第2話『エコの家』

「ターク・ターク・グレーン? ずいぶん長い名前……ねえ、なんて呼んだらいい?」

 緑色の髪の少女が眉を寄せて、険しい顔になる。

 タークは困っていた。人と話すこと自体かなり久しぶりで、うまく言葉が出てこない。


 だが、今この少女に怪しまれるのは都合が悪かった。

 先ほどから鼻腔をくすぐる、パンか何かを焼く匂い……上手くすれば、何週間かぶりにまともな食事にありつき、あまつさえ屋根の下で寝られるかもしれない。そんな淡い期待にタークの胸はいつになく膨らんでいた。

 この少女に怪しまれたら、その可能性は潰えるだろう。……我ながら浅ましい考えだとは思いつつも、それだけはなんとか避けたいタークだった。


「俺の名前は……ターク・グレーン。タークが名前で、グレーンは苗字だ」

「みょうじ。……なにそれ?」

 

 少し話を聞いてみると、エコという少女には苗字がないらしかった。

 苗字のない人間は珍しくないが、エコの場合はそもそも『苗字』という概念を知らないようだ。

 タークもこれまでそういう人間に会ったことがなく、説明の仕方が考え付かない。なんとかこう言った。

 

「苗字というのは……家族の名前だ。名前だけだと、どこの家の人か分からないからな」

「かぞく?」

「家族も分からないか……、うーん」

 

 これにはタークも参る。

 

「あ、“家族”ね! 家族は分かるよ。まあいいや! 名前はタークって言うんでしょ? ならタークって呼べばいいよね! ちょうどお茶にしようと思ってたんだよ。一緒に飲もう、ターク!」


 エコは明るく笑った。苗字に関心があるというよりは、呼び方を知りたいだけだったらしい。

 エコはタークの腕をとり、そのまま半ば強引に家の中に引き入れようとする。が、タークは踏みとどまった。


「いや、しかし……ここにはほかの人はいないのか? ……大人は?」

 

 辺りを見回しながらタークが聞いた。まさか、この家に少女一人で住んでいるわけはない。エコの保護者……この家を管理している大人がいるはずだ。

 家主に断らず勝手に家に入り、あとで面倒な事になるのは嫌だった。

 

「いないよ! ……ほんとは師匠がいたんだけど、一年前いなくなっちゃった……」

 

 そう言うとエコの笑顔はしゅんとしぼみ、一気に暗い顔になった。

 タークは慌てて、なんとか話題を変えようとする。


「そうか。つまり君が、一人で留守番をしているということか?」

「うん。師匠が、帰ってくるまでここで待っているようにって。とにかく、お茶にしようよ! わたし喉かわいちゃった」


 不安はぬぐい切れないものの、タークはとりあえず家の中に入ることにした。エコと話しながら辺りの様子をそれとなくうかがっていたが、今のところ他に人の気配はない。虫と鳥の声がするほかには、静寂そのものだった。

 

 エコがドアを開けると、家の中から食べ物の焼ける香ばしい匂いが溢れてくる。

 タークにとっては、久しぶりに嗅ぐまともな食べ物の匂い。思わず口の中が湿った。


 板敷の室内には、二人ぶんの家財道具が整えてあった。

 エコは汲んできた水を大きな水がめに流し入れると、立派なレンガ造りのかまどに、金属製のポットを乗せた。


「えーっと。ターク、そこ座って待っててね。すぐできるから」


 エコはそう言いながら、注ぎ口のついたひしゃくで水を汲み、ポットに注ぎ始めた。

 タークは礼を言って部屋の中央にある椅子に腰かけ、部屋のそこここに目線を泳がせる。

 

 十歩で端から端まで移動できる程度の、狭くも広くもない部屋だ。

 家の大きさからして奥の扉の向こうにまだいくつか部屋がありそうだが、きっとこの部屋が最も広いのだろう。部屋の三方向にはガラスのはまった窓が切ってあり、エコの立つキッチンの向こうに畑が見える。


