第3話 異変との遭遇 (3)

 頭が無いことによる本能か、自分に無い部分を求める人間的な欲求か。どちらかはわからないが、自分の中に、頭部を取り戻したい、という感情が湧いてきたのは確かだった。離れ離れの頭と体、これらが揃えば何かが変わるのではないかと希望を持っていた。


「自分は首を探しに行きたい。君は何かやりたいことある?」


 勇気をもって、そんなことを言ってみたのである。人喰いの少女にやりたいことがあるようには見えなかった。出会って間もないから、隠しているだけかもしれないが。


「わ、私ですか……」


 うーん、うーん。と唸りながら必死に彼女自身のやりたいことを頑張って考えてくれている。やはり、やりたいことなど考えたことが無かったのだろか。推測が当たっても別に嬉しいとも思わない。ただ、胸の内を締め付ける何かがあるだけである。


「やりたいことはあります、でも、まだ貴方に伝えられるような内容ではないです。決して貴方のことが嫌いというわけでは無いので誤解はしないでくださいね……?」


「出会ってから間もないのにすぐに相手のことを信じられる人の方が怖いから、別に気にしないよ。まぁでもいつかは、知りたい。そういえば、君名前は?」


「……無いです」


「え?」


 聞き間違えだろうか、素で返事を返してしまった。


「名前が……無いです」


「もしかして忘れた……の?」


「そうではなくてですね……恐らく魔導書のせいだと思うんですよ。わたしはよく覚えていませんが、きっと魔導書の力の代わりに名前を奪われたんだと思います。どう頑張っても思い出せなくて、自分に関する品物にも名前の部分だけすっぽり抜けてしまっていたりするので、私という人間につけられた名前は消滅してしまったようですね」


「……」


 絶句。何も言葉が出なかったのだから仕方がない。魔導書を読んだだけ、ただ本を読んだだけなのに目以外の色素と名前を失うなんて、そんなの酷すぎる。特に名前は……。


 そして同時に、自分にも名前が無いことに気が付いた。


 もちろん、現実世界に居た頃の名前はある。しかし、それを今の姿の自分に当てはめるべきではないことは明確だった。それにもう、その名前すら曖昧になってしまっている。


 その名前で呼んでくれる仲間の顔も、声も、姿も、薄れて思い出とは言えない酷い有様の記憶の断片。そんな綺麗な言葉で言えるものじゃない、言ってしまえば紙くずと一緒。


 そんな名前の存在価値なんて、無いに等しい。


「じゃあ、お互いがお互いの名前を付けようよ。呼び名が無いと、後々面倒だし」


「私が……貴方の名前を?」


「そう、それで自分は君の名前を考える」


 それを聞いた彼女はしばらく呆然としていた。目の前のデュラハンが滅茶苦茶なことを言っているのだから、それも仕方がないと思うが。


 幼女はハーブティーに口をつける。彼女なりに焦っているようで、心を落ち着かせたいのだろう。ハーブティーに写る彼女の表情は曇っていた。


 その新緑の眼は濁ってしまっていた。その濁りの中に、確かに清々しい何かを感じられる。その何か、というものは今の自分にはわからない。ただそれを、アイスシャーベットのような清涼感だったなと、凡人の自分が思うのであった。


 銀髪、シルバー。新緑の眼、グリーン。アイスシャーベット、ハーブティー。彼女のイメージを出来るだけカタカナにして並べていく。


 シル、リーン、アイ、アイシー、ティー……思いつくのは平凡な名前ばかり。彼女に相応しい名前じゃない。もっと愛らしくてピッタリないい名前があるはずなのだが、自分にそんなネーミングセンスがあるわけでは無い。


「あの、私。貴方の名前を考えたんですが……」


「ん? 本当?」


「デュラハンなので……安直かもしれないですけど、デュレイさんっていう名前はどうでしょうか?他の名前が良かったらもっと考えますけど……」


「いいね! デュレイか、良い響きだ」


「本当ですか! やったぁ!」


 そう言って彼女は喜ぶ。真っ直ぐな感情で、それを表に出し喜ぶのを初めて見たかもしれない。ああ、自分はデュレイ、自分はデュレイ。そうだ、彼女に名前を伝えないと。


「君の名前も決めたよ、気に入ってくれるといいんだけど」


「本当ですか? 聞きたいです!」


「シルリィ……なんて名前はどう? 結構、可愛らしい名前だと思ったんだけど」

「ええ! とってもいい名前だと思います! この新しい名前で今日から生きていくのですね、ちょっとわくわくしてきました。ね? デュレイさん」


「うん、シルリィ」


 自分がそう名前を呼ぶとシルリィはニコッと笑ってくれた。ああ、自分に顔があったら今どんな顔をしているのだろうか。考える必要も無いなと結論付けて彼女の目を見つめた。こちらに目は無いから、見つめられているかどうかなんてわからないだろうけど。


 死を運ぶデュラハン、デュレイ。呪われた人間、シルリィ。二人が何をもって何を目指すのかを、知っている人はこの二人しかいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る