第4話 セルフ誘拐事件1

日が頂上から少しずれ影が少しづつ伸びてきているお昼過ぎ、ドイルとナギはロンドンの街を散策していた。

 わざわざ昼にロンドンを散策しているのはナギの提案によるものだ。タイムスリップして間もないため、もしかしたら元の時代に戻れる手がかりがあるかもしれない。という希望的な考えから来た提案であった。21世紀のタイムトラベル体験者の話では、ちょっと時間が経てば戻れるというのが定番である。

 それを考えての散策だということをドイルに伝えると、手がかりがなかったとしても、この時代のロンドンを紹介しておかなくては買い物も頼めないという理由で一緒に外出することとなった。因みに眼科は午後から休みにしてきた。ドイル曰く「もし客が来ても、ナギちゃんみたいな面倒な客しか来ない」とのことだ。


「少しでも可能性があるなら試しておきたいんです。もう戻れないかもしれない、という不安と焦りに駆られている最中なので」

 いや、嘘であった。正直現代で19世紀に行ったみたいな激レア体験したことある人類なんて私しかいないだろうし、せっかくだし観光したぁ〜い。と言うのが本音である。

 タイムトラベルというものが通常の人であれば大事件である。しかし、ナギは事態を重く受け止めていなかった。自分の置かれている状況の恐怖より、好奇心の方が勝っていたからである。

 衣食住の内、「食」「住」はドイルの協力により入手済み、衣類は一緒に持ってきたスーツケースに入っている。残る問題は金だけである。旅行用に換金してきた分だけではとても生活できない。

 ドイルの話によると働き口の当てはあるが、ナギちゃんが働けそうな場所ではないからあくまで最終手段だと言っていた。


「お!屋台あるじゃん!」

 街頭商人の元には、パウンドケーキのような四角い焼き菓子があった。完全に観光気分だ。どうやら食べるつもりのようだ。

「このお菓子なんて言うんですか?」

「ジンジャーブレッドだよ」

 街頭商人の男はそう答える。

「これ下さーい」

 そう言うと「1ペニーね」と言われる。(現代の2円ぐらい)

「激安。これ観光し放題じゃーん!」

 過去の記憶からものすごく安い金額であることがわかった。

(安すぎでしょこれ、きっと今の物価ってめっちゃ高くなってんだわきっと。100年前の〇〇は安かったとかよく聞くし。無双できんじゃんこれ。もっと換金してきたらよかったぁ〜)

 安さへの感動と換金してきた金額への後悔を覚えながら財布を取り出すが、自分が大きいお札しか持っていないことに気づいた。

(電子マネーとか絶対使えないし、いっぱいお釣り貰いますかー)

「5ポンド札でいいですかー?」

 勿論ダメと言われてもこれで押し通すつもりである。これ以上細かいお金がないのだから。日本人にありがちな拒否権がない質問の類だ。そう思いつつ5ポンド札(1000円札ぐらい)を取り出して街頭商人に渡す。発言から驚いた表情をしていた街頭商人であったが、紙幣を見ると表情が変わった。

「お嬢ちゃん、ちゃんとお金払って貰わくちゃ困るよ」

 街頭商人は受け取った5ポンド札を持ってこちらの方へ腕を伸ばしてきた。やはりちょっとお釣りが多すぎたのだろうか。ちょうどお釣りを切らしているなら仕方ないが、「お金を払って貰わくちゃ困る」とはどういうことなのだろうか。


「あの…これじゃダメなんですか?」

「あーダメダメ。5ポンドだなんだと言ってたがよその国の金は使えんよ。ちゃんとしたこの国の金で払ってくれ」

「あ゛ーー」

 ゾンビのような声と共に引きつった顔をしていた。19世紀には現代のデザインの紙幣は無いのである。ナギは完全に頭から抜け落ちていた。100年も経ってたらお金のデザインが変わってもなんら不思議ではない。日本でも20年に一回ぐらいのペースで紙幣のデザインを変えている。

(こりゃ~まずい。持ってきた200ポンドで無双できると思っていたのにぃ〜! 使えてたら『タイムトラベルしたらたまたま持ってた3万円(200ポンド)で無双出来た件』ってラノベ一冊分書けたよこれ。マズイネ一気に無一文になっちゃったじゃんこれ!)

「ちょっとそこの大きなアーサーさん、一つお願い、いいですか?」

 ナギはチラリと舌を出しながら両手の平を合わせてドイルを横目で凝視する。

「金も持ってないんか!? その服装でか?」

 金は余裕があると踏んでいたドイルだったが、まさかの無一文。加えて自分へねだられるとは思ってもみなかった。

「服装? お金は…はい、今ちょうど200ポンドが天に召されました」

「何を訳のわからんこと言っとるんだ」

 ナギの回答に会話が噛み合っていないと思ったドイルだったが「はぁ…」と浅いため息をついた後、財布から硬貨を取り出して街頭商人に渡す。

(やはり、このお嬢ちゃんはちょっとおかしいぞ。普通居候をお願いしてる相手に堂々と金貸せって言うか? まさか、未来じゃそれがオーソドックスなのか? ホントに居候を許可してよかったんだろうか。不安だ…いや、このくらいおかしい方がネタになる…のか?)

 早速、お菓子を食べているのかナギから「もぐもぐ」という音がドイルまで聞こえて来た。

「ごのお菓子思っだより甘ぐないです……」

 どうやら口には合わなかったようだ。せめて美味しそうに食べてくれと思うドイルだった。

「へぇ…200ポンドか…」

 ナギとドイルから少し離れた場所にいた男はそうつぶやいて歩いていく2人を後ろから眺めていた。


 お菓子を食べ終わって再びロンドンを歩いていると、ナギはピタリと足を止めた。

「ドイルさん―――」

 深刻そうな表情と何かを言いたそうな表情をしていたナギを見てドイルは意図を汲み取り言葉を遮る。

「わかっとる。だが……居酒屋ならまだ先だぞ」

「いや、違うわ! 勝手に食いしんぼちゃん認定すんなし!」

「てっきりそうかと思ったわ」

「この体型からみて明らかに食いしんぼちゃんではないでしょ! ちょっと最近食べ過ぎかななんて思う日が増えてたのは事実だけど一番気になってるとこをピンポイントでつかないで欲しいんですけど」

 思わず前のめりになるがドイルとの身長差が30cm近くあるため下から覗き込むような形になる。

「それなら何んだったんだ?」

「―――付けられてますよ。わたし達」


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