ユニコーンを召喚する平民なんかいない


 ソルピアニ王国は三つの国に隣接している。


 ひとつは、草原の国ハイライ。

 もうひとつは、ルブスト連合国。


 最後は、スリムキヤ帝国。

 五年前まで王国と戦争をしていた国だ。


 陸続きの国が三つもあれば、隣の国へ逃げるくらい簡単そうに聞こえる。


 だが、王国の地形がそれを許さない。

 ソルピアニ王国は周囲を険しい山々に囲まれているからだ。


 落ち目の王国が、今でもなんとか領土を保てているのはこの山々のおかげだ。


 山越えは不可能ではないが、モンスターも多く出没する危険区域である。


 ラキスひとりならまだしも、足手まといを連れては行きたくない。

 それが箱入りの元王女ともなれば尚更だ。


 なんとかして関所を越える必要がある。

 最も簡単な方法は――。


「やはり護衛、だろうな」


 ラキスとアリアは朝早く宿を出て、街はずれの湖に来ていた。


 モンスターも出てくる場所であるため、ふたり以外に人はいない。


 他人に聞かれたくない話をするにはうってつけの穴場スポットだ。 


「護衛? 誰の?」

「商隊だ」


 国と国を行き来するには『通行証』が必要だ。

 通行証は、通行者の情報や、通行の目的が記されている身分証のようなもの。


 素性を明かすことが出来ないアリアでは申請のしようがない。


 そこで商隊の出番だ。

 彼らは代表ひとりが通行証を持ち、グループで関所を通過する。


 商隊が旅するときの天敵は第一に盗賊、第二にモンスターだ。


 天敵に積み荷を奪われでもしたら大損害。

 そんな惨事を起こさないためにも、商隊は冒険者を護衛に雇う。


 冒険者とはその腕を生業に生きる者の総称だ。


 軍隊は国を護るためのもの。

 そこには絶対的な優先順位が存在する。


 冒険者はそこからこぼれ落ちたトラブルをお金で引き受けてくれる。

 

 旅路の護衛は冒険者の飯のタネ。

 そう言われるほど、市井にはいつでも護衛の依頼があふれている。


 だから、商隊に護衛として雇ってもらって、グループにまぎれて国を脱出しよう。


 という算段である。


「だが、ひとつだけ問題がある」

「ふぅん?」


 抱えている問題、その当人が「なにそれ?」という顔をしていた。


「お前が護衛として役に立たない、ということだ」

「なっ⁉ 本当に失礼なヤツだな!」

「本当のことを言っただけだ。

 それとも王家秘伝の剣術でも使えるのか?」

「剣は……使えないけど。

 ユニコーンなら召喚できる!」


 無い胸を張って誇らしげにするアリアを見て、ラキスは大きなため息をついた。


「ユニコーンはダメだ」

「えっ⁉ なんでだよ!

