第30話 勇夢が与えた
勇夢と品川駅で合流した千沙都は世間話をしながら目的地である水族館へと向かった。
「ここは自分が出しますよ」
当然の様にそう言い、千沙都が自分の分は自分で出すと伝えると、それなら昼食を奢ってくださいと言われた。
(それなら……まぁ、良いか)
少し高めの昼食をご馳走すれば、十分につり合いが取れると思った。
そしていざ水族館の入口ゲートを通ると……目の前には何故かメリーゴーランドがあった。
その光景に、千沙都だけではなくこの水族館を選んだ勇夢まで驚いていた。
(鳴宮は、知らなかったのか?)
チラッと隣を見ると、思わず吹き出してしまいそうになるぐらい面白い顔で驚いている勇夢がいた。
当然、勇夢はある程度デート場所に選んだ水族館を調べていたので、入って早々の場所に水族館があるのは予想していた。
ただ……実際にその光景を見たら、驚かずにはいられなかった。
二人はそのメリーゴーランドに乗る……ことはなく、奥のエリアに進んだ。
「……綺麗だな」
無意識に呟いていた。
(水族館とは、こんなに綺麗な場所だったか?)
高校生、大学生とそれなりに交友関係はあり、多くの場所に遊びに行ったが……水族館に行った記憶は殆ど残っていなかった。
微かに残っている記憶といえば……そこまでつまらなくはないが、楽しくもない。
だが、その考えは目の前の光景を見て一気に覆された。
今度は勇夢に横顔をチラ見されているが、そんな事に全く気付かないほど目の前の光景に夢中だった。
人がそれなりにいる中、二人はじっくりと見て回った。
普段はあまり写真を撮ったりしない千沙都だが、今回は自然とスマホに手が伸び……魚たちを何枚を取っていた。
夢中になり過ぎて、勇夢が素の表情を撮っていることすら気付かない。
この時、千沙都は完全に隣に立っている人物が、自分を脅して関係を持とうとした男子生徒だということを忘れていた。
「ここは私が奢るぞ」
友人と話すかのような軽いトーンで声を掛け、カフェバーで自分のジュースと勇夢が欲しいジュースを購入し、次のエリアへ。
「最近の水族館は凄いな」
時間が経てば、物はアップデートされていく。
それは当然のことかもしれないが、千沙都はクラゲたちが一本の柱の中でぷかぷかと浮かび、周囲が暗いこともあり……先程のエリアとは違う楽しさがあった。
(水族館は……こんなに楽しい場所だったんだな)
千沙都にとっては、竜弥と来ていればもっと楽しいと感じる場所かもしれない。
ただ……今日この水族館に千沙都を連れてきたのは、勇夢だ。
今日感じた楽しさを千沙都に与えたのは、紛れもなく勇夢であることに変わりはない。
そんな細かいことなんて、千沙都の頭にはなかった。
それほど久しぶりに訪れた水族館は楽しく、昼過ぎになるまでの時間があっという間に感じた。
「俺、水族館のイメージがガラっと変わりました」
「私もだ。つまらないという感想を持つことはなかったが、今までそれ以上の感想を持ったことがなかった」
勇夢にとっては心の底から嬉しい感想であり、千沙都は心の底から零れた言葉だった。
また行ってみたい。
そう思える水族館だと思いながらも……既に勇夢がここで昼食を食べようと決めていた場所へと向かう。
(運動部に入っていないとはいえ、やはり学生だ。肉か?)
昼から焼肉……それはそれでありだと思った。
値段は水族館の入場料金より高くなってしまうかもしれないが、千沙都も焼肉は好きなので特に問題はない。
社会人なので、それなりにお金には余裕がある。
(それとも回転寿司か? ラーメンも悪くない……いや、久しぶりにマ〇クも良いな)
千沙都は勇夢がどんな店を選ぼうとも、文句を言うつもりはなかった。
文句なんて……言うつもりは全くない。
それでも、付いて行った場所を見て……これはちょっと、という思いを持った。
(ホテル……だよな)
どう考えても、一般的な店ではない。
「な、鳴宮君……本当に、ここで合ってるのか?」
「はい、今日はここを予約しました」
勇夢が予約した店は、ホテルのビュッフェ。
高校生が異性とのデートに連れていく店ではないが、次はいつデートできるか分からない……そんな勇夢にとっては、昼食代が高くとも勿体ないという気持ちは一ミリも起きない。
「すいません、予約してた鳴宮勇夢です」
「鳴宮様ですね……ご予約ありがとうございます。お席にご案内いたします」
慣れた様子でウェイトレスに案内される勇夢の後ろに、千沙都はまだよく状況が飲み込めないまま付いて行く。
(い、いったい幾らするんだ?)
千沙都はウェイトレスからの説明が全く頭に入ってこなかった。
それもそうだろう。
どう考えても……水族館代以上のお値段を感じる。
「千沙都さん、料理を取りに行きましょう」
「あぁ……そうだな」
とりあえずバイキング形式なのは解り、ひとまず値段のことは忘れて皿に料理を移し……席に戻って一口食べた。
(ッ! 美味しい!!!)
オニオンソース付きのローストビーフを一口食べ、思わず大きな声で感想を口に出しそうになった。
人は単純で、美味い料理を食べている間は嫌なこと、先程まで疑問に思っていたことなどを綺麗さっぱり忘れてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます