三毛猫が紡ぐ ~渡り猫の見た景色~

瀬崎由美

三毛猫が紡ぐ恋

第1話・三毛猫との出会い

 中2になって初めての定期テストを前に、千尋は大きな溜息をついた。テスト勉強そのものよりも、その学習スケジュールを立てるのに苦戦していた。学校から配布されたテスト範囲表を見ながら、問題集に付箋を貼って目印を付けていく。窓際に置かれた勉強机の上に、積み上げられていく課題の山。


 テストの為に勉強しろと言いつつ、終わった後に出せと指示されている課題が多過ぎる。前もって終わらせておかないと、テスト勉強をする時間なんて取れそうもない。


「この社会の課題、全然テスト範囲と関係ないじゃんっ」


 大抵の教科はテストに関するワーク類が提出物に指定されてるから納得できるが、今回の社会のはひどい。なぜテスト前に、地元の遺産を調べてレポートを書かされるのか。


 ――大体、地元の遺産って何? 古いお寺とか神社とかを調べればいいの?


 観光スポットになるような有名な物は近くには何もない。それなりに古そうな寺や神社から適当に選べばいいのだろうか。

 自室の窓から外の景色を見渡して、近くに見える神社のことでもググればいいのかと頭を抱えた。


 すると、隣の家のブロック塀を歩いていた、一匹の猫と目が合った。


「あ」


 少し小柄な三毛猫は、千尋の声で足を止め、じっとこちらの様子を伺っていた。

 どこの家の子だろうか、ツヤツヤの毛がとても柔らかそうだと見ていると、三毛猫は塀から屋根を伝って千尋の部屋のベランダへ渡ってきた。


「ナァー」


 千尋の部屋の網戸の前までたどり着くと一鳴きする。開けて中へ入れて欲しがっているようだが、どこの猫かも分からないのに入れれる訳がない。人懐っこそうだけれど、野良猫なら蚤がいるかもしれないし、潔癖症の母に見つかれば間違いなく怒られる。


「ナァー、ナァー」


 いつまでも見ているだけの千尋に業を煮やした三毛猫が、後ろ足で立ち上がってバリバリと網戸を爪で引っ掻き始める。


「ちょ、開けるから、やめて!」


 網戸をボロボロにされたら堪らない。知らない猫を家に入れるより、こっちの方が確実に怒られそうだ。慌てて網戸を開くと、三毛猫が部屋の中へと入ってくる。


 部屋の中を遠慮なく歩き、クンクンと匂いを嗅ぎ回っている猫は、千尋のことなんてお構いなしだ。呆気に取られて見ているだけの千尋の足に擦り寄ってから、何事も無かったかのように開いたままの網戸から外へ。来た時と同じように、また屋根とブロック塀を上手に伝って、白色の尻尾を伸ばしながら軽快に歩き去っていった。


 その日を境に、三毛猫は千尋の部屋のベランダへ頻繁に遊びに来るようになった。鳴くだけでは開けて貰えなければ、網戸に爪を立てて脅迫するように催促してくる。その度に千尋は慌てて部屋の中に猫を入れるのだ。


 招き入れられた三毛猫は部屋の中を歩き回ったり、毛繕いしたり、自由に過ごした後にまた出ていく。勝手気ままな猫のことを千尋はその鳴き声から「ナァーちゃん」と呼ぶようになった。


 お小遣いで買っておいたカリカリをあげると、ナァーちゃんは勢いよく食べていた。どこかの飼い猫のようだったが、いつもぺろりと平らげた。


「一体、どこの家の子なんだろうね?」


 何を聞いても「ナァー」という甘えた鳴き声が返ってくるだけで、三毛猫の素性はさっぱり分からないままだ。近所で三毛猫を飼っているという家の話も聞かない。


 初めの頃は日中の明るい時間帯に顔を出すだけだった猫が、気がつけば夜中にも遊びに来てそのまま千尋の部屋に泊まっていくこともあった。さすがに夜中に帰って来ないようになると飼い主も心配したのだろう、いつの日か三毛猫の首には赤色の首輪が付けられていた。


「あれ?」


 机に向かって宿題をしていたら膝の上に乗って来た猫の背を撫で、千尋は猫の首輪に細く折り畳まれた紙が結び付けられているのに気付く。結び目を解いて開けば、A6サイズの小さなメモ用紙に何やら文字が書かれている。


『猫の飼い主です。いつも遊びに行かせてもらって、ありがとうございます』


 お世辞にもキレイとは言えない鉛筆書きの字。三毛猫の本当の飼い主からの手紙だった。

 ビックリしたと同時に、千尋はとてもワクワクした。近所に住む見知らぬ誰かが、猫に託して送ってきた手紙なのだから。


 急いで机の引き出しからメモ帳を取り出すと、返事を書き始める。もしナァーちゃんが飼い猫なら、飼い主さんに聞いてみたかったことがあるのだ。


『この子の名前は何ていうのですか? 名前が分からないので、私はナァーちゃんって呼んでます』


 ちゃんとした名前があるのなら、それで呼んであげたい。千尋が適当に付けた呼び名でも、猫は返事をしてくれていたけれど。


 次に三毛猫が千尋のところにやって来た時、首輪には新しい手紙が結び付けられていた。緊張しながら開いてみると、飼い主さんから猫の本当の名前が書かれていた。


『名前は、ミケです』

「三毛猫だから、ミケ? そのまんまじゃん……」


 思わず手紙に突っ込みを入れてしまったのは無理もない。何の捻りも無い名付けに、千尋は吹き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る