ブサイク令嬢のボディブロー

アソビのココロ

第1話:炸裂するボディブロー

「サラ・チャールストン侯爵令嬢。貴方との婚約を破棄させていただく!」


 華やかな夜会、少しだれてきたタイミングで私の婚約者ニコラス・フェアファクス侯爵令息の声が響く。


 はあ、そうですか。

 声には出さないが、そんな気はしていました。

 二人で会っても、最近シラけてましたもんね。


 できればこんな夜会の場じゃなくて、ただそう通知していただければよかったのに。

 主催者に悪いと思わなかったのかしら?


「破棄の理由は、貴方の面相がブサイクだからだ!」


 ええ、わかっておりますとも。

 でもそんなストレートに言語化すると思わなかったよ。

 出席者の皆さんは紳士淑女だから腹筋をひくつかせるだけですんでるけど、場所が場所だったら大爆笑だよ?


 あっ、これはあれか。

 あえてコメディ仕立てにすることで、主催者や出席者に楽しんでもらおうという趣向だな?

 となれば私もその心意気に応えねばなるまい。


「謹んでお受けいたします。ニコラス様。一言だけ、私の方からよろしいでしょうか?」

「もちろんだ」


 あれ、何を言われるかと緊張していますか?

 今の私はエンターテイナーですよ?

 扇を顔の前から外し、出席者の皆さんの方へ向き直り一言。


「ぶひ?」


 やたっ、ウケた!

 私の顔がブタに似てると陰で言われていることは知っていますとも。


 会場大盛り上がりの中、ニコラス様の手を取って皆様に挨拶。

 最後にボディブローを放ってニコラス様を悶絶させ、もう一度笑いを誘ってから夜会の場を後にする。


 これがざまあか。

 ちょっと違う?

 はあ、涙ちょちょぎれる……。


          ◇


「ステファニー嬢が亡くなられた」

「えっ?」


 王都にある我がチャールストン侯爵邸のお父様の書斎にて、衝撃の事実が告げられた。

 ステファニー様と言えば、ギャヴィストン公爵家の令嬢だ。

 年齢は私より二つ上で、第一王子ジャスティン殿下の婚約者として知られている。


「自殺だそうだ。お妃教育の過酷さに耐えかねての」

「そうなのですか……おいたわしいことです」

「公式発表は病死とされるがな」


 もの静かでお優しい方だった。

 ブサイクな私にもよく声をかけてくださった。

 あの方が王妃となられるならば、王国も安泰だったろうに。


「それでサラに打診が来ている」

「何のでしょうか?」

「婚約の打診だ。ジャスティン王子との」

「えっ?」


 ジャスティン殿下ってアレでしょ?

 性格オレ様キラキラ王子という噂の。

 ステファニー様が耐えられなくなったのも、王子の我が儘に対してなんじゃないの?


「ええと、何故私が?」

「年周りの近い高位貴族の令嬢は皆婚約済みだろう? 先日婚約破棄されたサラしか空きがない」


 ぶっちゃけ理由がひどい。


「サラの頭脳は僕に似て非常に優秀だから、お妃教育も問題なくこなすだろうという王家の判断なのだ」

「問題は頭蓋骨の内側ではなく、外側の造作もお父様に似てしまっていることだと、愚かな私は考えますが」

「それに関しては本当に申し訳ない」


 財務大臣を務めるお父様は非常な能吏だと評判だが、その顔はやはりブタとも闘犬とも言われている。


「ジャスティン殿下の婚約者なんて、婚約破棄されたばかりの私には大変名誉なことですけれども、顔面偏差値で足切りを食らってしまうのでは?」


 デビュタント前のもっと若くて可愛い令嬢という手もあるのでは?

 しかしゆっくり首を振るお父様。


「僕も王家内部の事情に通じているわけじゃないが……。精神的にタフな令嬢というのはなかなかいない、ということなんじゃないかと」

「あっ!」


 察した。

 やはりジャスティン殿下の性格からくる無自覚無神経な攻撃に耐えられるのが私しかいないんだな?


