第4話 ファイアー・ボールについて詳しく知りたい


 おぉー。


 思わず声が漏れる。馬車から遠目に見えるラクストンのご自宅はけっして巨大ではないが、現代日本の価値観から言えば見事なまでの豪邸だった。もちろん一軒家で2階建て。


 といっても場所は見るからに辺境のド田舎だ。そうは言っても、ラクストン夫妻はこの辺りでもそれなりに有名な豪農として知られている。


 豪農と名が付いているものの、実際のところ農民に土地を貸して賃料と穀物を年貢のように得ているだけで作付けはしていないとのこと。現代日本では地主であってもそれは農家とはいわないだろう。聞いた限りでは実質、下級貴族くらいの扱いではなかろうか。


 あぁ、それにしても普段なら絶対することはない、『見ず知らずの他人の家に泊まるという判断をしてしまった』、と今更ながら不安になってくる。


 とはいえ状況が状況なだけに、渡りに船ということで甘えてしまおう。異世界に来たばかりで宿を探すのはもっと嫌だ。


 馬車の音を聞きつけて、既に玄関からメイド二人が出迎えている。


 壊れかけた馬車とボロボロの服装を見て、すぐに何かを察したようだ。

「ご、ご主人様、そのお姿は一体どうなされたのでしょうか?」


「護衛の馬車はどうしてしまったのですか? もしかして魔物……? あぁ、どうしましょう、どうしましょう!! 」


 ラクストンとクロナラから先ほどの顛末を聞いて大変うろたえている。

 そりゃそうだ。


 そうそう。普通の人のほかにも何タイプかの獣人がいるらしいが、この大陸には少ないとのことだった。様々な顔立ちの人がいるせいか、メイドを含めて、この自分の見た目にもツッコミはなし。いちいち面倒な説明しなくていいのは正直助かる。


 幸いなことに子供二人はすでに巣立ってしまっていて、その空き部屋を1つ使っていいとのこと。せっかくの機会、この世界の様子が分かるまで、もうしばらくお世話になってもいいかもしれない。


 貪欲にがめつく、図々しく。

 いちおう命の恩人だから多めに見てくれることに期待して。


 もちろん一泊して問題なければの話なのは言うまでもない。ちなみにもう一つの空き部屋は既にアンラが使っている。


「アンタ、いや、サイといったかしら。ちょっとこっちに来なさい!」

 一体なんなんだろうか? 

 どうやらろくでもない話のような気がものすごくするのだが……。


「特別に空き部屋の一つを使わせてあげるわ。本当はもう一つも使う予定だったのだけれど、アンタは命の恩人らしいから、特別に許す。感謝しなさい!!」


 お、おう。


「あ、ありがとう??」

 でも、ここは君のお家ではないはずだよね??

 いつもこんな強気な感じなんだろうか。


 ああ、分かった、これはツンデレだ。

 よもや現実にいるとは。


 それはそうと、ラクストンは休む間もなくギルドにすっ飛んでしまった。


 その間にクロナラに言われるがまま、使われていない巣立った息子の服を譲ってもらう。ついでに靴も。


 いやー、助かる。

 現代日本の姿恰好のままで外を歩くのは色々と危険すぎる。


 おばさん、グッジョブ!


 部屋に入ると大きなベッドが目に入る。

 横たわると意識が遠のいていく。


 そうだよな、色々なことがありすぎた……。




 翌日。


 目を覚まし、パンとスープの朝食を終えた俺は家や庭を散策することにした。敷地もそれなりに大きく、裏庭は森に面していて人の気配はまったくない。といっても周囲で魔物がでることはまず無いらしく、安心だ。


 午後は近所にある日常火焔魔法を習得できる石碑まで案内してくれる約束だから、午前中は時間がたっぷりとある。


 魔法の練習もしていいと許可も頂いたので、森の脇で火事にならないよう気を付けて解消したい疑問を片っ端から解消していく。というのも何を置いても火焔魔法について知る必要があるからだ。発動条件、魔力消費量、クールタイム、連続発動回数などなど。


