第4話 合コン①
その後、合コンメンバーと集合して予約していた居酒屋に着く。
6人テーブルを2つ借り、『20分で席替えをしていこう』とのルールで始まった合コンは、各自お酒や料理を注文しながら順調に進んでいた。
「ねえねえ、
「休日は……お料理とか、アルバイトがある時はアルバイトをしてるわ」
「えっ、その歳で料理できるの!? めっちゃ凄いじゃん!」
「ふふ、ありがとう」
それぞれ一対一で交流を深めている現在。
(なんか、めっちゃ楽しそうに話してるし……。玲奈、慣れてるのかな……)
同様に正面に座る女の子と会話中の蓮也だが、意識は玲奈の方に向いていた。
別の男と夢中になっているような玲奈が気になって仕方がなかったのだ。
聞き耳はずっと立てている状態だった。
「あ、これも聞いておこうかな!」
「うん?」
「月宮さんはどんなアルバイトをしてるの? やっぱりモデルさんとか?」
「そんな大層なものじゃないわよ。カフェの店員を」
「カフェの店員か! なんか月宮さんらしいバイトだね」
「そうかしら」
「うんうん! でも、カフェの店員って大変でしょ? 月宮さん美人だから、月宮さん目当てで通ってる客とか結構いるんじゃない?」
「ふふ、そんなに褒めてもなにも出ないわよ?」
「いやいや、本心だって!」
(あ、あの男……もう玲奈のこと狙ってるし……。そりゃ、玲奈のことだから人気になるのはわかってたけどさ……)
モヤモヤする。いや、嫌な気持ちに襲われる。これが本心だった。
自然消滅という別れ方をしなければ、このような感覚に陥ることはなかっただろう。
「カフェの店員なら、お客さんが買ったドリンクのカップにイラスト描いたりするでしょ? 絵とかも結構描けたりするの?」
「ううん、わたしはとことん絵が苦手だから、『お疲れ様です』みたいな文字で対応してるわ」
「なるほどなるほど。それでも十分嬉しいだろうなぁ。自分なら嬉しさのあまり一瞬で飲み干しちゃうかも」
「甘いフラペチーノ系でも?」
「うぐ……頑張るよ?」
「無理してるじゃない。ふふっ。でもね、簡単に描けるイラストを最近勉強しているから、もうちょっと練習して、今度お客さんに描いてみようと思っているわ」
「マジで? そんなのしたらお客さん惚れちゃうって!」
「もう……調子がいいんだから」
今、一番盛り上がっているのは玲奈の席だった。
高校時代からコミュニケーションが達者で、聞き上手な彼女だったのだ。
(玲奈も玲奈で満更でもなさそうだし……。やっぱり、俺のことはもう割り切っているんだろうな……)
約2年も
引きずっていないのは不思議なことではないのかもしれない。むしろ未練を抱いていることの方が珍しいのかもしれない。
(……)
今の気持ちを悟られないように、蓮也は気持ちを切り替えようとする。
周りに迷惑をかけないように。この合コンの雰囲気を崩さないように。自衛のためにも聞き耳は立てないようにしよう、と。
そして、目の前のことだけに集中しようと意識を改めようとした瞬間だった。
「ねえ、月宮さんの呼び方って変えてもよかったりする? どうも苗字だとしっくりこなくて」
「どのように呼びたい……の? わたしのこと」
「んー。
(ッ!)
この言葉を盗み聞き、蓮也は目を大きくする。
この言葉だけは、フィルターが外されたように自然と耳の中に入ってくるものだった。
「蓮也くん、なにか気になることでもあった?」
「あ、ああ。ごめんね。なんでもないよ」
会話中の女の子に手を振って誤魔化すが、頭の中では過去のことが鮮明に流れていた。
『呼び捨て』に関することで、忘れられない玲奈との思い出が蓮也にはあったのだ。
∮
『あのさ、これは気のせいかもしれないんだけど、玲奈って周りから全然呼び捨てで呼ばれてなくない? 仲のいい人たくさんいるのに』
高校時代。付き合い始めた頃の下校中である。
肩を並べて歩いていた蓮也は、ふとした疑問を玲奈に投げていた。
『ふふっ、今さら気づいたの? わたし、ずっと前から気づいているんじゃないかって思っていたけど』
『な、なんかごめん。って、その言い方……もしかして意図的にしてることなの?』
『当たり前でしょ? この理由を知りたかったら右手をパーの形にすること』
『右手をパーに?』
自ら聞いた質問。『理由を知りたくない』なんて答えはない。
首を傾げながらも、要求通りに指を開いた蓮也に行われたのは——。
『ちょ! 玲奈……。周りに人いるって……』
『えっとね』
聞く耳を持たなかった。
玲奈はパーの形になった蓮也の手を見ると、その小指を優しく握って伝えてきたのだ。
『だって、もったいないじゃない。呼び捨ては二人だけの特別な関係を感じられるものだし、レンのことが
『ッ』
『こうしてベタベタしなくても、安心できることだし……』
慣れていない行動だったのか、それとも理由を説明するのが恥ずかしかったのか。
小さな声になる彼女の日焼けのない顔は、夕日に負けないような色に染まっていた。
∮
——ハッと過去の記憶から我に帰った時には、玲奈が言葉を返すタイミングだった。
「ごめんなさい。名前で呼ぶ場合には、『さん』を付けてくれると嬉しいわ。呼び捨ては慣れていなくって」
「そっかぁ……。それは残念! ちなみに、無理やり呼び捨てで呼んだりしたら照れたりする?」
「ううん、ロクでなしのヤツが拗ねちゃうだけよ」
「えっ!? そ、そそそそれ男!?」
「ふふっ、そんなに動揺しなくても冗談よ、冗談」
「あっ! ハハッ、それはそれは。それじゃあ玲奈
「はあい」
玲奈から放たれた『動揺』を聞き、瞬時に取り繕った蓮也は気づかなかった。
この時、玲奈の視線が一瞬だけこちらを向いていたことを。
そんな彼女は、心の中でこんなことを思っていた。心の中で抱えていた。
(な、なんでアイツは初対面の女の子とあんなに仲良くしているのよ……)
目の前にいる男子と会話をしながら、入道雲のような大きなモヤモヤを。
『えっ、センター入試でその点数って、蓮也くん令新大学の特待生じゃない!?』
『ま、まあ、運がよかっただけというか……。対策していたところが偶然出てきた、みたいな感じで』
『いやいやあ、それでも努力の結果だよ! 本当に凄いっ!!』
『あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとね』
(う、嬉しそうにしちゃって……。デレデレしてるんじゃないわよ……)
意識はずっと、隣のテーブルにいる蓮也に向けていた。同じように聞き耳を立てていたのだ。
実際、蓮也はデレデレなどしていない。嫉妬のフィルターがかかった玲奈にだけは、そう見えてしまっていたのだ。
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