「了解です。ミッションをお受けいたします」

「理解が早くて助かるよ。さすが自慢の娘だ」

「顔で拒絶されてしまった場合はごめんなさい。私ではどうにもなりません」

「それは僕の罪だから」


 互いの乾いた笑いが響く。


「サラはカレッジ卒業まで一年間を残しているだろう? お妃教育と被って相当厳しいと思うが……」

「それは問題ありません。首から上は頭蓋骨の内側も含めてお父様似ですので」

「ハハッ、頼もしいね。数日以内に正式な要請が来るから、そのつもりでいてくれ」

「わかりました」


 他人事のように考えてしまいます。

 どうなることやら。


          ◇


「やあ、サラ嬢聞いたよ」

「先生」


 カレッジの中庭で、薬学のルイス先生に話しかけられた。

 大柄でよく笑う、私とは波長の合う方だ。

 私の専攻の主任教授でもある。


「ジャスティン様の婚約者に推されているんだって?」

「ええ。本決まりではないのですけれども」

「本決まりみたいなものだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、何しろ他に候補がいない」

「どうしましょう。無投票で当選ですよ」


 無責任に笑い合えるこの時間が素敵。


「でも私なんかでいいんでしょうか? やや年が離れていいのならば、何人か候補として良さそうな方いらっしゃいますよ? 他国からという手を含めれば選り取り見取りですし。わざわざ私のような婚約破棄された傷物を選ばなくても」

「お父上のユージン大臣から聞いてないかな?」

「何をです?」

「ジャスティン様の人となりについて」

「聞いてはおりませんが、私の精神的タフさが買われているようなことは言っておりました」

「ハハッ、さすがユージン様だな」


 何がさすがなのだ。

 不安しか覚えないんだが。


「サラ嬢はジャスティン様については?」

「お顔くらいしか。四つ年齢が離れておりますので、カレッジでも私が入学の年に殿下は御卒業だったんです。すれ違いだったんですよ」

「そうだったか。留年させておけば良かったな」

「あはは、ルイス先生ったら」


 ルイス先生大真面目ではありませんか。

 えっ、ジャスティン殿下って?


「座学の成績はあまりよろしくなかったな。まあ地頭の悪い人ではないんだろうが」

「……元の婚約者であるステファニー様の悲劇は?」

「期待が重過ぎた、という背景があったと思う」


 殿下のおつむの出来がよろしくないから婚約者への比重が高くなり、ステファニー様がプレッシャーに潰されてしまったのか。

 お可哀そうなステファニー様。

 そして外国に恥を晒せないから、そっちからも嫁を取れないんだな?


 ん? ちょっと待てよ?

 そんな不良物件を押し付けられそうな私ピンチ?


「ええと、婚約者に指名されるのは非常に光栄なのですけれども、辞退した方がいい気がしてきました。非常に光栄なのですけれども!」

「うん、サラ嬢が心にも思っていないことを強調するクセがあることは知ってる」

「どきっ! い、嫌ですねえ、あんまり鋭い考察は女生徒に嫌われますよ」


 何故ルイス先生は肩を竦めたポーズなんか取るんですか。


「断るとして、どんな言い訳をするつもりだったんだい?」

「お、お腹が頭痛で……」

「再提出」

「顔面ブタ症という奇怪な病に侵されていて……」

「サラ嬢は決して美人ではないけれども、笑顔はチャーミングだよ。決して美人ではないけれども」

「どうして二度仰ったんですかね?」

「ああ、すまない。研究者として強調すべきポイントだったからかな」

「どうせなら『笑顔はチャーミング』の方を繰り返しでお願いします」

「笑顔はチャーミングだよ」

「もう一言サービスしてください」

「性格もチャーミングだよ」


 どうしてかしら?

 褒められた気がしないんですけれども。


「ジャスティン様には引っかかる点もあるんだ。でも噂ほど悪い男じゃないよ。サラ嬢も面白い話があったら教えてくれたまえ」

「面白がる気満々じゃないですか」


 別にいいですけれども。

 近い内にジャスティン殿下と顔合わせすることになるんだろうなあ。

 気が重い。


          ◇


「……というわけで、この顔は動物ウケはいいんです」

「あはははは!」

「おほほほほ!」


 今日は陛下と王妃様、ジャスティン殿下と初顔合わせの日だ。

 一部知人の間で芸人令嬢と言われている私の話術に、陛下と王妃様も虜のようですよ?