 これらの基礎情報は知っておいて越したことはない。念のため、誰にも見せないよう細心の注意を払っている。まだ手の内は極力見せたくない。特に状況が呑み込めていない今は尚更だ。


 色々とやってみて分かったことは、魔法の発動には具体的なイメージが重要であることだ。つまり想像した火球になるべく近いものが出現する。


 どこまで威力が大きくなるか検証したい気持ちもあったが、お世話になっているご夫妻に迷惑をかける訳にはいかない。それに体力ゲージがぐんぐんと削がれる感覚が強くなってきた。


 未知のことだけにもっと慎重にせねば。昨日と同じく魔法陣は現れなかった。この辺りもゲームとは違う。


 クールタイムは10秒~3分ほど。これは火球の大きさや密度、速度によって全く違った。同じ魔法だからといって全く同じ条件は当てはまらないことがよく分かる。


 1発撃つ事に体力がなくなり、連続発動を試すための火焔魔法を100回放ったところで力尽きてしまった。今後の課題と言えよう。


「ステータス・オープン」


 ご夫妻に教えてもらったステータス画面の出し方だ。しかし魔法消費量は表示されない。ラクストンも知らない以上、不便だが今は我慢しよう。おそらく雰囲気的にはそれ位の数字は出せそうな気がしてならない。今のところ【戦闘火焔魔法(超級)】のみが表示されている。


 午後は約束通り石碑の場所に案内してもらい、難なく【日常火焔魔法(超級)】を取得できた。


 いや、こっちも超級なのか(笑)。


 一緒に付いてきてくれたアンラが、自慢げに日常火焔魔法(初級)の使い方をレクチャーしてくれる。


「神聖なる炎の魔法よ、我が指先に顕現せよ。トーチ・ファイアー!」


 ごく簡単な呪文のような言葉を指先に意識を集中させながら唱えるだけで炎が出てくるらしい。野営や調理の際に重宝する魔法だという。もちろん灯かりにもなるようだ。


「あちちっ!」

 しかし、俺が詠唱をすると指先から猛烈な勢いで火柱が上がった。危うく髪の毛が焦げるところだった。危ない危ない。


「ちょっとアンタ、何やってんのよ!!」

 すぐにアンラからお叱りが飛んでくる。


 慌てて炎を絞り出すようなイメージに変更すると、ローソクの火レベルまで収まった。そうそう、これ位でちょうどいい。


「あぁー、もう、まどろっこしいわね。日常火焔はこう使うのよ! こうよ、こう!! 違う違う、そうじゃない!!!!」

 さらに具体的な指示が飛ぶ。


「……ていうか、アンタ。さっきの魔法の威力が超おかしいんですけど!? アタシより大きな炎が出せるとか超絶あり得ないんですけど!!」


「と、言われても。出たものは出たとしか……。」


「ふんっ! ツッコミどころがあり過ぎるけど、まぁいいわ。とにかく、【アタシの特訓】の成果で習得できたってことね!」

 ……って、それでいいのか。ありがとう?


 この日常火焔魔法はさすがに基本中の基本の魔法だから、この地域のほぼすべての人が習得しているらしい。俺も遅ればせながら、ようやくその仲間入りだ。実は俺は呪文を使わなくても日常火焔魔法を発動できるのだが、ここは周囲に合わせておこう。


 日常火焔と戦闘火焔の違いだが、これは文字通り『火力』が異なるというのが大きい。日常系魔法は料理用の火を起こしたり、明かりをともしたりするのに使う。


 対して、戦闘系魔法は威力が全然違ってくる。そしてそれよりも重要なのが、人間や魔物相手に使えるのが戦闘火焔らしい。


 それにしても魔法の習得かぁ。


 正直、面倒なのは嫌いなのだが、石碑を見るだけでスゲェ技術が習得可能というのであれば話は別だ。


 あまりにもチートすぎる。

 ましてや暗記さえ不要とは。


 これはもう、大陸全土を回ってすべての魔法を習得してしまうしかあるまい。


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