 そりゃ戦いはイマイチだけど。

 走らせたら、超はやいんだぞ」

「そういう問題ではない。

 戦いで役に立ったとしてもユニコーンはダメだ」


 アリアは何を言っているのか分からない、という表情でラキスを見ている。


「商隊の護衛を引き受ける冒険者がどういう人間か、分かるか?」

「うーん、腕が立つ剣士とか、召喚士とか……」

「そうだが、ポイントが違う。

 重要なのは、そいつら全員が平民ということだ」

「なんだ、そんなことか。

 貴族が平民の護衛なんかやるはずがないもんな」


 貴族は護衛を雇う側だからね、となぜかアリアが自慢げだ。


 それを無視して話を進める。


「平民はユニコーンを召喚しない。出来ない」

「え? なんで? もしかしてボクってすごくレアな才能の持ち主だったり?」


 見当違いの方向で自信を持ち始めるアリアを、ラキスが秒で切って捨てた。


「才能じゃない。環境の問題だ。

 お前はユニコーンをどうやって手に入れた?」

「え? それは普通に。

 モンスター商が連れてきた中から相性が――」

「その普通は、王族、貴族にとっての普通だ」


 アリアは自分がどれほど市井しせいの感覚とズレているのか、本当に理解していない。


 モンスター商からモンスターを買うのに何枚の金貨が必要か。


 超レアモンスターユニコーンを連れてくるモンスター商が平民相手に商売をするのか。


「そうなの⁉ じゃあ平民は、っていうかラキスはどうやって召喚士になったのさ」

「その辺のゴブリンと契約した」


 召喚契約だけなら平民でも出来る。


 ウシ型のモンスターやウマ型のモンスターと、

 召喚契約している平民もまれにいる。


 あの手のモンスターは農作業や運搬に便利だ。


 生まれつき魔力に恵まれていて、目当てのモンスターと相性が良い。


 そんな厳しい条件を乗り越えた実に稀な事例だ。


「うわぁ……」

「哀れみの目で見るな。

 それでも貴族の召喚士より俺の方がよほど強い」

「うーん。それも不思議なんだよな。

 ラキスのゴブリンはちょっと強すぎる」

「俺から言わせれば、お前たち貴族が弱すぎる」

「ぐう」


 それはさておき、とラキスは話を戻す。


「お前には新しいモンスターと契約をしてもらう」

「新しいモンスター?」

「そうだ。ユニコーンと適正があるのだろう。

 なら、妖精や精霊ともマッチする可能性が高い」


 モンスターとの相性は人によってある程度ベクトルが決まっている。


 例えばゴブリンとマッチしたラキスなら、亜人種とのマッチが期待できる。


 具体的にはリザードマンとか、コボルトとか。

 

 ただし、あくまで期待できるだけ。

 ラキスは実際にリザードマンやコボルトと契約できたことはない。


 先月、ラキスはリザードマンが多く出没する湿地で試してみた。


 なにやら玉を持ったゴブリンが出てきた。

 結果はゴブリンの召喚レパートリーが増えただけだった。


 ただのゴブリンじゃなかっただけマシではある。

 なんの変哲もないゴブリンならば、売るほど契約済みだ。


 ゴブリンを買うモノ好きがいたら会ってみたい。

 その場で、何匹でも売ってやる。 


「この湖では、その系統のモンスターが稀にだが確認されている」


 これはラキスが宮廷召喚士の頃、ヒマつぶしに眺めた資料に書いてあった情報。


 自国のモンスター分布の調査や、新種の記録は、宮廷召喚士の重要な仕事だ。


 今でこそロビー活動にご執心だが、以前は宮廷召喚士たちも普通に働いていた。

 女王ルーシアが病に倒れるまでは。


「さすがに、召喚契約のやり方くらいは知っているのだろう?」

「あっ! またボクのことをバカにしたな?

 出来るさ、それくらい! 見てろよ!!」


 アリアは頬をふくらませて不満をアピールする。

 ラキスはいつもどおり、それを無視した。


「じゃあ、さっさとやれ」

「やるよ。やればいいんだろ」


 アリアが両手の指を絡ませて組む。

 目をつむり、魔力を集中する。


 地面に光の円が生まれ、周囲には微かに甘いバラのような香りが漂いはじめた。


 魔力が放つ芳香。これも人によって特徴がでる。

 ちなみにラキスの魔力は鼻孔をくすぐるスパイシーな香りがする。


 モンスターはこの香りに誘われ、魔力を対価に人と召喚契約をするのだ。


 当然だが、魔力を消費する。

 あとは時間との勝負。


 モンスターが寄ってくるのが先か。

 アリアの魔力が無くなるのが先か。


 ラキスは葉巻を取り出して地面に座り、ゆっくりと待つ構えを取った。


 いつものようにゴブリンの斥候スカウトを呼び出して、火を点けさせる。


 十分か、十五分か。

 アリアの顔に疲れの色が見え始めた頃。


 小さなモンスターが、パタパタと羽ばたいて光の円に近づいてきた。


 それは蝶のような翅を背中に生やした小人。


(フェアリーか。悪くない)


 フェアリーは円の周りを二周ほど旋回し、そのまま円の中央へと降り立った。


 光の円がフェアリーを包み込み、光の球となってアリアの胸元に吸い込まれる。


 ここに、召喚契約が完了した。

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