第5話:精霊錬金と名付けました!


「なんだこれ……」


 まあ、予想はしていたけども……師匠にあの赤い欠片を見せると絶句してしまった。


「私も夢うつつだったので、詳しくは覚えていないんですけど……サラマンがどうも何かしたみたいで」

「状況を詳しく説明してくれ」

「うーん、それがサラマンに聞いても要領を得なくて……元々精霊の言う事って理解し辛くて。力を授けた、としか」

「そもそも精霊の言葉を少しでも理解できるだけでも凄いことだけどな。しかし、ふうむ。力を授けた、か」


 師匠がその欠片を昨日と同じように色々な器具で調べ始める。


「精霊水と、鉱石の欠片と火の精霊……やはりか」


 師匠が器具を置いて、腕を組みながら目を閉じた。


「何か分かりましたか?」

「……信じられないかもしれないが、俺の魔力視とマナ計測器の結果によると――この鉱石は微量だが火属性を帯びていることが分かった」

「ほえー」


 火属性を帯びている、と言われてもあんまりピンとこない。


「ほえー、じゃない! これは凄いことなんだぞ!? 信じられん……魔術で属性を物質に一時的に付与する方法はあるが、あれは付与できる物質も限られていて、しかも高度な魔術なわりに短時間で効果を失ってしまうんだ。ところが、これを見ろ! 火属性を安定して保っている! しかもただの鉄鉱石がだ!」

「はあ……。あ、でも、武器とかに属性付与するのは私にもできますよ?」

「……はい?」


 師匠がポカーンと口を開けて、目を見開いた。どうも信じてなさそうなので、私は護身用のナイフを抜きつつ、精霊を召喚する。


「おいで――ハクテン」


 紫電と共に魔法陣から現れたのは、モフモフのイタチのような姿の精霊である、〝雷の精霊、ハクテン〟だ。


「力を貸してね、ハクテン」

「きゅー!」


 ハクテンが身を翻すと紫電が私の身体を伝わっていき、護身用のナイフが雷を帯び始めた。


「ね? できたでしょ?」

「もう驚きすぎて、リアクションも取れん……」


 師匠ががっくりと椅子へと座り込んだ。


「ええ~」

「お前の精霊召喚……というか精霊使役の術には驚かされっぱなしだよ。いっとくが一流の精霊召喚師でも、そんなことはできないぞ」

「そうなんですか? そんな難しいことでもないのに、ねえハクテン」

「きゅーきゅー」

「へ? 普通はこうやって会話も出来ないし、力も貸さないって? そうなんだ……」


 もしかして……私って結構凄いのでは?


「だろうな……精霊はそもそも住む世界も違うし、価値観や思想が我々人間とはズレている可能性が高い。そもそもなんで精霊と対話できているのかが謎すぎる」

「うーん……お父さんは多分できていたと思うんだけどなあ」

「なら、何か特別な血筋なのかもしれん。しかし……それにしてもその属性付与は、どれぐらい効果が続く?」

「へ? あ、精霊を召喚している間はずっとですね。もちろん精霊を還したら、元に戻りますが」

「だろうな。だとするとやはり、これは特別だ」


 師匠が、あの赤い鉱石の欠片を手に取った。


「火の精霊はもう還したのだろ?」

「はい」

「なのに、まだ微量だが属性が宿っている」

「ああ、そういえば確かにそうですね」

「ふむ……精霊水と精霊、それに鉱石か。再現性があるか試してみよう。サラマンが分かっててやったのか、偶然だったのかは分からないが……これは錬金による産物の可能性がある」


 そう言って師匠が昨日、研究用にと取り分けていた私の精霊水と何やら板状の金属を取り出した。


「これは何の変哲もない鉄だ。おそらくとしか言えないが……錬金術の一つである金属錬成の加工工程に、精霊水と精霊の力を加えることで、精霊の持つ属性をその物質に宿せる……のかもしれない。だからやってみよう」

「はい!」


 なんか分からないけど、楽しそうだ!


 私は師匠に言われるままに、金属錬成用に使う大きな壺へとその鉄と精霊水を注いだ。魔導具で火に掛けるが、この程度の火力で鉄を溶かすことはできるのだろうか?


「それに関してはこの錬金壺に付与されている溶解の魔術のおかげで問題ない。よし、ここからはエリスにしかできない工程だ。ハクテンに、中の物質に雷属性を付与するように言ってくれ」


 私は言われるままにお願いすると、ハクテンがヒョイと壺の中へと入っていく。その途端、雷がパチパチと中で走り、キラキラと瞬く。あ、この光、昨日の夜見たやつかも。


 そのままハクテンに指示を出し、魔力を加えながらゆっくりと壺の中のものを混ぜる。確かに板状だった鉄がドロリと溶け、液状化していく。


「ところで、師匠」

「ん?」

「清浄魔術であったり、警報魔術、それにこの溶解の魔術。色々な物に付与されていますけど、これができそうなら属性もできると思うのですけど」

「ああ。それはな、属性魔術はそもそもの成り立ちが他の魔術と違うからだよ。また詳しく教えるが、属性魔術ってのは結局精霊の力を借りているからな。だからこそ安定して扱うのは難しいんだ」

