第16話 「……え? 何ですか、それ?」


「鴻野君さ、スポーツセンター使ってみたらどーやろ? さっきお母さんから聞いたんやけど、鴻野君スポーツ好きなんやろ?」


 唐突な自分の提案に尚也の視線が一層厳しくなる。なに言ってるんだこいつ、と言われている気分だ。いや、実際思っているかもしれない。


「好きですけど……車椅子でスポーツセンターに行けませんよ」


 にべもなく言った尚也の視線がまた落ちる前に首を横に振る。


「それが行けるんよ! 世の中には障害者向けのスポーツセンターってのがあるばい!」

「……え? 何ですか、それ?」


 自分の言葉に珍しく目を見開いて驚いていた。どうやら初耳だったようだ。


「健常者向けのスポーツセンター程数があるわけやないばってん、障害者向けスポーツセンターってのがあってね。広くてバリアフリーやし福祉用具からパラスポーツの用具まで揃っとってスタッフもあちこちで見守っててくれるんよ。送迎バスが出とるとこもあるし、利用者も障害者手帳を持っとう人達がメインやから鴻野君も気兼ねせんと思うばい。大体の都道府県に一つ二つはあって、ここ福岡にも市内と北九州市にあるばい!」


 感情を示している尚也が嬉しくてついつい声を張って説明していたら、通りすがりの店員にジロリと睨まれてしまった、気がする。


「……市内のはこっから十分くらいで行けるばい。おおぞらからも十分くらいやから、偶にみんなで遊びに行くんよ。プールも体育館も、あっアーチェリー場もあるくさね。どやろ?」


 ついさっきもこんな事をした気がする……と思いながら声量を抑えて続ける。話を聞いている尚也の見開いた瞳が、何かを思い出したとばかりに不意に陰った。


「で、でも…………俺、今までそんなところがあるなんて、病院の人からも教えて貰った事が無いです。それって、俺の体じゃスポーツ出来ない、って見限られてたから……なんじゃ、な、ないですか?」


 天地でもひっくり返ったような、自分が今どこに居るかを確かめるような、不安に満ちた声だった。大丈夫、と言う代わりににこりと笑んだ。


「そういう事じゃなかと思うたい。言うても鴻野君、退院したばかりやろ? そげん人にスポーツセンターさい行ってスポーツやりー! って言ってくる人居なかよ」


 それに、こうも塞ぎ込んでいる相手には尚の事言えなかっただろう。

 見張られた尚也の瞳はこちらに向けられたままで、良い提案をしたと思っているのに何だか居た堪れなくなった。

 尚也が何か言ってくる気配が無かったのでジーンズのポケットから己のスマートフォンを取り出し、市内にある障害者スポーツセンターの施設名「さん・さんプラザ」を検索する。


「ほら、ここ。鴻野君も今度調べて行ってみーよ。なんなら月曜、おおぞらで行ってみると?」


 ホームページが表示されている液晶画面を尚也に見せる。施設紹介を一緒に見ていた時の尚也は、朝受付の前で会った少年と同一人物とは思えない程感情豊かだった。どうやらスイッチが入ったようだ。

 目を輝かせては嬉しそうに息をついたり、「スポーツ出来るんだ……」と確かめるように何度も呟いていた。

 問いへの返事は無かったし、ブラウザアプリを閉じた時に彼シャツ姿の推しの壁紙を思いっきり見られてしまったが構わなかった。この様子だと、月曜が来る前にどこかのタイミングで――いや、今日にだって行ってしまうかもしれない。


 こんなに感情を表に出す尚也は出会ってから初めて見る。空いた皿を下げに店員が来た事にすら気付いていない。

 年相応と言えるその姿に、自然と嬉しさが込み上がってくる。障害者スポーツセンターの事に気が付けて良かった。

 しかし、実際はこんなにも明るいこの少年がどうしてあそこまで塞ぎ込んでいたのか。

 疑問は残ったが、何時の間にか口角が上がっていた事に気付いた時、ミディアムヘアの女性が席に戻って来た。

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