第6話 セルフ誘拐事件3

「マージ、疲れた。時間かかりすぎー」

 そこには肩を並べて歩く3人の姿があった。ロンドン市警察の厄介になり事情聴取を受けた帰りである。そこで観光兼手がかりさがしの時間の大半をそこで費やしてしまったのである。上っていた日も落ちかけており、少しばかり視線を上げるとロンドンの建物たちが赤く染まっていることがわかる。

「ナギちゃん結局のところ手がかりは見つかったのか?」

「いや、全く」

 当初の目的であるタイムトラベルしてしまった原因や手がかり、あわよくば時間経過で現代に戻れるかもといったものはこれっぽっちも成果が無かった。ナギは続けて言った

「まぁ、そりゃそうだよねぇ…」


ーーーーーーーーー


「―――付けられてますよ。わたし達」

 ナギの声は冷ややかであった。ドイルは一瞬不思議そうな顔をして、周りをキョロキョロした後ナギに問いかける。

「付けられてるって、ホントに言っとんか? 何か心当たりある? 因みに私は無い」

 ナギはドイルから一歩分の距離を取る。

「いや、私もないです。初めて来るんですから」

「どんな奴に付けられてるか分かったりする?」

「周りを見る感じ、ちょっと破れかけの服を着てる人が多いですね」

「複数なのか?」

「最低3人ですね」

 こう言うと、ドイルは周りをぐるりと見渡してある程度目星がついた様子であった。

「これは好機です。このタイミングでわざわざ付けて来る奴が居るなんてめちゃクソ怪しいでしょ。服装はカモフラージュで私をこの時代に連れて来た犯人である可能性も捨てきれません。接触を図りたいところですね」

「いや、だとしても相手が複数なら尚更危険だ。私だけなら問題無いとしても。ここは大人しくロンドン市警に助けを求めるのが妥当では無いか?」

 ドイルの意見にナギは考えるがすぐに答えは出た。

「う~ん。難しいですね。仮に相手が私をこの時代に連れて来た犯人であっても、警察に目を付けられるリスクは避けたいと思いますし、逃げられるかもです…そこで!私に作戦があります」

 ナギは人差し指を前に立てて自信満々な表情を浮かべた。

「作戦というのは?」

 ドイルが聞き返す。

「まず、ドイルさんが私から距離を取ります。ドイルさん程の巨漢が居るなら近寄りたいとは思わないです。そして私が一人になったところに来た奴らに誘拐されます」

 淡々と作戦を説明するナギにドイルがストップをかける。

「いきなり無茶苦茶すぎる。最初から危険マックスだぞ。いきなり襲われたらどうするんだ」

「心配ありません。流石にパンピー数人に負けたりしないですよ。んで、ドイルさんはその後ろから付いてきてください。もしものときはドイルさん登場して撃退って流れでお願いします」

「なんというガバガバな作戦だ」

 かなり危険が伴う作戦であることに間違いはなかった。ナギは負けないと言っているが、本人の過信である可能性は十分にある。ドイル自身も自身を過信したために痛い目に遭った記憶が多くある。そんなドイルが取る行動は一つしか無かった。

「容認できん」

 いくら今日あった少女であるとはいえども、人を救う立場であるはずの医者が下手したら死ぬようなことを子供にやらせたりはしない。誰かの死と向き合うことは何年経っても決して慣れはしない。

「いえ、やらせて下さい。もう二度と訪れることが無いかも知れませんから。私は未来の自分が見て後悔しない選択をしたいです。もしドイルさんが同じ立場であればどうしますか?」

「私なら…か…」

 ドイルの頭をに過去の記憶が蘇る

「ドイル先生、僕は未来の僕が苦しまない選択をしたいんです。喩え明日に僕がいなくても」

「わかった。その作戦でいこう。ただし、少しでも危険だと思ったらすぐに連れ戻すからな」

「よしゃ! そう来なくっちゃあ。それじゃ作戦通りに」

 ドイルがナギの近くから離れるとすぐに動きがあった。少し離れた場所でこちらの様子を伺っていた薄汚い男がポツポツと歩いて来ていた。少女は男の目の前に仁王立ちし男に一言申した。