 部屋にある家具はいたって普通のものだったが、ひとつだけ異質なものがある。それは、天井からぶら下がっている緑色の丸い物体だった。ただの飾りにしては意味ありげなその物体に、タークは興味を引かれる。

「……?」


 テーブルの真上にあるその丸い物体の表面は磨かれたようにつるつるだが、中は曇っていてよく見えない。触ってみると、思ったより軽い。

 指先で叩くと、かつかつと硬い音がした。

 見ても触っても全く用途が分からず、タークは何かの飾りだろうと無理やり結論づけて、観察を終わらせた。するとエコがお盆に乗せたカップを運んできた。


「お茶が入ったよ!」

 タークの前にお茶の入ったカップが置かれた。エコが淹れたのはなにかの薬草茶らしい。さわやかで落ち着く香りが、タークの鼻腔に漂ってくる。

「ありがとう」

 タークはお礼を言って、湯気の立つ木製のカップを持ち上げる。エコが真向かいの椅子に座った。


「君は、なんでここに住んでるんだ? ――ここには、魔物は来ないのか?」

「魔物? 魔物って?」

 エコが不思議そうに首をかしげる。


(魔物を知らない……?)

 タークはますます分からなくなった。この【ヒカズラ平原】のど真ん中に住んでいて、魔物を知らないなんてことがあり得るのだろうか。

「ここには畑があるだろ? だったら、大なり小なり魔物の……例えば、【パルパポキア】や【ギャルタルゲ】の被害を受けてるはずだ。家で料理するのなら、【ギズモゥブ・タコリ】あたりが集団で嗅ぎつけてきてもおかしくない。聞いたことないのか?」


「えー、わたし、よく分からないな……。ねえ、タークここに住む?」

「なに?」

 突拍子もない質問に、タークが驚く。

「住まないの? あ、そっか……タークはきっと、どこかに行く途中なんだよね……。ずっとここにいるってわけには、いかないか」


 エコが気づき、寂しそうにお茶をすする。


「いや、俺は……。――エコって言ったな。君はここから出たことが……、もしかして、外を知らないのか?」

 タークの問いに、エコはうなずいた。

「わたしは生まれてから、ずっとここで暮らしてるの。家の外には出るけど、あんまり離れたことはない。山の頂上から先には行くなって、師匠に言われているから」

「そうか、山ね……」


 タークは一人合点して、お茶に口をつける。


【ヒカズラ平原】には、ある特殊な地形が存在している。【リング・クレーター】と呼ばれる、大きな衝撃によって形成された円形の山と、それに囲まれた盆地。


 その規模はまちまちだが、大きなものでは直径6000レーン(1レーン=約1m)にも達し、内部の高低差は1000レーンに及ぶこともある。



 タークの見たところ、この家はまさしく【リング・クレーター】の中にある。

 【リング・クレーター】の中の盆地は満遍まんべんなく『リム』という稜線で取り囲まれているので、『山を越えたことがない』ということは、『この盆地の外に出たことがない』ということを意味する。

 

「もう焼けたかなあ」

 熟考するタークをよそにエコが席を立ち、かまどの下に設けられたオーブンのふたを開けた。その上のレンジで、ポットのお湯が沸いている。オーブンにくべた薪が、そのまま上のレンジを温める熱源になっているのだ。


「焼けてる焼けてる! できた!」


 エコはオーブンの中身を木の皿に乗せ、そのままタークの前に置いた。

「こ、これは……っ!」

 思わずタークの口から声が漏れる。

 

「スコーンだよ。ターク好き? このクリームを塗るとおいしいよ」


 そう言ってエコが勧めてきたのは、植物油と蜂蜜を練って作った調味料、『ベーナ・クリーム』の容器だった。クリームに練り込まれた柑橘類をはじめとする香辛料の香りが、ますますタークの食欲を誘う。

 