 しかしおかしいな、ジャスティン殿下は無反応だ。

 ジャスティン殿下ほど整った顔立ちだと、顔面ジョークの味がわからないんだろうか?

 私の方をじっと見ているところからすると、興味がないわけでもなさそうなんだけど。


「さすがは才女と噂のサラ嬢ですね。話が軽妙で面白いですわ」

「恐縮です」

「サラ嬢」

「はい、ジャスティン様」


 ジャスティン殿下の声初めて聞いたよ。

 落ち着いていて渋い声だわー。


「美しいな」

「何をおっしゃいますか。美しいのはジャスティン様の方ですよ?」


 さすがは王族だなあ。

 外国の要人との付き合いも多いからか、お世辞がストレートだ。

 でも自分がブサイクなことは承知しておりますから、ムリしなくてもよろしいんですよ。


 あれ? 陛下と王妃様は何をビックリしていらっしゃる?


「……ジャスティンが他人を褒めるとは……」

「珍しいことも……いえいえ、よろしいんですのよ」


 えっ? ジャスティン殿下って褒めない人なの?

 ひょっとして今のは皮肉だった?

 だとしても私の返しは間違ってないからいいか。


 あれ、でも元婚約者ステファニー様にはどういう対応だったんだろ?

 甘やかな言葉を囁いてたんじゃないの?

 あるいは性格オレ様の噂が本当だとすると、ナルシスな強要を?

 情報を集めなければならんな。


「庭でも散策しないか? 花の美しい季節だ」

「それは嬉しいですね。お誘いありがとうございます」


 陛下と王妃様、お父様の生温かい目に見送られ、王宮の庭に足を運ぶ。


          ◇


「まあ、綺麗!」


 さすが王宮の庭だ。

 様々な品種のバラがこんなにも美しい。

 庭師の腕がいいんだろうなあ。

 バラにメッチャ手がかかることは知ってるよ。

 私も育てたことあるからね。


「サラ嬢ほど美しくはないさ」

「まあ、ジャスティン様はお上手ですね」


 何だろう? 私の機嫌を取ろうとする意図がわからない。

 陛下や王妃様にそうせよと口うるさく言われているのか?

 それともステファニー様を失ったことを悔いての贖罪か?


「ステファニーもサラ嬢くらい美しければな」

「……は?」

「ああ、すまない。他の女性の名を出すなどマナー違反だったな。許してくれ」


 いやいや、無神経な言い草はスルーするとしても。

 ステファニー様は真珠に喩えられるほど美しい方でしたよ?

 これはまさか……ジャスティン殿下の美的感覚っておかしい?


 ジャスティン殿下が照れたようにそっぽを向いて言う。


「オレは粗暴で頭が悪いらしくてな。サラ嬢のような美しく聡明な女性が傍にいてくれると考えると、嬉しい」

「そ、そんな……」


 どうした私の脳細胞!

 ちょっとおだてられたくらいで機能停止してどうする!

 やっとのことで声を絞り出す。


「……精一杯務めさせていただきます」

「ああ、よろしく頼む」


 ひー、今日は顔合わせだけじゃなかったのかよ。

 婚約成立みたいになってますよ?


