人であろうとする兵士

 郊外の路はやけに静かである。明かり一つなく、夜空に光る星屑以外、何も目に見えるもののない暗闇だった。トラックのライトがアスファルトを照らし出し、快調にしかし静かにエンジンの音を立てながら進んでいくのを、クーはステアリングを掴みながら確かに感じていた。


「また検問か」

 前方に高速道路の検問所が見える。自分でもやけに落ち着いた声で言った。


「終わりかもな」

 それはそれで、気が楽か。

 クーは既に、何も引き返す必要のないほどの動機を得ていた。この道を遮るのがモルト軍だったとしても、もはやどうでもよかった。クーは今、一般市民でもない、親しみやすい叔父のような存在でもない。かつて冷徹に人を殺し続けた者が、いろんな皮を被って、その皮を脱ぎ捨てた彼は今、また兵士だった。


「止まれ止まれ!」

 快活な青年の声の誘導に従って、トラックを静かに停める。

 明かりがなく気づかなかったが、電柱から一筋差す真っ白い光が、巨大な鉄の柱の輪郭を描写している。装甲の隙間にある、足首の奥には、どのような光も反射して金色に鈍く輝くシリンダー気候が見えた。あれは鉄柱ではなく鋼鉄の足。巨人の足だ。

 コードネーム:ヴァンサント、グラスレーヴェンと呼ばれた黒いロボットが立膝をついて沈黙し、頭を下げている。義眼が暗視に切り替わると、それが三機確認できた。

「よく見えないところは見るな」

 敵の言葉は、すべてを解った発言だということが分かる。

 その鋭い響きを持った声色を持つ青年は、銀色の髪を持った青い目をしていた。そして彼の瞳は、半分くすんでいた。

「行先は?」

「トラックの運送だ。モルトランツ荷捌き場までの帰途についている」

「荷捌き場?あそこは危険だ」

 あまりにも未熟な声の子供のような男が言った。青い目の青年の横にいた兵士だ。

「なぜ?」

 クーが聞くと、子供のような男は肩を叩かれ、無言のうちに下げられる。

 トラックを誘導した、快活な青年が差し挟まって、青い目の青年と並ぶ。

「まあまあ、軍の複雑な事情でさ!」

「複雑って、俺の職場だよ」

 青い眼の青年が事務的に言った。

「あの辺りは、市民保護プログラムの適用範囲だ。今立ち入りはできない」

 加えてつぶやくように、「すまないが」と言った。生の感情のままクーは異議を申し立てる。

「じゃーどうしたら俺は帰れるんだ?」

「この作戦が終わるまでだ」


 クーは青い眼の青年に食い下がる。

「戦うのか?この街で?」

「戦うだけが作戦じゃない。そもそも俺たちは、街を巻き込まないようにするための作戦を実行中だ」

 街を巻き込まないようにするための作戦。

「言ってる意味が分からん。お前らが横暴な軍隊で俺を遮るならこのまま通る。職場に帰るだけだ。何の害もない」

「ならば中身を精査する。車から降りろ」


 ため息をつき、「はーいはい」ぼやきながらクーはドアを開けてステップを踏んで、地面に降りた。この人間たちの真意を知る必要がある。

 敵か味方かを。

 敵ならば、ここで終わりだ。切り抜けて突破する算段はすでに立てている。派手な騒ぎを起こして周りを引きつければ、緊張状態にある敵中の敵を妨害することは可能だ。

 そしてこの絶好の機会は、クーの中にあって今にも吹き上がりかねない、相手を圧倒する暴力と、それを発揮するのを待つ恐るべき動機にとっても、重要なタイミングだった。だからこの際、自分が語りたい思いをこいつらに語ってやることも、悪くないだろうと思ったのだ。


「スーパーの食い物を運ぶトラックなんざ調べて、なにするつもりだ?」

「決まりだからやる。それまでだ」

 かたくなな義務感の響きがして、先ほどの未熟な兵隊が報告をしてきた。

「外側からは危険なものを探知できません」

「わかった。カウス。中身を開けろ」

「了解。キルギバート隊長」

 えらく特徴的な名前だ。キルギバートが命令すると、カウスという新兵に毛の生えたような青年、なんというか男の子と行った方がいいようなそいつは、トラックの城に回った。この間ずっと、無言でこちらと周囲に目配せをする見張りがいる。そいつもこの部隊の要員だろうことが分かる。


