第31話 甘美とファンレター④

 瞳の中に光沢を作りながら、新たな二つの紙袋を交互に覗き見て感嘆の声をあげている閑谷が身体を揺らす。さきほどの手紙と同様に、そのまますぐ持ち上げてしまうのかなと傍観していると、オレの予想に反し閑谷はこちらを艶のある視線で捉える。


「いやー嬉しいね……でもんー? 吉永が興味を惹かれてるお届け物ってどれかな?」

「……なんで、そうなってんの?」

「だって吉永がそんなに見つめるようなものがここにあるんだよっ、珍しいじゃん」

「いやあの……はぁ、ならどれか探してみなよ。あるかは知らないけど」


 なんかもう投げやりになって、閑谷に雑なお題目を振る。そんなことに気付かずか、気付いていながら絡んでくれているのか、閑谷は紙袋の中身たちと睨めっこをする。


 ただオレにとって不可解な一点には共感してはいないみたいだ。それに表情からも明らかに初見だった様子だし、これを分別したのは少なくとも閑谷ではないと思う。もうちょっとだけ考えてみることにしようか。


 となると送り先の雫井プロダクションの誰かか、受け取った田池さんかのどちらかに絞られるが、理由の確信がまだだ。けれど前提として、ここにある全てが閑谷のために届けた……いや、もしかするとオレはファンレターに先入観を奪われていたかもしれない。


 ここへ訪れてから一連の流れを回顧する。閑谷と一緒に田池探偵事務所に入り、田池さんと軽く言葉を交わしてこの小部屋に居る。


 閑谷はテーブル上手前にある紙袋の中のファンレターを見つけるとすぐにランダムで掬い上げ、小椅子に座って読む。ここまでの所作が速いというか、躊躇がまるでなかったことから雫井プロダクションのチェックが介入しているのは知っていたんだろう。


 歴は浅いとはいえ閑谷もタレントであり芸能人だ。無論そのプレゼントだって善意ばかりではない。封筒にカミソリを取り付けたり、内容が脅迫文の場合だってある。


 そんな懸念を閑谷が怠るとは思えない。

 自衛を行うという意識は、最低でも同年代の中では高い。


「なあ、閑谷」

「ん? なにかな?」

「ここにあるのは雫井プロダクションの確認が入っているんだよな?」

「うん、そうだよ。だからファンレターも封が一回開けられてるよ。プレゼントも同様で……あと飲食品はここには来ないかな? ほら、毒物とか混入されたら危ないじゃ済まないしね」

「なるほどね……」


 閑谷は包装品の多い紙袋を注視しながら答えてくれる。食べ物や飲み物ではないのなら、彼女に贈られるのはアクセサリーなどだろうか。そうなるとオレには知識がないし、包装の銘柄を見ても分からないのも頷ける。


 そしてファンから贈られた生ものとそうでないもので分別した案が消え、割れ物もあるかもしれない装飾品をこんな紙袋で郵送をするとも思えない。頑丈な段ボールに緩衝材を込めて送るくらいするはずだ。


 なら考えられることはいくつかあるが、確率論として高いのは、状況からしてこれらは昨日ないし田池さんが猫捜索をする以前に届いた、もしくは雫井プロダクションの誰かが当該時間に訪問して直接手渡した。


 雫井プロダクションと田池探偵事務所はさほど離れていないし、今日だって閑谷が車で送迎されているから、交流は少なからずあったのではないか。


 あと閑谷はどこでファンからのプレゼントの情報を掴んだのか。スマホへの連絡も想定されるけど、その運送中に伝えられた場合もあると思う。


 だって今日この田池探偵事務所に向かうことは、校内でスマホに連絡があったオレは知り得たけど、他の人がどうかは分からない。ただ恐らく田池さんは、オレたちが訪れた格好と反応から知らされていなかったんだろう。


 送迎もいつもは閑谷の実家が多く、次いで探波第三高校、雫井プロダクションもしくはタレントとしての現場、そして田池探偵事務所。大体この五択に絞られる。流石にドライブスルーやテイクアウトなどの寄り道もするとは思うけど、今は度外視で考えよう。


 仮定として、閑谷が雫井プロダクション専属の運転手さんに実家から田池探偵事務所に行き先を変更。その運転手さんが閑谷の届け物が昨日からそこにあるよと告げた場合、事前にオレを誘った理由だけは不明だけど、一応は田池さんの関係者ではあるし、そんなに憂慮して思案する必要は無いだろう。


 そして詰められた量が不均等な二つの品物入りの紙袋が示すもの。きっとその一部をこれから田池さん自身が持ってくる。

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