第7話 白々とした花弁に雨雫が伝う④

 白砂 朱里の凛々しい眼光はまるで良質かどうか品定めをするように、驚いて口元を両手で覆ったままの閑谷を捉える。


「ふふっ、お噂はかねがね。今日は探偵服じゃないのね? あのファッションが似合う女の子ってそんなにいないから、密かに注目をしていたのよ」

「……あ、ありがとうございます」


 白砂 朱里が閑谷に右手を差し出す。

 及び腰ながら迷わず、閑谷がその手を掴む。


「それに雫井さんがスカウトした子らしいじゃない? あの人の審美眼はアマガミに居た頃から優れていたし、貴女も噂に違わぬ美人さんね」

「いえいえ、光栄です」

「私の撮影の見学がしたいんだって? 先に言っておくと、モデルとしてよりは写真集のインタビューの方に時間を費やすことになると思うけど、それでも良い?」

「はいっ。白砂さんのお姿を拝見出来ただけでも、とても嬉しいのでっ」


 なんとも微笑ましい光景が展開されている。閑谷 鮮加というタレントと、白砂 朱里という確かモデルさん……の関係性じゃなくて、双方の装いの奇抜の差も相まり、もう完全にファンと有名人の対面だ。

 まあ服装に関してはオレが興味ないだけかもしれないけど。


「……ねえ貴女、普段から私のことを白砂さんと呼んでいるの?」

「いえ、違いますけど先輩なので……——」


 閑谷がしおらしく返すと白砂 朱里は、そんなに気を張らなくてもいいのにと言いたそうに微笑して、少し首を振る。


「——じゃあ、いつも通りの呼び方でいいよ。ここに居る子は私より年上の人でもみんな呼び捨てだし。そうじゃなくても、相手も自然体の方が意見とか質問とかもしやすくて、何より私と話しやすいでしょ?」

「……はい、ならお言葉に甘えて……朱里さん?」

「うん。個人的にも下の名前で呼んでもらえる方が好きだからね」


 そう言いながら白砂 朱里は手を離し、スタッフさんたちの眺める。閑谷の撮影でも見掛けたハリボテの背景を持ち運び、インタビュー場所のセッティングをしている片隅で、彼女の言う通り「朱里の今のヘアスタイルに似合うのはこの組み合わせじゃない?」とか「朱里には敢えてこっちが良い」などの議論が飛び交っている。


「……あの子たちも今回は裏方としてだけど、いつもは現役のモデルの子に、アパレル店員の子に、私とオーディションで凌ぎを削った子……立場は違うけど、オシャレに関してはプロフェッショナルの子ばかりなの。私の撮影を参考に、私以上を目指す子しかいない」

「……」


 閑谷は放心したように黙する。

 返す言葉がないといった風だ。

 その沈黙は想定内だと、苦笑し続ける。


「変な人選だと思ったでしょ? だってライバルを私の現場に呼んでるんだものね。でも私だけじゃなくて、この子たちも居るからこそ、ファッションの幅が広がる。あとモデルは同世代が対立しがちだけど、自己中心的じゃ成り立たない。私や他の子を見てオシャレに興味を持ってくれる、例えば貴女みたいな子も居ないとね?」


 ひとときの静寂が漂う最中、相対する二人は何を思うだろう。特に閑谷は茫然と見つめているから、なにかタレントとして、あるいは芸能人として、先人の白砂 朱里に思うところがあるみたいだ。


 あくまで一人のモデルに徹する姿勢。

 圧倒的なプロ意識の心眼。

 それはまだ、閑谷の内心に潜在したままの才覚の一端に触れた瞬間かもしれない。


「あっごめん、そろそろ時間だから」

「ああ、はい……——」

「——あとでね、鮮加。桜子が戻って来たら、一緒に案内して貰うと良いよ」

「鮮……えっと、桜子って?」


 いきなり名前で呼ばれたことと、初耳の桜子という名称の両方に閑谷が戸惑っている。オレは誰を指しているか考えてみる。雫井さんは由紀子という名前だし、閑谷が見ず知らずと思われる人を名指しするときに、こんな呼び方はしない。となると残るのは——


 ——もしやと、そのまま振り返ってみる。すると案の定、さっきまで話していたはずのスタッフの里野さんがどこにも居ない。


「あ、里野って言った方が良かったね、里野さとの 桜子さくらこ。さっき私と入れ違いでセッティングに向かってたから。でもすぐに戻ってくると思うよー」

「えっああ、いない!? いつの間に……」


 夢中だった閑谷はともかく、全然会話に加わっていないオレですら里野さんの気配を感知出来なかった。幾ら裏方とはいえ、その影の薄さには苦笑いするしかない。


「ちょっといい?」

「……っ」


 閑谷が左右を見回しているそのとき、オレは声を掛けられる。相手は位置関係や態勢から無論、白砂 朱里だ。

 タレントでも芸能人でもないオレにはてっきり興味はないと、もしくは現場が女性ばかりだし男嫌いなのかなと勝手に思っていたから、意外そうに眺めてしまった気がする。というかそもそも、インタビューの時間とやらは大丈夫なんだろうか。


「……いきなり睨まないでくれる?」

「これは生まれつきです。それより、時間は良いんで——」

「——吉永 結理、貴方は鮮加のなに?」

「なに……って——」


 そんな風に訊ねられると、困る。

 やましいことはないけど、明確にかつ、誰にでも伝わる関係性でもないからだ。

 ちなみに閑谷は扉の外まで探しに行ってしまい、オレと白砂 朱里の会話内容は届いていないだろう。あと里野さんはセッティングと言っていたから、恐らく現場内のどこかに居る……そっちじゃない。


「——ただの同級生? 友達? 彼氏? いいえ違うわ。どの理由であっても、貴方をここに連れて来るメリットは誰にも無い。どこかの富裕層のご子息? いえそれなら貴方への配慮が普通過ぎる。大前提として、由紀子さんが認める訳がない……何者なの?」

「……っ」


 オレは黙りを決め込む。もしこれがオレだけの事情なら、余計な詮索を避けたいからと白状した思う。けれど誰かに話してしまえば、どうしようもなく閑谷のタレントとしての在り方を一変させてしまう。


「……言えないなら、いい。誰しも秘密を抱えるものだからね」

「……はい」

「その代わりに一つ忠告するわ……閑谷 鮮加の芸能人生を、貴方が壊さないで。どんなに才能のある子でもね、好機に恵まれなかったり、下らない人間に潰される。私はもう二度と見たくないわ」


 オレへの不信感を拭わず、白砂 朱里は立ち去っていく。力不足のオレと何処にも居ないと教えてくれるタレント探偵の閑谷に、芸能界を生き抜く為の課題を突き付けて。

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