「い、い、いただきます……」


 タークは興奮を抑えつつ、熱いスコーンにベーナ・クリームをひとさじ塗り、かぶりついた。

 口の中いっぱいに広がる至福の感覚――。しばしの間それだけに集中すべく、そっと目を閉じた。


 熱々のスコーンから立ち上る焼いた小麦の薫りと、ベーナ・クリームのくちどけ。芳醇な甘みと、それを引き立てるスコーンのほのかな塩味。


「うまい……!」

 タークがうっとりとした声を出した。


「うますぎる……!! エコ、これは君が作ったのか!!?」

「う、うん……」

「……!!」

 エコは驚いていた。……タークは感動のあまり涙を流していたのだ。



 ――ある事情で旅に出てからというもの、タークの食生活は、ずっと貧しかった。


 道中の食事は採集したシイの実などの木の実、山菜類、または植物の根っこや昆虫などをごった煮のスープにして摂ることが多く、時々、小動物や魚が手に入る程度だった。


 人の多い街に立ち寄っても嗜好品に回す程のお金はなく、すべてを衣類などの生活用品や、生きる上で欠かかすことのできない水と塩、また塩漬け肉や小麦粉を水で練って焼きしめた不味い保存食に費やす。

 街角の屋台から漂う肉や魚の焼けるおいしそうな匂いにつられ、何度食い逃げを目論んだか……。

 

 もちろん高級品である砂糖や蜂蜜などは今まで目にすることも出来ず、一切口にしていない。


「すごいな……。こ、この食べ物には、もしかして蜂蜜とバターが……蜂蜜とバターが入っているのか!?」

 口の中に広がる滑らかな甘味……。タークの目からさらに涙が溢れる。顔中を濡らすそれをぬぐおうともせず、タークはエコに尋ねた。

 その様子に、エコも感動しているようだった。


「うん。わたし、こんなに喜んでもらえると思ってなかったからうれしい!」

「だが、しかし……、まさかエコ、ここでは牛……いや、ヤギを飼ってるのか? 蜂も?」

「うん、いるよ。裏を見てみる?」

「見る、見るが……その前にもう一個食べていいか?」

「あはは、うん! もちろん!」



 タークが二つ目のスコーンを食べ終えてから、二人は水場の横にある勝手口から外に出た。

 畑を見渡せるベンチの脇を通って、果樹の植えてある裏手に回る。そこに二頭のヤギがいた。一頭はお乳が大きくてぶち模様があり、もう一頭は角が長くて白い。


「アラミミとコルダンていうの。アラミミが男の子で、コルダンは女の子。で、この間生まれたのが、あそこに座ってるプヨちゃん」

 そう言ってエコがヤギ小屋の奥を指さした。小さな黒ヤギがすやすやと眠っている。

「本当に家畜がいるのか……」

「あそこにあるのが蜂の巣箱だよ」

 エコが再び指で示す。大きな木の箱の周りを、たくさんの蜂が旺盛に飛び交っていた。


「そうか……、ミツバチまで……」


 それから、エコに畑とハーブ園、果樹園を案内してもらった。

 草の茂る畑には数十種類の作物が育っており、果樹園には果樹に加えて香辛料のつるや草が生えていた。畑や果樹園の中を、放逐されたガチョウがのんきに歩き回っていた。


 タークの疑念が、ますます強くなる。


(なんでこの環境を、魔物が狙ってこないんだ……?)


 通常、【魔物】はどんな貧相な土地であっても……人間が作物を植えた瞬間に、家畜を持ち込んだ瞬間に、小屋を建てた瞬間に――その収穫を横取りしようと狙ってくる。


 土地の養分を残らず吸い尽くし、あっという間に増えるウネ科植物の魔物【ギャルタルゲ】。

 何処からか飛んできてあらゆる作物に取りつき、病気を蔓延させる悪魔のアブラムシ【パルパポキア】。

 住居に住み着き、食べ物ならば何でもあさる、繁殖力旺盛なネズミの魔物【ニルフランケット】。


 そしてさらに、それら小型の魔物を狙う捕食者クラスの【魔物】が人間の生活圏に侵入すると、人間はもうそこで暮すことができなくなる。

 ここだって、もうとっくにそんな目に遭っていておかしくないのに……。

 タークにはその理由が分からない。【ヒカズラ平原】には、山のように【魔物】がいる。何故ここだけが無事なのか?


