魔装―魔を断つ鬼ー

上佐 響也

壱話

日の光が落ちた夜の帳、京に数多有る寺院の中には武を祀る物も存在する。

ヤマトに複数建つ阿修羅院はその1つ。そして京の阿修羅院は碁盤の目のように区画整理された街中の東側、その一角に区画の半分を使う程度には大きく建つ。

人の通りが一切感じられない境内で素振りをする男が居た。

一心不乱にただ刀を振るう。

件の阿修羅院は少々荒れている。冬も間近だが枯葉が全く掃かれていない。

阿修羅院の僧侶一家を知っている者が見れば必ず違和感を抱く。

この阿修羅院は非常に働き者の娘が巫女を務めている。彼女は風邪でも引かない限り必ず境内の掃除をして植物に水をやる。枯葉が全く掃かれていないなんてことは有り得ない。

そもそも彼女が風邪を引けば両親が大騒ぎをして周囲が微笑ましくそれを眺めるのが阿修羅院周辺の日常だ。

それが無い。

僧侶一家の姿を誰1人見ていない。

そして謎の侍らしき修行者。

だから、男が来た。

京を犯罪から守る憲兵隊に混じって表情の無い少年が阿修羅院に向かう。

憲兵隊が腰に刀、手に槍と松明を持ち阿修羅院に向かう中で彼だけが腰に差した刀のみだ。着物の布が擦れる音もしない独特な歩き方をする為に憲兵隊からは気味悪がられている。

