第44話 理知と鮮やかさを結い加える⑫

 特別目を見張るモノもない商店通りの歩道の隅で、店先の店員や行き交う人たちからの関心を寄せられている閑谷の所作と舌鋒は、それこそ探偵というか統率者というか、とにかく不思議な魅力が放たれる。


「探偵……それは流石にマズイか……」

「は、はったりじゃ! ずっとこの小娘が口から出任せを言っているだけ——」

「——嘘だと言うなら、しばらくこのまま待ち続けていましょうか? きっとお二人のお役に立てますよ?」

「な……いや、これは——」


 一見して閑谷の二択は老婆と男性に配慮したみたいな対応だ。けれど正確には、待ち続ければ続けるほど疑心暗鬼の状態になり、剰え怪我人の老婆を放置することにも繋がるってしまう。つまりは余計に衆目からの心証が悪化する。


 二人の事情なんて、オレには分からない。

 知る由もないことだ。

 だけどこれ以上追い討ちを掛けるのも無意味だろう。

 降参してくれるのなら、それが一番いい。


「——なあ、どうやら俺たちの考えはこの女の子に見透かされている。他のヤツには悪いけど……諦めよう」

「いいのかいユーイチ……折角のカモを取り逃がすことになるぞ?」

「ああ。というか、今はどちらがカモなのか、この周りの人たちを見れば明らかだ。つたく……旅行を控えた探波第三の一年生なら、お金も所持しているだろうし、男の子……吉永くんだったかな? ずっと一人で河川沿いを歩いていたし、あまり運動が出来そうな体格じゃないし、女の子を狙うと被害届が提出される確率が跳ね上がるから……下調べは完璧だと思っていたんだけど……」

「……ふん、だから適当な老人を狙えと言ったんじゃよ。銀行のATM帰りなら金子きんすもたんまりと持っていたじゃろうしな……わざわざこんなガキを選ばない方が良いと何度も……」

「俺こそ何度も言ったよな。子どもなら訴えられにくいし、大事おおごとにならない確率が高いって」


 そのもはや自供ともいえる老婆と男性……ユーイチというらしい人のやり取りは、オレに辛うじて聴こえる程度で交わされた会話だから恐らく他には閑谷くらいにしか聴こえていない。

 話から察するに思いの外、用意周到な計画だったことに唖然とする。探波第三高校の校外学習の情報だけなら学校のホームページでも調べたらすぐに判明するだろうけど、まさか名前まで知られているとは想像もしていなかった。


 河川を隔てるガードレール沿いを歩いていたことまで知られているとなると、家から付け狙っていたのかもしれない。

 一瞬、その道中で声を掛けなかったのは何でだろうと一瞬だけ疑問に感じたけど、改めて振り返ると理由は単純明快。オレが二人の求める金目のモノを所持しているかどうか確かめる必要があったからだ。


 例えばオレが財布も何も持たずに、ただ散策をしていただけなら、お金が欲しくて実行した恫喝が水の泡になる。それじゃなんにも意味がない。

 だからこそ、この商店通りからショッピングモールを見据えたオレが買い物をしに来たと判断するまで機会を窺ったんだろう。

 犯罪心理的な思考だけど、確かに旅行前の高校生を襲うのは、偶然か否か理には叶っていると思う。受け取ったお金を奪われたと両親に言い難いし、実際に事件を大事にすれば校外学習や、のちの修学旅行などの行事を楽しみにしていた生徒の水を差すことにも繋がる。


 ついでに高校生という大人と子どもの境目の複雑な立ち位置が、周囲の人間を納得させる理論が組みにくい。仮に暴行もなく、お金を強奪されただけなら、どこかで財布を落としたなんて帰結になりかねないし、思春期が故の妄言と受け取られるかもしれない。

 そして被害届の提出の観点なら、女の人より男の人の方が圧倒的に出せない環境にもある。これはオレが非力の根暗だからこそかもだけど、自力でどうにかしろ、なんていう固定観念が強い大人が多数派な気がする。


 世の中の力とは、筋力だけに比例しない。十万の軍勢で攻めたら、例え霊長類最強の人物だって瞬殺する。頭数の圧力とは、大数の暴力とは末恐ろしい。

 今回だって閑谷が効率良く多数の味方を惹きつけたからこそ、オレの容疑が晴れていくことに直結した。その美貌と、安らぎと、自称ではあるが探偵らしく演じていたのも結果的には好機をアシストしたのかもしれない。

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