 エコとタークは家の周りを一通り見た後、もとの部屋に戻った。まだ明るいが、日が傾き始めている。


「ごはん作るから、待ってて!」

 エコがうれしそうに笑い、畑からとってきた葉菜の掃除を始めた。食べられない葉や茎を除き、丁寧に水桶で洗っていく。

 当初は少しだけ立ち寄ってすぐに旅立とうと思っていたタークだが、エコの屈託のない笑顔に後ろめたく、とてもそんなことを言い出せる空気ではなくなっていた。

 ――というのは半分は建前で、タークは内心、夕飯に何が出るのかをこの上なく楽しみにしていた……。


 窓から吹き込む風の匂いを嗅ぎながら椅子に腰掛けていると、だんだん穏やかな気分になってくる。タークは静かに目を閉じた。そして、いつの間にか眠ってしまっていた。



「ターク、ご飯だよ!」

「あう……、おう」

 部屋中に漂う素晴らしい匂いを嗅ぎ、一瞬でタークの目が醒めた。テーブルの上の光景に我が目を疑う。


 まず、木製のトレイにパンが置いてあった。小麦粉のふすま入り発酵パンで、かまどで炙ってあり、湯気を立てている。とてもおいしそうだ。

 メインは大皿に入った野菜の煮込み。入っているのはトマト、玉ねぎ、芋、ニンニク、キノコ、その他香草類。

 さらに、葉菜とナッツ、コウチュウの幼虫とさなぎが数種類盛り合されたサラダ。新鮮な野菜は、都市部でもそうそう食べられない。(魔物の繁殖によって大型の家畜が飼えないため、この世界ではタンパク源として昆虫を常食する)

 ドレッシングは塩、油、玉ねぎ、こしょう、発酵調味料を合わせたもので、酸味のある香りが食欲を誘った。


「すごいもんだ……。エコは毎日こういう食事をしているのか?」

「ううん、タークに喜んでほしかったから普段よりたくさん作ったの。ねえ、早く!」


 タークはその純粋な気持ちに胸を打たれ、感動しながらもとりあえず野菜の煮込みに手を出した。


 木のさじでひとすくい、とろみのあるスープを舌の先に乗せる。ヤギバターで甘味が出るまで炒めた玉ねぎと野菜の出汁、トマトとキノコとニンニクのうまみが複雑に絡まりあい、ため息が出るほどの味だ。

 続いて、パンをひとかじり。

 発酵パン特有の酸味と、噛み応えのある食感、それから麦の豊かな薫りが途切れることなく口の中に広がり、噛みしめるほど、まるで目の裏に金色の麦畑が見えてくるような深い味わいが口の中に広がった。


 タークはエコに向かって親指を立て、うんうんと何度もうなずいた。目からは輝くものが数滴、こぼれ落ちている。

「あははは! やったぁ!」

 エコが手を叩いて笑った。タークの喜ぶ顔を想像しながら用意した食事なのだ。


 タークはごちそうをほおばりながら、今日までの食事に思いを馳せた。

 ――かまどやフライパンのようなきちんとした調理設備はなく、調味料はわずかな塩のみ。保存や重量の問題から、持ち運べる食材には限りがある……切り詰めた旅の途中、こういうきちんとした料理はめったに食べられない。


 目を閉じてゆっくりとパンを咀嚼する間、タークは今朝食べたものを思い出した。


「うますぎる……。エコ、俺が今朝何を食べたか分かるか? 当ててみろ」

「う~ん、パンとスープとお茶だけとか?」

 エコが笑いながら答える。

「ふっ……。旅人の食事というのは、そんなレベルじゃない」

 そう断った後、タークは今朝の食事内容をエコに話し始めた。


 まず、半分カビてしまった固焼きクラッカーをナベに入れ、お湯で溶かして作った粥。

 少しだけ入れた塩以外に味はなく、古い小麦粉特有のすえた臭いがして、むせながらなんとか口に入れ。雨水で流し込む。

 続いて、数日前に作ったウサギの干し肉の余り。塩に余裕がないため塩漬け保存が出来ず、煙で軽く燻して応急処置的に防腐していたのだが、少し匂ったので焦げる直前まで焼いて食べた。

