第20話 少女の行方1

 ドイルはスコットランド・ヤード達に連れられて警察署まで来ていた。署内は慌ただしく、何人もの人が走っていく音が頻繁に聞こえる。ナギとホームズも参考人として、それに同行していた。

「一人ずつ、聴取を行う。お前、こっちに来い」

 警官の一人がドイルを指差す。

「私たちはホントに何もして無いですかね」

「わかった。あとで聞く」

 警察の男はそう言い残してドイルを連れて行った。

 ナギとホームズのもとにも数人の警官が残っており監視をしているようであった。

「僕たちにも尋問するんだろ? だったら今のうちに早く何処か別の部屋に連れてってくれないか?」

「悪いがそれはできない。待っていろ」

 警察の男がそう言う。

 この場所の雰囲気を見るに理由はわかる。単純に人が足りていないのだ。チョコレート屋の一件でこちらに回せる人材が限られているのだろう。


 暫く経つとドイルが警官と共に部屋から出てくる。ドイルはうつむいていて、説得できなかったようであった。

「どうでした?」

「ダメだ、最後の目撃証言がうちの眼科だったらしい。有罪にならんことを祈るよ」

 ドイルと会話していると警官が急かすように声を上げる。

「次! そこの女!」

「私マジでなんも知らないですよ?」

 状況的にはドイルと完全に同じであり、加えてカシミア家のことも知らなかったのだ。むしろドイルより知ってないだろう。

(尋問されてもなんも答えられないだろうな…)


 ナギやホームズの尋問も終わったが、何も情報が得られなかったようだった。

 しかし、当然だ。我々は何も知らないし、何もしていないのだから。

「うむ。おい!若いのこいつらを牢屋に入れておけ」

 事情聴取を行った警官はそう言った。

「え!?」 

 まさか牢屋に入れられることになるとは思わなかった。事情を話せばわかってくれると思っていたが考えが甘かった。

(今のこの警備なら、私とドイルさんは絶対逃げ切れる。でも…ホームズは? 三人で逃げ切れる?)

 ナギがホームズの方にチラリと目をやるとやると彼からは諦めの感情が滲み出ていた。


 ナギの思考を邪魔するように誰かが大きな声を出す。

「ヴィンソンさん!? いくらなんでも…情報も全然足りてません」

 音の発生源へ体を向けると若い警官が異議を唱えていた。どうやら取り調べをしていた男はヴィンソンという名前らしい。

「うるさい! ただでさえ手が回らない状況なんだ! こいつらを犯人にしておかないと捜査が回らない! このまま殺人鬼をロンドンに放してしまってもいいのか? 」

 彼の言うことは本当らしく、他の警官のやるせない表情と静かな署内がそれを物語っていた。

「いや…しかし…僕にはできません!」

張り詰めた空気の中、足音を立てて一人の男はやって来る

「おい!待ってくれ!」

 その男の服装は明らかに警官の物ではなく、痩せていた。

「ちょっと、勝手に入られては困ります!」 

 更にもう一人別の男が止めるようにやって来ていた。

 一人は見たことがある。そう、昼に見た若い刑事だ。


「彼らは犯人ではない!」

 この場所にいた全員が痩せた男に気を取られ、ヴィンソンが彼に問いかける。

「あ、あなたは?」

「私は、ディーン・カシミア。今捜索中のメア・カシミアの父親だ」


__________________________


 

 捜索願いを出した本人からの要望があっては、スコットランド・ヤード側も邪険にできないようで話を聞くことになった。

「君がコナン・ドイルさんだね。今まで挨拶ができなくてすなまい。娘が大変迷惑をかけたことだろう」

「は、はぁ…」

 突然の出来事にドイルは戸惑っていた。ドイルは親であるディーンが自分に好意を持っていないと判断していた。

 娘のメアにそっけない態度を数週間取り続けており、メアは口が悪く、傲慢で態度が鼻につく。そんな彼女が親に言わずにいられるとは思っていなかったからだ。もちろんメアから直接、親に言いつけると告げられたのは今朝が初めてのことであるが…

「私は最近メアと遊んでやれていなかった。今、イギリスの関税が上がっているのを知っているか? 私の事業もそれの影響を大きく受けてな。仕事が増えていたんだ。そのせいで最近のメアの機嫌は非常に悪いものだった。けれど、数週間前から突然メアの機嫌が良くなったんだ。メイドに理由を尋ねるとどうも君たちのところへ行っているようでな。あんな娘だ、迷惑をかけただろう。ほんとうにすまない」

 正直迷惑どころではなかった。営業妨害に近い行為だった。だが、メア抜きにしても客は全く来ておらず、ホームズに言われた通り医者の多いここロンドンでは、私のところに来る客はいなかったのかもしれない。そう考えるとメアが来ていたのも暇つぶしの一つだったのではないだろうか。

「私はあんな娘に何週間も付き合ってくれた君たちが娘を連れ去った関係者には思えないんだ」

 ディーンの必死さはドイルに深く伝わってくる。本心でそれを告げているのだと。それが偽りではないと。

「カシミアさん。コイツがただ耐えられなくなっただけとか思わないのか?」

 警官のヴィンソンが口を挟んだ。

「いや、ドイルくんは医師だ。それならもっと賢いやり方を知っているはずだ。だから彼らは犯人やその関係者ではないと思う」

 ディーンの考えることはわかる。しかし、証拠が無いのも事実だ。だから、彼はきっと願っているのだろう。娘の安全を。同じ親だからこそその気持ちを理解できる。

「そう、だからこそ最後に会った君たちに詳細を聞きたいんだ。私にしかわからないこともあると思う」


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