「あなた方に話があります。ここではなんですし、路地の方へいきましょう」

 男はニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべて「ああ、構わないぜ」と答えた。

 路地裏に入ると新しく4人の男の姿が見える。近づいていくと逃げられないように後ろに2人が移動していた。

 仲間の一人がナギを連れてきた男に小声で問う。

「おいおい、財布だけ奪うつもりだったのに連れてくるとか何考えてんだ」

「向こうから付いてきたんだ。それにこれはチャンスだぜ。金持ちのお嬢様を人質に取れば親から金をいっぱい巻き上げられる。娘を返してほしければ金を出せってな」

「だけどロンドン市警はどうするんだ?」

「ロンドン市警に通報すれば娘を殺すって言っとけば、奴らも動けねーよ」

「お前頭いいな」

 話合いが終わり、ナギの方を見つめて連れてきた男が口を開く。

「嬢ちゃん、おじちゃん達と一緒に別の場所に行こうか」

「私の質問に答えてくれたら考えます」

 男の仲間の一人が口を挟みそうになるが連れてきた男が止める。

「聞きこうか」

「あなた達は何者ですか? 何故私を連れて来たんですか?」

 ナギは男たちに問う。

「何者かってそりゃ見ればわかるだろ? なんで連れてきたかってそりゃ…金の為にきまってる。全員この女を逃がすなよ、退路を塞げ」

 男は急に指示を出した。

「連れてくんじゃなかったのか?」

「こんな質問するやつがわざわざ大人しく付いてきやしねぇよ。世間知らずのガキじゃないようだ。死ななきゃいい。逃げられる前に殴ってでも捕まえろ。」

 男の指示に従い5人のうち1人が路地の入り口を塞ぎ、残りの4人でナギを取り押さえる体制についた。

「ふ~ん、実力行使って訳か」

 そう一言いうと、正面にいた男の一人ナギに飛びかかる。

 ナギは殴りかかってきた方の腕を引っ張り、円を書くように、相手の背中側に腕を持っていった。無理な方向へ関節が曲がり「ゴキッ」と鈍い音と男の苦しむ声が聞こえた。その直後、ナギの拳を後頭部に喰らい男が地面へへたり込んだのである。

 それと同時にナギの後ろ側から、一人の男が吹き飛んできた。後ろにいた男の一人である。

「貴様ら何をやっとるんだ?」

 そこには身長がすこぶる高く、重厚な体付きで威圧感のある声をだす男がいた。ドイルである。

「さっき別れたばっかりだろ! こんなに早く戻ってくるなんて」

 男たちから動揺の声が上がる。

「数は有利、相手は所詮女だ! 女を人質に―――」

 男が指示を出すが時既に遅し、残り3人の内、2人がドイルとナギの鉄拳を喰らい、あっという間に一人だけになってしまった。

「ナギちゃんホントに喧嘩できるんだな」

「当然」

 ナギは残りの一人顔面に一発のパンチを食らわせた後、胸ぐらを掴み尋問を始めた。

「で、なんで私狙ったの?」

 男は鼻から血を流しながら答える。

「金持ちの娘なら誘拐すれば親からいっぱい金を取れそうだと思って……」

「珍しいこと考えるもんだ。それに相手が悪かったな。このお嬢ちゃんは無一文だぞ」

 男は「えぇ」という情けない声を漏らし、驚いているようだった。

「で、本当にそれだけなの?」

 男は首を上下に動かす。

「あー…本当に知らないみたいだわ」

 ナギが男に尋問をしていると路地の入り口から数人の警察が駆け足で入ってきた。

「ロンドン市警だ!…お前たち何を…やっている?」

「やべぇ、ロンドン市警だ逃げるぞ!」

ナギとドイルに痛めつけられた男たちが急いで起き上がり、一斉に走り出した。

 ドイルとナギが予想外の登場に思わず「え?」「ふぇ?」と声を漏らしてしまうと同時にロンドン市警のほうからも「へ?」と声が漏れていたことが聞こえた。

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