 あとはその辺でとったバッタとムカデとクモの炙り焼き。消化物に毒が含まれている可能性があるので中身を絞り出し、串に刺して焼いた。大して量はないが、こういうものを少しでも足しにしないと栄養不足で死んでしまう。


「うわ~、私もたまにパンを焦がしたりカビさせたりすることはあるけど、おいしくないよね!」

「携帯用のクラッカーってのは、パンと違って水分がないんだ。古い小麦粉を水で溶いてそのまま窯で焼き締めるだけだからな。塩もほとんど入ってないから味もない。街に寄ったのはかなり前だったから古くなってしまった」


 そう言いながらみずみずしいサラダを口に運ぶターク。


 とれたて新鮮な葉物野菜の、しゃきしゃきという音と歯触りがおいしい。

 そして野性味あふれる強い味の作物に負けず劣らず主張しながらも、かえってその味を引き立てるような絶妙な塩味のドレッシング。新鮮な油と空気にさらして甘みを出した玉ねぎの香りが、野菜のうまみを存分に活かしている。

 そこにナッツのコリコリとした触感と、茹でたエビのようなコ ウチュウの幼虫とさなぎのとろりとした肉感が加わる。いくら食べても飽きが来ない。


「うまいなぁ……」

 タークがそう言うたび、エコはうれしくて回数を指折り数えていた。しかしすぐに両手の指では全く足りなくなり、頭がこんがらがってやめてしまった。



 食事が終わり、エコとタークは初夏のけだるい宵の、幸せなお茶の時間を過ごした。タークが窓から空を眺める。

 日が稜線の向こうに沈みつつあり、室内は次第に暗くなってゆく。

 夕暮れの赤みを帯びた光が空から次第に消え始めるころ、背後でエコの声がした。


「点けっ!」


じじじ……っ、と火花が散るような音がして、部屋の中に閃光がほとばしった。


「っ!」

 とっさに、タークは手で閃光を遮った。光が収まると、鈍く輝く燐光となって部屋を明るく照らす。

「なんだ……!?」


 光源は、やや緑がかった光を放つ玉。

 先ほどタークが調べた、あの謎の玉だ。ただの飾りではなく、照明器具だったらしい。しかし……。


「これはなんだ……? 光っている?」

 中にろうそくでも入っているのかと思ったが、中で火が灯っている様子はない。エコになんなのか尋ねると、エコは目を大きく見開いた。

「知らないの? 蛍玉ほたるだまだよ。師匠が作ったの」



 その瞬間、この家を見つけてから抱き続けていたタークの疑問が氷解した。



 エコは【魔導士】だったのだ……!


「魔導士なのか、君は……!?」

 タークの顔が硬直し、問い詰めるように尋ねた。

 タークの態度が突然変わってしまったことに、エコは面食らったように驚いていた。


【魔導士】。


 【魔物】が跋扈する外界から、街と人々を守ることが出来る唯一の存在。

 豊富な知識と魔力でもって街々を支配し、庶民とは隔絶された上級社会に生きる人々。

 弱肉強食のこの世界において、唯一自由にふるまうことを許された超常の力を持つ特権階級……。



 魔物の多い土地にこれほどの畑と家を構えて暮らしていける理由が、これで分かった。

 この家は、魔導士だけが使えるという『魔物を防ぐ秘法』で守られている。いや、家どころではない。おそらくこの【リング・クレーター】の内部すべてが、その領域に包まれているのだ……!


「ねえ、どうしたの? ターク……」

 悲しそうな声でエコがタークに問う。


「俺は……」

 タークは俯き、エコを視界から外した。

(俺は、魔導士に父親を殺されたんだ……)


 思いは頭の中で渦巻いたまま、タークはなにも答えずにうなだれていた。

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