話を振る圭華に、東野はタバコに火をつけて頷く。



「話を戻すぞ。つまり、この圭華が俺たちの強力な助っ人として裏側から全力でサポートしてくれることになった。根回しは基本こいつに任せてくれていい」

「いぇい!戦いも任せてくれていいよ」

「なんだか頼もしいわね」


初めは疑念でいっぱいだった太陽も認めざるを得なくなっていた。


「ところでムーンくん。小説そろそろ完成しそうなんでしょ?見せてよー」

「いや、これから文書チェックしてもらうからそれからで」

「えーいいじゃんありのままの文書見せてよ」

「ダメだって圭華さん」


いそいそと原稿をバッグへ仕舞う三日月に、

少し酔っ払ってきたのか圭華は彼の頭をごしごしして抱き寄せる。


「ちょっと三日月に何てことしてるの」

「なんかムーンくんて猫みたいで可愛いじゃん。からかいたくなっちゃうんだよねー」

「とにかく離れなさいよ」


太陽は三日月の手を引いて引き剥がそうとした矢先、またカランコロンと扉が開いた。


「お待たせ三日月くん!……って」


一層艶やかなポニーテールを揺らして意気揚々と現れた真夏は、目の前で三日月を囲うようにホールドする圭華と太陽を見て固まる


「え、またなんか新しい女の人増えてる……」

「あいや真夏ちゃんこいつは超常連の圭華でな。とりあえずコーヒーでいいか?」


宥める東野に対し、真夏は圭華のもつグラスを見ると鼻息を荒げながら頭を振る。


「いえ東野さん。私もウイスキーロックで!はいお金」

「毎度あり。朝から女3人が暴れるのは勘弁だぞ……」


そう呟きながらも、勢いに押された彼はいそいそとオーダードリンクを作り出すのだった。


その後、落ち着いた真夏によって3時間以上に渡る入念な文書チェックが終わりを迎える。


東野や太陽たちにも文句なしで面白いと評された三日月の小説は無事完成を迎え、東野の提案通りとある出版社に持ち込まれた小説はコンテストに掛けられることとなった。


そして、提出から3ヶ月後の2023年初頭。


三日月が相変わらずライターマッチングアプリの営業を進めている間、彼のスマホが大賞を知らせる着信を鳴らすのだった。

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