第14話 辰巳5

 鑑定結果が出た。桜沢花と白瀧拓己が追っていた遺体、それこそが……悠くんだった。



 結果が出るまでの十日間、白瀧拓巳の仮説を否定したくて死に物狂いで悠くんの居場所を探した。桜沢花のオフィスにも行き、アイツにも頭を下げて協力してもらった。それでも新たな情報は得られず、最悪の結果だけが告げられた。


 私は何もできなかった。友人に恩も返せず、救うこともできず、彼の母親との約束はそもそも初めから果たせないものだった。


「ひなた、あなたの気持ちを分かると言ったら嘘になるけど、ごはんぐらい食べて? ここ数日まともに食事を取っていないでしょう?」


 母が部屋に入ってきて話しかけてくる。結果が告げられた後の数日は情けなさと申し訳なさと無力感に苛まれて食事も喉を通らず、まともに眠ることもできなかった。自分が信じていたものが揺らいだことで、今までの自分の行動がひどく滑稽に見えてくる。……悪い夢なら覚めてほしい。


 ふと辺りを見ると私が当たり散らしたことで部屋はぐちゃぐちゃに散らかっていた。小学生の頃、悠くんが遊びにきていた部屋は、無残な有様になってしまった。


 彼のことを思い出す度胸が締め付けられて暴れてしまう。自分でもコントロールができない。思い出の机も、ゲームも、私が破壊した。彼のことを想う度に、私自身の手で彼の思い出を壊してしまう。そしてまた自暴自棄になる。そんな悪循環が続いていた。ただ涙だけは出なかった。それが余計に腹立たしい。友人が死んで涙の一つも出ない自分に軽蔑すら覚えた。


 母は私に背を向け、散らかった部屋を片付けてくれていた。そんな母の背中がずいぶん小さく見えて、罪悪感を覚えた。


 かける言葉が見当たらず、母を部屋に残して部屋を出る。階段を降り、洗面所で顔を洗った。数日ぶりに鏡で自分の顔を見ると酷い顔をしていた。まるでゾンビみたいだ。何度か鷹鳥刑事が訪ねてきたが、こんな顔を見られていたのか。


 リビングに行くと父が背を向けてテレビを見ていた。父は私の存在に気付いていないようだ。父がチャンネルを変えていき、あるワイドショー番組で一瞬手が止まった。

 日曜朝のワイドショーは内島アキラの特集が組まれていた。


 報道機関は今回の事件を大々的に報じている。同世代の子供を殺して入れ替わり、その家庭をも壊した。それも、まだ捕まってすらいない。アイツは世間の話題を攫うのには十分な逸材だった。


 父が私に気づき、慌ててテレビを消そうとリモコンをテレビに向ける。


「消さないで!」


 私が叫ぶと父はリモコンを持っていた手をゆっくりと下ろした。父は何か言いたげだったが、何も言わず部屋を出ていった。


 テレビでは事件の再現映像が流れ、ナレーションが入る。CGの犯人が新川真由美を拘束する。そして、異常に気づいてリビングにやってきた新川直樹を滅多刺しにして逃走する。そんな映像が流れる。


「しかし、犯人が息子さんと入れ替わっている期間、かなりの長期間になりますが、被害にあったご夫妻はどのような精神状態だったのでしょう?」司会のタレントがコメンデーターに意見を求める。

「推測ですが、一種の洗脳状態であったと思われます」コメンテーターが持論を語っていく。


 これについてはネット上でもかなり議論されていた。自分達の子が殺され、その犯人を代わりに大学に行かせるなんてあり得るのだろうか?


「さる情報によると容疑者は自ら捜査のヒントを与えていたと言われています。これについてどう考えられますか?」再び司会の男性が質問をする。


 そうだ。これがこの事件の異常さが際立っている点だ。自らヒントを与え、私に自分が内島アキラであるとバラしたようなものだ。私への通報の指示、学生証と白瀧拓巳の番号が載ったメモ、あれらが無ければ、事件の発覚はもっと遅れただろう。一体なぜだ?


「歪んだ自己顕示欲によるものだと思われます。恐らく犯人は息子さんとの入れ替わりだけでは満足できなかった。そして、なんらかの要因で直樹さんを殺害したことで、自分の過ごした数年間、彼にとっての功績を世間に知らせたかったのではないでしょうか? そうでなければ彼の愉快犯じみた行動はあまりに不可解だ」コメンテーターが語る。


 その時、家の電話が鳴った。ディスプレイを見ると電話の相手は鷹鳥刑事だった。番号が登録されている所を見ると、既に何度か電話がかかってきたことがあるようだ。母が降りてくる音がしたが、自分で出ることにした。自分抜きでコソコソと話をされるのは気分がいいものではない。


「こんにちは。鷹鳥さん」


「辰巳さん? そ、その後体調はどうだい?」

 電話越しの鷹鳥刑事は私が出ると思っていなかったようで、ひどく驚いた様子だった。


「大丈夫だと思いますか?」


「すまない愚問だったね。内島アキラ逮捕まで時間がかかっていることについては本当に申し訳ない」


「いや、良いんですよ。そもそも、捜査時点で私は足手まといでしたから、警察の皆さんを責める資格なんて、私にはありません」


「そんなことはないよ。必ず私達が内島アキラを逮捕してみせるから、馬鹿なことを考えてはいけないよ」


「馬鹿なことってなんですか? 私が自殺するとでも? 電話してきたのはウチの両親に〝娘さんが自殺するかもしれないから目を離さないように〟とでも助言するつもりでした?」


「……とにかく、後は私達に任せて、君は安静にしているんだよ。いいね?」

 それ以上は何も言わず、鷹鳥刑事は電話を切った。本当にお人好しな人だと思う。そんな彼に当たってしまった自分が嫌になる。


 馬鹿なこと……か。あいにく私には自分の命を絶つ勇気なんてない。それに、まだやるべきことが残っている。


 テレビを見つめる。画面にはあの学生証の写真が映し出されている。内島アキラ。あれだけのことをやっておきながら、人の人生を滅茶苦茶にしておきながら、のうのうと街に潜み、渡り歩いている。 


 悠くんやおじさんが死に、なぜこんな奴が生きているのか。


 私は……。

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