松明の光に導かれ阿修羅院に集まった憲兵隊は直ぐに背を向ける男を包囲し隊長が尋問を始めた。


「貴様、この阿修羅院の者か?」


男は振り返らずに素振りを続けた。

まるで耳に届いていない。聴覚が無いのかと思うほどの完全な無視だ。彼は10人もの人間が背後を包囲しているのに全く反応しない。

隊長が不機嫌に声を荒げ槍を男の足元に突き刺し視界に割り込んだ。


「何用か?」


酷く枯れた声で男が隊長に応えた。首は振り返らずに声だけだ。


「怪しい奴、何故此処で素振りをする?」


隊長はそう質問しながら数名の憲兵隊員に僧侶の家を調べるように手振りで指示を出した。

隊長は男に尋問を続けようとしたが、男は流れるような動作で向き直り刀を隊長に向け振り被る。

流麗な、遠目には遅いとも思える太刀筋が隊長を捉え肉を削ぐ。


「狂うたか!?」


左肩の肉を削られながらも冷静に後退した隊長は右手の力だけで槍を縦に振るい男に穂先を叩き付ける。刀を斜めに傾け受け止めた男に対して少し槍を引き胴へ突き刺す。

刃が肉に刺さる感触を確認した瞬間、槍が無くなった。

隊長が突く為に伸ばした右腕、それが肘の長さで途切れていた。

男の手には、先ほどまでの刀は無い。

膨張した右腕が握る刀は肉のような物質に変わり果て、巨大な何かに変質する。

辛うじて剣のような棒状の形を保ちながら振るわれた肉の塊が隊長の腕を貪っている。


「鬼! 貴様の相手だ!」


腕を失った苦痛に耐えた隊長の指示に、少年が動いた。

腰の刀に手を伸ばし鯉口を切り、柄を右手で握る。

抜刀の構えから、勢いを付けて納刀する。

納刀の金属音に合わせ少年の周囲に巨大な赤い装甲が火の揺らめきの様に現れる。

額に2本の角を生やし左腕の装甲が厚い。

少年が握っていたはずの刀は身の丈程の太刀に変貌し男が握る肉の棍棒を居合抜きで下段から打払う。

男に肉薄し上段から打ち合う。力任せに男を押して憲兵隊から引き剥がし2人だけの戦闘距離に追い込む。

肉剣の斬撃を捌く。

振るわれる度に刀身から肉が伸び赤鬼の装甲に傷を付けようと狙ってくる。

僧侶一家の安否など全く気にせず赤鬼は男との剣戟に身を置いた。

肉剣を弾き伸びる肉を躱し男の身体に刃を届かせる。

脇腹の肉を薄く抉った。

大の男の身の丈以上もある太刀が抉ったのだ、薄くとはいえ傷は浅くない。

その傷に肉剣から肉が伸び男の傷を塞ぐ。肉剣から剥がれ肉片と成り、ついには男の身体と同化した。

憲兵隊が気持ちの悪い光景に口を抑える中、間近で見ているはずの赤鬼は何の反応もしない。見慣れた光景なのか彼は何の躊躇いも無くただ太刀を振り続ける。

男の上段から左への斬撃に赤鬼は右からの斬撃を合わせ刀身を下段に流すよう逸らす。刀身が腰を抜けて背に流れ、柄頭にて男の腹部を突き上げた。

阿修羅院の周囲を囲む外壁に男が叩き付けられ、激昂し右腕と肉剣が肥大し長く伸びる。力任せに振るわれた肉剣は遠心力で伸び境内に有る物全てを打撃する。憲兵数名が叩かれ肉を噛まれ、前に出た赤鬼が太刀で肉剣の軌跡を上に逸らす。それでも狛犬が破壊され本殿に達した肉剣が内部に立つ阿修羅像を打ち壊す。

そして、僧侶一家の母屋にまでその刀身が届く。

内部を確認に行った憲兵のパニックになる声が届き、男は憲兵隊の混乱を利用して跳躍する。

打たれた本殿に飛び乗り瓦屋根の上から鞭のようにしなる刀身で赤鬼へ打撃を向ける。

赤鬼は3合目で肉剣を上に弾き前に出る。肉剣の剣戟は続くが弾く方向を調整し前に出る時間を長く稼ぐ。

そして待っていた攻撃が来た。

正面から赤鬼を突き刺すような打撃。刀身の先端が野生の獣のように大きく口を開き牙を赤鬼に向ける。

赤鬼は太刀を横に向け肉剣の口を上下に断つように刃を走らせる。

肉剣自体の再生能力は高くは無かった。広く上下に分かたれた刀身、男は心此処に有らずといった様子で肉剣を両手で持ちながら茫然と焦点の合わぬ目を赤鬼に向ける。

1秒毎に少しずつ接合される肉剣、赤鬼はその一部を完全に切断し刀身を足場に男へ肉薄する。太刀を弓のように腰に引いて構え、突きで男の首を撥ねた。

そこでは止まらない。

肉剣を握る左腕を断ち斬り膨張した右腕、その最も細い手首を肉厚な太刀で突き刺し完全に切断する。

肉剣が蜥蜴のように地を這い赤鬼から距離を取る。切り離された部分を取り込み神木の元まで這い動くとその口を大きく開き根本に向け牙を突き立て穴を掘る。


「逃がすな!」


隊長の叫びに赤鬼は応えず瓦屋根の上に立ったままだ。


「おい! 聞いているのか!?」


なおも無視して赤鬼は母屋を見た。

数名の憲兵が何とか崩れた母屋から僧侶一家を助け出していた。大小の傷の違いはあるが全員が無事のようだ。

それを確認して赤鬼は瓦屋根から降りた。

高さを感じさせない軽い降り方を憲兵たちが気味悪がるが赤鬼は全く気にせず神木の根本に体を半分以上潜らせた肉剣を見る。

太刀を上段に構え小さく何かを呟いた。


「神仏無頼、加護無用」


太刀が薄らと赤く光る。


「業火を以って灰塵を築く」


やがて周囲が思わず下がってしまうほどの熱量を発した。


「業炎、滅刀」


鍔から太刀へ、炎が噴き出る。

太刀を、家屋が溶ける程の熱量を持った炎を赤鬼はまるで何でもないようにただ上段に掲げる。

大股の踏み込みで神木に肉薄し一刀を振り下ろし斜断、神木内の肉剣に火が届く。

振り抜いた勢いから引き絞り、神木の根本で暴れる柄を突きにて切り離す。

神木の断面から飛び出した肉剣が金切声を発する。苦痛に悶え赤鬼を狙うが異常な高熱を発する太刀に近付けない。

やがて逃げ場を失った肉剣に赤鬼が静かに止めを刺す。


「討魔、完了」


太刀を一振り、それだけで太刀を包む業火が失せる。

肉剣がただ炎に包まれ焼却される。

酷く鼻に付く悪臭を漂わせながら神木と共に夜を照らす。既に松明は意味を成さず阿修羅院周辺の住民たちが野次馬のように遠目に見物している。

赤鬼は納刀の為に太刀を鞘に当て納刀の一言で太刀を納めた。

納刀の完了と共に赤鬼の装甲が消滅し少年が彼の身長より少し高い位置から地面に着地する。

眼前の神木を見て阿修羅院境内の井戸へ向かう。

桶から水を汲み既に焼却寸前の神木の消火を始めた。

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