第3話 男の本性

 小屋内で明人は秋達が出て行ってから数秒後、笑顔を消し、大きなため息を吐いた。すると、奥の方にあるドアが突然開き、そこからは小学校低学年くらいの少年が無表情のまま歩いてきた。

 足音が聞こえず、気配もない。儚い雰囲気を纏い、触れてしまえば消えてしまいそうに感じる。そんな少年がソファーに座り直した明人に近付いて行った。


「良かったのかい、帰らせてしまって」


 質問を口にした少年の声は鈴の音のように儚く、耳に自然と入ってくるような。透き通った響きのある綺麗な声だった。


 少年の名はカクリ。明人と共に小屋に住んでいる同居人。


 カクリは長いワイシャツに黒いベスト。首には黒いネクタイが緩めに巻かれていた。ベストと同じく黒いスキニーズボンに、脛あたりまで長いブーツを履いている。

 白銀のサラサラとした髪が切れ長の黒い瞳とマッチしているように見え、どこからか迷い込んでしまった異人なのではないかと思うほど現代感がない姿だった。


 カクリに声をかけられた明人は、横に寝っ転がりながらめんどくさそうに文句を口にした。


「うるせぇよ、仕方がないだろ。また勘違いされたんだから。噂流すなら正確に流せってんだ、ふざけんなよマジで」


 先程秋達と話していた態度と全く違う声質に口調。別人かと思わせるほどの豹変を見せた明人だが、カクリは慣れているため驚きはしない。ただ、呆れ気味に息を吐くだけ。


「はぁ。なぜ依頼人の前以外ではそのような態度なのだ……」

「逆に俺があの態度でお前と話してたらどうなんだよ」

「私が楽になるからいいのだけれど」


 明人の豹変した態度に淡々と返すカクリ。綺麗な見た目からは考えられない毒舌を吐き捨てる。だが、明人はカクリの言葉を聞き流し、適当に返す。


「それに、私が帰らせて良かったのかを聞いたのは──」

「神楽坂秋だろ」


 カクリの言葉を遮り、今まで適当に返していた明人が依頼人の一人である神楽坂秋の名を口にした。声に芯があり、口調もしっかりとしていた。


「ここに立ち入れるのは開けられない匣を持ってる奴だけ。辿り着いたという事は持ってんだよ。だが、まだそれに気付いてねぇ」


 ソファーに寝っ転がりながらぼやく。


「まぁ、本当に必要になったらまた来んだろ。その時になったら、開けてやるよ」


 口角を上げ、明人は今の状況を楽しみながら口を開けた。


「心にある、をな」


 口角を上げ、楽しみだなぁと呟き。明人はそのまま黒い瞳を閉じた。そんな彼をカクリは横で見ており、小さく息を吐きながら木製の椅子に座った。


 ☆


 次の日、麗と秋は教室でいつも通りに一つの机を挟んで話していた。


「一体何がダメだったのよ!!」


 麗は不貞腐れた顔で喚き散らしながら机をバンバンと叩く。その様子を秋はめんどくさそうに見ながら、片手に持っていたパックジュースを一口飲んだ。


 今二人は、昨日の小屋について話していた。噂は本当だったが、小屋に居た男性。筐鍵明人の言葉が理解できず麗はずっとイライラしていた。

 秋はその様子を見て、昨日の出来事を思い出す。


「筐鍵明人さんだったっけ……」

「そう! 見た目はすごくかっこいいけど性格に難アリね! もっと詳しく教えてくれないと分からないじゃない」


 麗は今だに怒りを喚き散らしており、秋は苦笑いを浮かべ、お前が言うなと目で訴えていた。


「どうしたの秋。私をじっと見て……」

「……いや、なんでもない」


 秋の心情に全く気づいていない麗は、首を傾げながら問いかける。だが、秋の返答はそっけないもので、麗も彼女の言葉に「そう」の一言で終わらせてしまう。

 その後、麗は微妙な空気を誤魔化すようにいきなり立ち上がり、声を張り上げた。


「あぁぁぁああ! 考えてたら腹たってきた。もう部活行くよ!」

「え!? う、うん」


 秋は麗の突然の行動に置いていかれないよう、すぐパックジュースを飲み干し鞄に手を伸ばす。

 そんな秋の手首を掴み、体育館へと引っ張って行こうとする。手に持っていた空のパックジュースを教室の角にあるごみ箱に投げ、引きずられるように麗についていく。

 投げられたパックジュースは、カコンと音を鳴らしゴミ箱の中に入った。


 廊下に出ても腕を引っ張り続けられている秋は、麗の背中を見て目を伏せる。影が差し、下唇を噛んだ。


「自分勝手」


 黒く、憎しみの籠った秋の呟きは、誰の耳にも届かなかった。


 ☆


 体育館にたどり着き、更衣室で着替えを終え部活が始まる。麗は先輩達と輪になって話していた。


「流石麗だね。次の試合も麗が居れば勝てるよ!」

「うんうん。頑張ろうね!!」

