第12話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑨

 オレは腫れ物のような存在らしい。それは左隣で協力すると告げ、探偵姿へと重ね着る閑谷には気の毒なことに巻き込んでしまって申し訳ないけど、余計な過干渉が無くなってくれたため都合自体は良い。次々と現場からスタッフさんたちが離れて行く最中、オレと閑谷に加えて雫井さんと里野さんと後数名が残る。残った人たちの大半は雫井プロダクションの人間だ。


「……念の為だけど、貴方ではないわよね?」

「はい。そしてそれは、同行していた泉田さんにも言えます」


 オレと相対する雫井さんがそれを聴き眼鏡を掛け直しながら頷く。答えは分かりきっていたけれど、念のために訊ねただけのようだ。


「……そうね、吉永君がわざと行う理由がない。偶然でも美晴があそこまで庇わないし、貴方がいま美晴の無実を言う必要もなかった。だって……自ら首を絞めにいったようなものなのだからね」

「……そこまで深く考えて言ってませんでしたよ。それにオレは無実ではなく、紛れも無い事実を述べただけです」


 こんなの言葉騙しというか単語遊びみたいなものだけど、本当のことでしかないから白けた苦笑いが湧き上がる。さっきまで弁解の余地すら気圧されて皆無だったから、こうして改まって考えると不思議な感覚だ。


 あともう一つ。この質問の印象的に相手が限定出来たけど、まだ確定じゃないから温存しておこう。そんな風に耽ったあと、誰も手を付けていない白砂 朱里があわや大怪我を負いかねなかった現場を流し見る。


 倒れた背景が全面接地していて、うろ覚えだけど確か、水彩色の爽快感をそそる絵柄が隠れてしまい、見映えしない木製の骨組みが表面になっている。インタビューの為に用意された丸椅子がその真横に置いたままのことから、白砂 朱里はずっと起立して待っていたと予想出来る。素早く逃げることが叶ったのも、もしかしたらこのおかげかもしれない。


 裏側に移動されていたハンガーラックは微動だにせず、メイク道具などがあった台座が引き摺ったように斜めになっている。けれどこれは恐らく騒動に焦った裏方スタッフの誰かが進路を開けようとした名残りだろう。周辺に幾つかの備品が落下したままで放置されたままだ。この現場を保存しようという疎通がひしひしも感じられる。流石は機密を多く扱う芸能界、一般の人よりは自意識高めの人が揃っているらしい。まあオレはその辺の事情を知らないからあくまでイメージでしかないけれど。


「吉永、準備完了だよっ……変なところはないかな?」

「……えっ? ああ、良い、んじゃね?」


 高校の制服姿からCM撮影時以上に探偵のような装いとなった閑谷が、常備していたらしい革ブーツにまで履き替えると、靴紐を結び終えオレに見せびらかす。

 今回はトレンチコートの留め具を締めていることから、この状態だとまさか制服を未だ着用中だと見抜ける人はいないだろう。せいぜい着膨れしているな、くらいの感想になるはずだ。


 それでも持ち前のスタイルバランスの良さは全くもって隠れてはいない。

 もはや隠そうとしても隠れないと表現した方がいいかもしれない。


 何はともあれ。これはタレントとしてのイメージを守る為の謂わば変装なんだろうけど、どうしてここまで重ね着る必要があるのかと思った。だって閑谷がプライベートであるこの場所で、キャラクター性を保持する理由がオレには見当が付かない。タレント探偵はあくまで、世間が創り出したモノでしかない。


「うん。じゃあ吉永、これから一緒に探索しよっか。疑いを無くしていかないとね、由紀子さん、良いですよね?」

「うーん、貴方たち二人だと少し不安ね」


 貴方たち二人、では語弊があるだろう。

 雫井さんの憂いは多分こうだ。


「そうですね。また白砂 朱里からオレが隠蔽工作を施したとか、滅茶苦茶ないちゃもんを付けられかねないですしね」

「朱里さん……そこまでするかな?」

「……普段ならしない、けれど今日は様子がおかしいわね。私もまさか、美晴とあそこまで言い争うとは思いもしなかったものね」


 オレは白砂 朱里の普段を知らないけど、予想した通り、いきなり故意だと決め付け罪状を塗ってきたのも、泉田さんと不毛なほど口論を続けたこともやはり異常らしい。


 これ以上の災いは避けたい。多分閑谷も、雫井さんもブランドイメージが傷付くようなことにはなりたくないだろう。そうなるとここは、限定された範囲内から推論まで伸ばす他ない。


「閑谷」

「んっ、なにかな?」

「オレはこの場から見渡せるところだけで、状況把握をした方が良いと思う。下手にあの背景の近付くと、またあらぬ疑惑を掛けられるかもしれないからな」

「え……」


 そう言うと、閑谷は少々戸惑ったみたいだった。だが雫井さんは白砂 朱里の虫の居所が悪さを鑑みて、妥当な考えだと賛同するようにオレを見据える。


「そうね。容疑者扱いの吉永君を動かすのは不用意としか言えないわ」

「……じゃあ、どうすれば——」


 閑谷が雫井さんに対しての問い掛けに、オレが代わりに答える。これは閑谷こそ、タレント探偵にこそが映え、かつ相応しい手段を伝える。


「——閑谷には、この現場の撮影を頼みたい。これはもちろん証拠を残すためだ」

「撮影……あっ、そっか。私がそれを後で吉永に見せたらいいんだね、了解だよっ」

「えっ? ああ、まあ、出来るならその方がオレにとって都合は良いけど……」


 なんだろう。閑谷がオレのことをちっとも疑っていない姿勢は素直に嬉しいけど、不安にもなる。そんなあっさり承諾されると考えていなかったから。


「待ってて、いまスマホ出すから……あっ由紀子さん、ここって圏外じゃないですよね」

「ええ。このスタジオは自由に使えるはずよ、安心して良いわ」


 閑谷がまだタレント探偵と呼ばれる前の出来事の、穏やかな既視感がオレに襲う。心温まる思い出だ。そんなことなど露知らず、閑谷は自身のショルダーバッグのサブケースにあるスマホを掲げ、行って来るねと、オレと雫井さんに告げる。

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