第20話 変遷

三日月による新鉱物の発見後。

市長トーマスを筆頭にネルトリンゲン側との2日掛かりの交渉の末、オレンジ社側は埋蔵された全量を採掘する権利が認められた。


条件として先方が提示したのは、新鉱物を使用して開発したインフラ技術を優先的にネルトリンゲン側に提供することを約束するというもの。


最終的には三日月の知名度や科学者としての信頼度、彼の新鉱物に対する知識が決め手となり、研究開発するため埋蔵された数万トン全量を街を封鎖した残りの4日間で採掘。


採掘後は高杉が手配した自衛隊機などで秘密裏に日本へ輸送され、程なくして三日月も高杉と共に帰国した。



3ヶ月後。

新鉱物の研究を進め科学技術を更に発展させるべく、政府との共同出資によって巨大研究シティ

〈オレンジシティ〉が新たなオレンジ社の社屋として整備された。

場所は富士山麓にある青木ヶ原樹海の広大な敷地を開拓して作られ、政府の認可の下で国内では実施が難しい様々な実験や検証ができる様になった。

それに伴い、輸送された新鉱物は全て敷地内にある地下最深部の保管庫に収納されることに。


高杉の政府内への働きかけにより、莫大なエネルギーと可能性を持つ新鉱物は国家最優先防衛事項として取り上げられたのである。

国を上げて徹底的に守ることが定められたため、格納庫は機械的なセキュリティシステムの他に24時間体制で銃器を所持した警備が配置されるなど厳重なセキュリティが敷かれた。


肝心の新鉱物の新名称だが、東野の薦めで三日月も当初は別のものにしようと考えていたものの、最終的には正史と全く同じ

〈レーソニウム〉と名付けた。


というのも、予期せずして未来へと消えてしまった太陽の功績を何とかして残したいと考えた彼は、彼女自身を新鉱物の名前にしようと決めたのだ。


その際に、まず地球が偉大な太陽の周りをまわる天動説を唱えた、三日月自身が尊敬する天文学者ガリレオ・ガリレイの出身地イタリアからイタリア語をベースにしようと決め、彼女の名前にちなんでイタリア語で太陽を意味するソーレのアナグラムを正式名称としたのである。



世紀の新鉱物を発見したことで一段と世界中に名を轟かせた三日月だったが、

帰国後もしばらくは大切な太陽を失ってしまった悲しみに打ちひしがれていた。


しっかりと別れの言葉も伝えられず、彼女に〈レーソニウム〉を確保した後の現実も見せられなかった。何より、彼女を止められなかった自分の不甲斐なさを強く責めた。


しかし、彼は独りではなかった。


元同期で今や同僚でもある真夏は、ずっとそばに寄り添って献身的に彼を支え、彼女のお陰で三日月は段々と立ち直ることができた。


真夏自身にとっても妹同然で大親友であった太陽との別れは悲しいものであり、二度と料理を教えることが叶わない現実に落ち込んでいたものの、より良い未来を信じる彼女のため。何より大好きな三日月のために。彼を元気づけようと一球入魂に隣で支え続けたのだ。


そして帰国から1年後の2026年。

支えてくれた真夏に惚れ込んだ三日月は、29歳で彼女との結婚を果たす。


また、彼が打ちひしがれている間も副社長として会社を支え続けてきた東野も、カフェ時代からの深い仲にして現在の同僚であり諜報員でもある圭華との距離を縮め、同年37歳で彼女と結婚した。


結婚後の数年で子宝にも恵まれた三日月と東野は、生まれ変わったように〈オレンジシティ〉にて〈レーソニウム〉の研究開発に没頭。

同時に多くの科学者を採用し会社としての拡大を図った。未来を託された子供達のためにも、より良い世界を目指して。


研究過程で僅か100gで自動車1台を一生動かせる驚異の燃費の良さが判明したこの〈レーソニウム〉は、1500万年前に現在のネルトリンゲンへ落下した隕石に含まれていた地球外の特殊な鉱物であることも発覚。

死の直前に口にした三日月の祖父の考えが正しかったことを身をもって証明した。


なお、膨大なエネルギーと可能性を秘めた〈レーソニウム〉の使い道として、正史での過ちから絶対に軍事力には活用しないことを彼らは社のモットーに掲げ、全て医療・エネルギーなどのインフラ部分への用途に注力。


特に、正史での未来の実情から30年以上先に石油資源が枯渇してしまうことが確定しているため、エネルギー問題解決に関しては優先的に取り組んでいく。


具体的には服の繊維から車の燃料に至るまで、ありとあらゆる部門において〈レーソニウム〉を加工することで石油の代替となり得る技術を2030年までの4年程で次々に確立していった。


特に自動車の面では画期的で、ブラスターガンの技術を応用した〈レーソニウム〉エネルギー内蔵の車用充電式バッテリーと空気エンジンの技術を掛け合わせ、空飛ぶ車〈エアカー〉という、まさに誰もが夢見る空想世界の移動手段を生み出した。


医療の面では〈レーソニウム〉が電気信号に反応するエネルギーを応用し、癌細胞を鎮静化させる特殊な医療薬を開発。

ステージ4まで進行しても極端に遅らせることができる効力は医療界にも大きな革命を起こしたが、これは三日月自身のためでもあった。祖父の死を目の当たりにし、遺伝的に彼自身にも早期癌発生の可能性を感じたからだ。


ちなみに、これらの技術は〈レーソニウム〉発見当初の約束通りネルトリンゲン側へ優先的に配備され、2030年代初頭としては世界でも抜きん出た最先端の都市となっていくのである。



更に時は流れ、会社設立から20年が経過した2044年。


モットー通り絶対に軍事力に転用しない形で世界を変え、テクノロジーに置いて圧倒的ナンバーワンを誇る巨大企業となったオレンジ社だが、引き続きモットーを守るためにギリギリまでは社長三日月、副社長東野という不動の2トップ体制を維持することを宣言。


一方でいつでも次の世代に引き継げるよう、彼らは幼い頃からそれぞれ自分の子供への教育を実施しており、次第に引退へ向けての準備も進めていた。


〈レーソニウム〉採掘から今に至るまで。様々な技術を生み出してきた三日月たちだが、最後の最後までタイムマシン技術を確立させることはなかった。


初めから〈オレンジウォッチ〉を研究してきただけに技術的には可能なことはわかっていたものの、2人の中では断固として開発に着手しないと決めていた。


それは、時を越えるという技術自体がある意味核よりも恐ろしい武器になり得るため。


その上、太陽をはじめとする子孫たちの一連の悲劇を垣間見て、もう同じことは繰り返させたくないと強く決意した彼らなりのケジメだったのである。

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