「キルギバートってのか、お前」

「何かおかしいか?」

 えらく不機嫌な声で言った。プライドに触ったんだろう。

「いや。決められた道を歩くのが得意そうな名前だなってさ」

「お前、ふざけてるのか?」

 キルギバートは、眉間に鋭いしわをつけてさらに睨んだ。だが当人が怒っているからなのか、それとも、その言葉がお得意の威厳とやらからくる義務でしかないからなのか、それは分からない。だからクーは、もったいぶらずに核心を告げた。


「いや。モルト軍ってのはもっと柔軟だと思ってた。思いやりのある兵隊なんてのは矛盾だ。だけど話は分かる奴もいるって買ってた部分もあったんだけどな。結局、この街を潰して人質にして俺たちを殺して、宇宙に逃げおおせるんだろ?戦争なんてのはそんなもんさ。ここに生きる人間の生活を害して、人殺しが善人ぶったところでクズはクズだ」


 青い目の青年は、何も反応を示さなかった。そしてただ、唇を震わせていた。

 すると怒り出したのは、実はキルギバートではなく、今まで明るく人懐っこそうにしていた快活な青年の方だ。こちらににじり寄ると、顔をこちらに傾けて煮えたぎった目でこちらを睨んだ。

「手前」

「やめろブラッド。彼は正しい」

「隊長。お前こんなこと言われていいのか?」

「正しいんだ。もうやめろ」


 隊長と呼ばれた青年は、完全武装した複数の兵士に囲まれながらもこの物言いを変えようともしないクーに、胆力を読み取っていた。

 その抑制的な言葉は、今のブラッドには耐えがたく聞こえたのだろう。しかしここまで感情をあらわにした時点で、ブラッドは負けだ。クーは、ただ自分が思ったことを率直に語ったに過ぎない。感情は揺れているというより、もう死んでいるのだ。

 クーという男には、もう人間らしい感情がないという事になっている。

 だが、ブラッドは、その冷たさに敢えてくさびを打つようだった。それは無辜の一般人クーではなく、ブラッド自身に指示命令を与える隊長に向かった。


「冗談言うな、何人死んだってんだ?ああ、俺たちは悪いよ。ただの侵略軍だ。だが月から来た!俺からみりゃ全部この星に住んでる人だ。だから少なくとも俺たちは、俺たちの部隊は、行くとこ行くとこ、人種に関係なく、フェアに戦いをやってきた。それがこの部隊の誇りだ。暴走した馬鹿どもの背中を撃ってでも!コントロールされてることが!戦う人間しか殺さないことが!俺たちの誇りだった。俺たちは違う!」


 あらわにしたブラッドの言葉に、冷水を浴びせるようにキルギバートは直立して、彼の目を見て言った。

「それ以上は突っかかるな。規律を守れ!一般市民だぞ!旧知の友でも、今は俺が隊長だ。わきまえた物言いをしろ!」


「何をわきまえるんだ?こんな風に誤解されたままで?『良心ある軍隊』はメッキだって言われて?あの子たちに申し訳が立つのか?俺たちを送り出してくれたこの土地にいるいろんな髪と目の子供たちに!俺はここに戻ってきてから、落ち着かないんだ。感情が抑えられないんだ。お前も一緒だろキルギバート!答えろ!」


 カウスの手が止まっていた。

 そして銃を手に見張りをしていた兵士も、違う場所を見ながらも耳をこちらに傾けていた。キルギバートは、部隊の全員に届くような声で言った。


「お前の気持ちも分かっている。彼の気持ちもわかる。だからこそ俺は、どの立場の人間からも殴られていいと思ってる」

 そして深呼吸して、あくまで凛とした声で言った。

「死ねばそれまで。それがここで通せる、筋だ」

 それからはブラッドに対しての言葉を述べた。

「その力は、真の敵にぶつけるべきだ。今溢れるならそれは俺に向く。もちろん止めない。それでいい」

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