          ◇


「サラ、聞いたわよ」

「アイリーン」


 カレッジにて、講義の始まる少し前にこそっと話しかけてきたのは、アイリーン・ウェッジウッド侯爵令嬢だ。

 家格も近く同い年ということで気安く話せる仲でもある。


「第一王子ジャスティン殿下と婚約ですって? どうして教えてくれなかったの?」

「どこで聞いたのかしら。正式に婚約したらもちろん話してたわよ」

「あっ、まだだったの? ジャスティン殿下があなたのことを婚約者だって、周囲に触れ回ってるから」

「そうなの?」


 私ですら知らない情報なのに。

 まったくアイリーンは地獄耳なんだから。


「で、どうなの?」

「と言われても、一度顔合わせで会っただけなのよ。何故か気に入られて」

「サラはウィットの塊だもの。羨ましいわ」

「それが私のことを美しい美しいって」

「あはっ、こんなところでウィットを発揮しなくてもいいのよ?」


 ウィットじゃねえよ。

 事実なんだよ。

 困惑気味のアイリーン。


「そういえば……ステファニー様とジャスティン殿下の間はギクシャクしていたらしいわ」

「ええ。ジャスティン様も『ステファニーもサラ嬢くらい美しければ』って言ってた」

「だからもうウィットはお腹一杯だってば」


 ウィットじゃないとゆーのに。


「事実だってば。変でしょ?」

「変ねえ」

「あなたの能力で調べられない?」


 世の中には数十人に一人の割合で魔力持ちが存在する。

 偶然だが私もアイリーンも魔力持ちであり、それで仲がいいということもあるのだ。


 侯爵家の息女ともなると、魔法の力を正しく自分の興味のある方向へ伸ばす教育を受けることができ、カレッジでも魔法の特別講座がある。

 アイリーンは『早耳の術』の使い手であり、世のゴシップを集めまくるという趣味に活用している。


「わかったわ。任せて」

「お願いね」

「ところでお妃教育はいつから?」

「婚約の公式発表が終わったらすぐに始まるって聞いた。数日中だと思うわ」

「まあサラは頭いいから全然心配してないけどね」

「ちょっとは心配してよ。私のか細い神経が焼き切れそうなの」

「あははははっ! ウィットでデザートまでつけてくれるの? 御馳走様」


          ◇


 三日後、ジャスティン様と私の婚約が公表された。

 皆さんにおめでとうとは言われたが、どこかよそよそしいというか。


 口の中にピーチパイを放り込みながらアイリーンが言う。


「ライバルがいないじゃない。年齢が似合いで高位の貴族令嬢が他にいないんだもの」

「わかる」

「ステファニー様の件があるわね。お妃教育期間が異常に短くなって地獄というのも皆の知るところ」

「それもわかる」

「大体ジャスティン殿下の評判がよろしくないじゃないの。威張り散らしているばかりの能なしだって」

「それはどこまで本当なのかしら? 実際にジャスティン様とお話してて嫌な気はしないんだけど」


 もっともルイス先生によれば、座学の成績が悪かったのは本当らしいが。


「ジャスティン様の評判が悪ければ得する人がいるでしょう?」

「それって第二王子アレックス殿下のこと? だけど……」


 そう、アレックス殿下は正妃様の子ではない。

 側室腹だ。

 よほどのことがない限り、ジャスティン様が廃嫡されることなどあり得ない。


「よほどのことがあり得る、そういうこと?」

「それはわからないわ。でもアイリーンなら、真のジャスティン様像とステファニー様の死因に迫れるんじゃなくて?」

「サラがそこまでジャスティン殿下に入れ込むとは思わなかったわ」

「ジャスティン様がすっ転げあそばすと私まで身の破滅なの。わかるでしょ?」

「美しいと囁かれて意外と効いちゃってるのはわかったわ」


 思わず顔が赤くなる。

 図星を突くな、アイリーンめ。


「あはっ、そっち方面に絞って探ってみるわ。それからジャスティン殿下、サラのことを美しいって、周りにかなり言ってるらしいわよ」

「ええ? 『ブタの世界では』とかの言葉くっついてない?」

「くっついてないわ」

「本気なのかなあ?」

「かもね。嬉しい?」

「……うん」


 私だって一七歳の乙女なんだもん。


「アイリーンはカレッジを卒業したらすぐ結婚なの?」


 アイリーンの婚約者はサザーランド公爵家の三男ライオネル様だ。

 王国騎士で黒髪美形の優良物件。


「いえ、ライオネルは辺境への従軍義務期間に入っちゃうの」

「あら、タイミングが悪いわねえ」

「そうでもないのよ。私ももう少し魔術の研究続けたいし、卒業後は人脈を広げやすい時期でもあるから」


 アイリーンは偉いな。


「調べごとは親友の私に任せて、サラはお妃教育に専念なさいよ」

「うええ、あまりの重圧に私の顔が潰れてしまう」

「これ以上潰れてもあまり変わらないと思うから大丈夫よ」

「変わらなくてもぶひって声が出ちゃう」

「あはっ、それより親友の私にお土産はないの? すごく美味しいピーチパイだったけれども」

「ごめんなさい。ピーチパイはもうないわ。でも同じ桃のシロップ漬けがあるから持っていきなさいな」

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