「任せてください!」


 麗は部活でエース級の力を持っていた。

 バスケは秋と同じ時期に始めたのだが、元々の運動力が人並外れており、ぐんぐん力を付けていった。今では先輩達と互角にやり合えるまで成長している。

 それに比べて秋はドリブルすら上手く出来ず、練習試合にさえ出して貰えていない。


「神楽坂さん。ボールの片付けをお願い出来る? まだ私達は練習しないといけないから」


 人を嘲笑うような笑みを浮かべ言ってきたのは、女子バスケ部のキャプテン、佐々木巴ささきともえ

 明るい茶髪に、今は黒い膝までの短パンとTシャツを身にまとっており、靴はバスケで使う赤いバッシュという靴を履いていた。

 部活中なため、髪は後ろの上あたりで一本に結んでいる。


「わかりました……」

「良かった、それじゃよろしくね」


 当たり前というようにお願いした巴は、秋の返事を聞き手を振りながら去って行く。

 秋は彼女の背中を見て舌打ちをし、白くなるほど手を強く握る。憎しみの籠った闇のように黒い瞳が、麗達と一緒に楽しく話している巴の背中へと向けられた。


「ふざけんなよ……」


 その言葉に込められた感情は、怒りや憎しみといった負の感情そのもの。だが、その感情を相手にぶつけられるほどの勇気が秋にはないため、我慢するしかない。

 一度深呼吸をし、言われた通りにボールを片付け始めた。


 ☆


 片付けが終わり、秋はボールがまだ転がっていないか周りを確認している。すると、麗がボールを差し出した。


「あ、麗」

「お疲れ様。これ、廊下の方まで転がってたよ」

「あ、ありがとう」


 秋はボールを受け取り、そのまま後ろにあった籠へと入れた。その時、麗が少し沈んだ声で話しかけた。


「ねぇ秋。貴方……」

「え?」


 話を聞こうと秋は麗の方に振り向いた。すると、麗は重い口を開け何かを伝えようと口をパクパクとさせる。だが、言葉が喉で引っかかり上手く外に出す事が出来ない。その事に秋はイラつきと焦りを見せた。


「何? どうしたの」


 催促する声にはほんの少しの怒気が含まれており、麗は少し目を開き肩を震わす。そして、続きを口にしようと開いた。


「秋はさ……」


 麗はなんとか続きを話そうとしたが、やはり口を閉じてしまい話そうとしない。その事にイラついた秋は、早く会話を終わらせようとその場を離れた。


「何も無いならもう行くよ。麗も早く先輩達と一緒にストレッチして帰った方がいいよ」


 そのまま秋は離れてしまい、麗は引き留めようと手を伸ばす。だが、その手は何も掴まず空を切ってしまった。

 

「秋、私は貴方と楽しく──」


 小さな声で呟く彼女は、それ以上言葉を発する事はなく目を伏せ、そのまま先輩達の輪へと戻ってしまった。


 ☆

 

 秋と麗は体育館の一件から関係がこじれてしまい、教室でも二人は話さなくなってしまった。

 麗は何度も話しかけようと手を伸ばすが、秋が避けるようにいなくなってしまう。麗は無理やり話しかける事が出来ず、すぐに引く。

 麗から逃げるように廊下へと出た秋は、自身の胸を強く握りその場にしゃがんでしまった。

 何でこんな事をしてしまうのか。なんで逃げてしまうようになってしまったのか。今の秋は何でも我慢してしまい、今にでも感情が爆発してしまうほど危うくなっていた。


 そんな中、部下の終わり。巴はいつもと同じく笑顔で秋へと声をかけた。


「神楽坂さん、片付けよろしくね」


 いつも片付けは秋に頼み、自分は練習と言いながら部員達と楽しく話をしている。


 顧問は練習が終わると一度体育館を出て行ってしまうため、部長である巴が顧問代わりになっていた。その状況を利用し、顧問が体育館を出て行った事を確認すると、巴は必ず秋の所に行き片付けを全て押し付けるのだ。


 秋は巴のその様子を見て、込み上げてくる怒りを抑えるため強く手を握るだけ。我慢に我慢を重ね、秋の瞳は黒く濁り冷静さを欠いていた。


 巴に言い返す事ができず、言われた通り掃除をしている秋。モップを握り、床を拭いている時。秋は巴達と話して笑っている麗を見た。その瞳は濁り、険しい表情だった。

 

「なんで麗ばっかり……」


 誰にも聞こえない程小さく呟き秋は、はっとなってかぶりを振った。


「馬鹿みたい。どうせ出来ないくせに……」


 自らを嘲るような表情を浮かべ、消え入るような声を発したあと片付けを再開する。


 片付けが終わったあと、秋はボールを持って体育館を出て行った。

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