「へー。じゃあ魔術師も厳密に言えば、精霊を使っているんですね」

「精霊がこの世界に残した力の残滓を使っている……と言った方が正しいな。ま、精霊そのものを扱えるお前からしたら馬鹿らしい話かもしれないが」

「魔術も中々面白そうですね」

「エリスならあるいは良い魔術師にもなれるかもな。お、見てみろ!」


 師匠が壺の中を指差す。私が慌てて中を覗くとそこには、薄らと紫色に染まった金属の塊ができていた。


「反応が終わった証拠だ。よし、取り出すぞ。熱いから注意しろ」


 師匠が金属バサミでそれを取り出し、予め用意していた水の入ったバケツの中へと入れた。


 一瞬で水が沸騰し、大量の蒸気が発生する。


「……できたぞ」


 師匠が水の中から取りだしたそれを、台の上へと置いた。


「ど、どうです?」


 私がドキドキしながら、それを凝視する師匠へと声を掛けた。


「ふふ……調べずとも分かる。これは間違いなく……雷属性が付与された鉄だ」


 師匠がそう言って、それを手に取る。


「――〝溶解せよ〟」


 そんな短い詠唱と共に――師匠の手の中で私が錬成した金属がドロリと再び溶け、ひとりで小振りなナイフの形へと変化していく。


 あっという間に師匠の手にはグリップや柄がない、刃が剥き出しのナイフが出来上がった。


「な、なんですかそれ!」

「凄いことができるのは……エリスだけじゃないのさ。ま、これは今のところ俺ぐらいしかできない技だから、真似はするなよ?」


 師匠がちょっと得意気な表情でそう言うと、そのナイフをブンッ、と振った。


 すると、その軌跡をなぞるように紫電が走る。見れば刀身にも雷を帯びていた。


「素晴らしい。完璧だ」


 師匠が惚れ惚れした顔でそのナイフを見つめた。


「魔力を込めると、付与された属性が発動するようだな。これは……間違いなく錬金術における革命だよ」

「師匠、説明を!」


 私が待ちきれずに師匠に解説を求めた。なんだか分からないけど、凄い物ができたようだ。


「難しいことはない。エリス、お前の精霊召喚師としての規格外の能力と、錬金術を合わせた結果……新たな技術、そして物質が生まれたんだよ。これは間違いなくお前にしかできないことで、そしてお前の功績でもある」


 師匠がそう言って、そのナイフを渡してくれた。


 ひんやりとしたそれに触れると――私は確かにその中にハクテンの気配を感じた。


「あ、そういえばハクテンがいない」


 錬成壺の中を見てもハクテンはいなかった。そしてナイフから伝わる気配。つまりこれは……。


「精霊そのものを金属と融合させたんだよ。試しにハクテンをもう一度喚んでみてくれ」

「はい!」


 私が魔法陣を描くと、問題なくハクテンが飛び出してきた。


「きゅー」

「ふむ。ナイフの属性は消えていないな」

「ですね。精霊の本体は常に精霊界にいますから、金属と融合させても問題ないみたいです」

「となると……これはとんでもないことになるぞ」


 師匠がニヤリと笑った。


「とんでもないこと?」

「ああ。冒険者の武具選びの概念が変わるレベルだ。魔物に対して属性魔術は非常に有用なんだが、なんせ魔術師にしか扱えず、かつ一流の魔術師でも多くても三種類ぐらいの属性しか扱えないんだ。だが、この素材があれば……どんな冒険者でも気軽に様々な属性を扱うことができるんだよ。これは凄いことだぞ!」

「な、なるほど!」

「早速、錬金術師協会で新技術、新素材として登録しないとな――〝精霊錬金〟、今回出来たものを〝精霊鉄〟と名付けよう」


 師匠が嬉しそうにそう声を上げた。精霊錬金――それは、精霊召喚師でありながら錬金術師になろうとする私自身を表したような言葉で、なんだか私まで嬉しくなってしまう。


「詳しい理論や方法、レシピはおいおい研究するとして……とりあえずこれが実際に素材として有用かを、どこかで試さないとな」

「はい!」

「これなら工房を再開しても問題ないだろう。きっと主力商品になるぞ!」

「おお! ついに工房を再開するんですね!」

「その為の許可を取りに行かないといけないがな。よし、早速今日いくか! わはは!」


 上機嫌なまま師匠が出掛ける準備をする。


 私もウキウキ気分で準備をして、師匠と共に錬金術師協会へと行く事になったのだが――


 まさかあんなことになるなんて、思いもしなかった。


「――待ってくれ! ってどういうことだ!?」


 そんな師匠の悲痛な声が、錬金術師協会に響いたのだった。

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